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夏海 漁の悪ガキワールド

舞台を新たに、第二の人生はやはりキラキラとした別世界。

俺たちの小さな不満

2021.04.12 (Mon)

汚物

2月の初めにおよそ1年ぶりのブログ更新したその時期、武漢コロナで世の中ひっくり返っていたと伝えた。思い出したくもないが、これだけしつこく纏わりつくと、拭っても拭っても拭い切れないものがある。

日本には法律の壁があり、外国のようなロックダウンと言う強制的な拘束はできない。しかし、それにしてもこの今の日本の状態は、情けなくて恥ずかしくてどうしようもない。この気持ちをどう表現したらいいものか。

この日、「政府は大きな間違いを3度した」と記した。もう一度いうと、最初は20年1月の水際作戦。2度目はGW前の緩み。3度目はGoToキャンペーン、と。3度目で終わるとは誰も思わなかったであろう。何故かと言えば、これまで政府は何度も失敗してきた、その学習をこれまでしていなかったのだから。

この1年3ヶ月で国中が痛んだ。ニュースでは10万人の失業者が出たと報じられたが、とんでもない。職を失い、糧を失い、家族を失い、家を失い、そして一番大切な命まで失った人が大勢いる。日本の火がまさに消えようとしている。計り知れない犠牲だ。

これを今、隣の国はほくそ笑んで見ている。武漢コロナを世界中にばら撒き、WHOの調査を妨害し、金をばら撒いてさっさと証拠の市場を地中に埋める。いつもこの手法でやってきた。

コロナウィルスはアメリカやどこかの国が、或いは冷凍食品とかで中国に上陸したのではない。武漢のウィルス研究所がBC戦争を目論んで密かにばら撒いた。中国の学者が暴露しているのだ。その学者は今どうなっているのか知らない。中国のことだからこれも密かに消されているのだろう。

中国としては、世界中を手中に収めようとしているアメリカの存在が気に食わなかったのだろう。確かにアメリカはそう言う厚かましさと横暴なところがある。昔からだ。しかし、だからと言って世界を地獄に陥れるやり方は許されるわけがない、万死に値する。

アメリカと中国は一歩も引かないだろう。どちらかが倒れるまで。どちらかで済めばいいが、周辺国を交えて二国だけの問題では済まされない。中国に敵対する国は消えて欲しいと願っている。俺もそうだ。

日本は今、第4波に突入している。政府はそのことに敢えて触れないようにしている。自分たちの失敗を認める筈がない。打つ手打つ手が失敗に終わり、4波どころか永遠に続く気がする。日本はあと半年持たないと噂される。

メディアも実にいい加減で見苦しい報道をする。どれが真実なのか、節穴の目で現実など捉えられる筈がない。ただただ面白おかしく視聴率が上がればいいわけだ。

俺たちの小さな不満は、政府やメディアには永遠に届かない。しかしこの武漢コロナではっきり分かった事がある。世の中に必要な人、無用な人の見方だ。つまり誰が日本を正しい方向に向かせられるのか。それを見極めるいい機会だということだ。


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桜になりたい。

2021.03.24 (Wed)

待ち遠しかった桜の季節。

俺にとっては、年に一度の大イベントだ。

これを見ないと一年が始まらない。

さ01

しさ02

さ03

さ04

さ05

さ06

桜もいいけど、春は色んな場所から感じる。

レンゲ

スミレ

ノゲシ



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もうすぐ新しい人生を。

2021.03.24 (Wed)

niji-3

もう1年と3ヶ月だ。武漢コロナがこれほど長い間、人々を苦しめるとは思わなかった。我慢強さには自信がある俺でも、去年の暮れ辺りから徐々に、精神的なところが蝕まれているような気がする。俺だけではない。世界中であるだろうと思う。なんと無駄な時間。なんと無駄なお金。それらが心に溶かし込まれて、真っ暗な下水口へ切れ目なく流れている。行き先は奈落の底だ。いつも隣にいる妻は、俺よりいち早く病んでしまっている。武漢コロナが始まる前からだ。これは触れないでおこうと思ったが、忘れないでおくために留めておくことにした。

それは10年前だったか、妻の母親が病気で急死した。その後から、家のことが何もできない父親の世話をするために、月に1、2度のペースで大阪と九州を往復する生活が続いた。一週間から10日九州で世話をし、大阪に帰る。これを4年前まで続けた。父親の家のすぐ近くに実の弟の家族がいる。であれば弟が世話をするべきである。しかし様々な自分勝手な理由をつけて殆ど実家へ寄り付きもしなかった。母親の死後、葬儀やお返しや死後の手続きから、凍結されてしまった母親の預金口座を解約したり、呆けてしまった父親のやるべき全てを妻が行い、挙句、九州と大阪の地獄の往復が始まった。とうとう妻は疲れ果ててしまった。九州から帰ると考え込む時間が増え、何日も寝込むこともあった。それは、認知症が始まった父親が心配になっていたからだ。

仕事を引退した俺は、この機に父親の住む実家に近いところに引っ越す決意をした。2017年の2月だ。引っ越したその後も父親の世話は続いた。しかし明らかに認知症が進んでいることが分かった。数分前のことを忘れる、同じことを何度も繰り返す。部屋の中は、忘れたらいけないようにと、妻はメモを部屋中に貼っている。一部屋に5つも6つも時計を置く。カレンダーは至るところに貼ってある。テーブル一面に、普段使っている道具を並べる。薬を飲み忘れる。お漏らしをする。台風などがあると呼び出され、植木鉢を出し入れしたり、植木が倒れないようにとロープを張り巡らせる。ガラス窓全てに割れ防止にガムテを貼る。上げたらキリがない。そんな状態であること一切、弟は知らない。知らんふりをする。そればかりか、妻一人になったのを幸いに、自分のことを棚にあげて暴言を吐き、嫌らがらせを始める。これが4年間続いた。

もう我慢できない。俺のいる前では何も出来ないくせに、妻が一人になると急に天下獲ったような振る舞いをする。許さない。絶対に許さない。このヤクザのような弟は、どうやら猜疑心のお化けかも知れない。それが証拠に、父親が入所すると同時に親の預金や財産を、さっさと独り占めにした。俺たちはクダラナイ揉め事はしたくないから、放棄すると決めている。このままでは妻がよくないことになる。もし妻に指一本でも触れたら、俺は絶対許さない。何かのドラマではないけど、百倍返しだ。半殺しにしよう。だけど、こんなクズを相手にする方がバカバカしい。だから、もうすぐ新しい人生を始める。今までのことはなかったことにして、弟はいないものとする。そして、同じ空気を吸わないために、新たな人生をスタートさせる。

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2021.02.24 (Wed)

天国

夢を見ることは滅多にない僕だが、最近、妙な夢を見るようになった。これもまた、武漢コロナの副産物だろうか。とは言え、僕は感染者ではない。コレステロール値がちょっと高めの、至って健康な人間だ。だが、武漢コロナ以前と比較したら、どこかが変わっているように思えてならない。そんなにイライラすることはなかったのに、ちょっとした弾みでイラついたり、しなくていい喧嘩を嫁としてしまうことがある。

嫁は嫁で実家の父親のことを心配したり、それが主な原因である最悪な弟への恐怖心も相待って心身症になっている。ここへ引っ越しする以前とは明らかに変わってしまった。以前は僕も負けるくらいの神経の図太さはあったが、今はちょっとしたことで目が曇り、動揺し、酷い時はパニックに陥る。父親が入所したことがきっかけで、多少はマシになっているが、眉間のシワが深くなってしまったし、相当やつれてしまった。

認知症の父親の面倒をみてきたせいで、気になることは全てメモにし、忘れないようにベタベタ貼っている。スマホのメモ機能のアプリに記録する。日記帳にも記載する。要するに忘れることへの恐怖心が半端ではない。カレンダーだって一部屋に一つあればいいのに、いつも座っている場所、ダイニング、トイレ、寝室と、父親と同じことをしている。僕には、それを見るのが恐怖なのだが。

部屋にばかり籠っていると、確かに気が滅入るし、健康のためにも日に一度は日光を浴びると決めている。だから去年の正月からずっとウォーキング続けているし、時々一緒に歩いている。僕は1日一万歩を目標にしているので、嫁はペースを合わせられない。それで一足先に出て、どこかで合流すると言うのをやっているが、いつも歩いているコースが見飽きたせいもあって、前だけ向いて夢中で歩くと、嫁がクレームをつける。

喧嘩の原因はそんな些細なことがきっかけだが、それもこれもやはり、どこかで精神を病んでいるかも知れない。一年以上も自粛し、行きたい所にも行けず、予定も立てられず、人に会うこともできず、美味しいものも食べに行けず、こんなことでは正常でいられるわけがないのだ。

そんな中で奇妙な夢を見た。

大阪時代の今から5年前の1月、一番仲の良かった親友が亡くなった。僕はデザイナー、彼はライターの言わば同業者であり、お互いフリーランスであった。フリーだから仕事がなければ、何をしても構わない自由の身である。が、その頃は時間さえあれば毎日でもあって長時間茶店で話をしていた。

話は多岐に渡るが、主に(体良く言えば)文学談義であった。と言うのは、彼と初めてあった14年前から、僕は下手な小説を書き始めた。1日2000字と自ら義務付けて、仕事の合間に喫茶店で書く。それを事務所に持ち帰りパソコンで入力する。そんなことが延々と続いた。

碧天舎のコンペで最終選考まで行ったことがあった。自分の書いたものを彼に読んでもらい、ライターとしての目で見てもらう。そんな日が14年続いたが、突然音沙汰がなくなった。一年振りに連絡が取れた時に、自分が癌であり、余命幾許もないと告げられた。だから最後に一目会いたいと言われ、梅田で会うことにした。

彼は相当痩せ、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け落ち、ニット帽を目深に被っていた。しかし彼はいつもの彼であった。普通に喋り、普通に笑い、普通にお茶を飲んだ。2時間ほど話し込んだか。別れ際、彼は握手を求めてきた。それが彼と会う最後であった。

そんな彼が最近、夢の中に出てくるのである。何も言わない。ただあの別れ際に見せた笑い顔である。僕は夢の中で言った。「何か喋れよ!」「会いたい。会って話したいことが山ほどある」と。彼の隣には車椅子のお袋さんが、やはりニコニコしている。会ったこともないお袋さんだ。

そう言えば彼のお袋さんも晩年病気で寝たきりであった。母子家庭であった彼とお袋さん。いつも仲が良く、車椅子で小さな旅をしていたらしい。車椅子が可能な駅を検索し、レストランやスーパー、駅からそこまで車椅子が使えるのか情報を集めていたらしい。

最後まで仲が良かった二人は、数日違いで亡くなった。お互い亡くなったことも知らされずだ。僕は夢の中で、「俺を待ってるんか?」と言おうと思った。しかし言えなかった。早く会いたいが、もう少しこの世にいさせて欲しい。

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区切りとは。

2021.02.15 (Mon)

ここへ引越しして4年目になる。この4年、色んな事があった。あり過ぎて自分の頭で整理ができないでいる。混乱の経緯はいずれ話すが、武漢コロナのお陰で予定がガラガラと崩れてしまった。結果的にはそれが一番大きな痛手であった。

畑

武漢コロナの混乱が始まる直前の2019年の年末に、義父が施設に入所する事が決まり、女房と俺がここで暮らす理由が消滅した。ここで暮らせない理由は後日話すとして、ともかくここを離れる事が決まった。

しかし武漢コロナが日本に上陸し、世界中をパンデミックの坩堝と化して、想像を絶する事態が一年以上も続いている。予定では去年の3月に次の住処のロケハンがあり、3ヶ月の準備期間の末に6月に転居するはずであった。しかし何もできないでいる。

ロケハンどころか、ネット上で物件を検索するのが関の山で、息子たちに相談することもできない。3度目の緊急事態宣言が、どうやら功を奏してきたらしく、最近は感染者数が下降線を辿り出している。だが、まだ医療施設の改善までは至っていないので、宣言は継続したままだ。どこまで行けば落ち着くのか。リバウンドはどうなるのか。

ワクチン接種は海外より2ヶ月以上も遅れをとって、近々始まりそうだが、それさえもどうなるか未知数である。つくづくも武漢コロナをばら撒いた中国を恨むしかない。

さて、引越しのことはともかく、この街は来た当初から随分変わった。来たときはまだまだ周辺には田んぼや畑が目立ち、のどかさがあった。我が家のベランダの真前は空き地で草ボウボウの状態。その前は広いカリフラワー畑(これは今もある)で、その前に県道が走っている。

県道の両側には畑や空き地や果樹園が民家に間に散在していたのだが、あれよあれよと言う間に住宅に変わっていった。つい最近まで畑や空き地であったところが、いつの間にか新しい家が立ち始める。あっちもこっちもである。俺が借りている小さな畑も、今年の夏頃には返さねばならなくなった。

3年半、丹精込めて作って来た畑。雑草だらけであった小さな空き地を、コツコツ自力で耕し、小さな農具の倉庫も自分で作った。裏の竹林にはカラスの巣があって、作物を荒らしにやって来ていたので、鳥避けのテグスを張り巡らしたり、周囲をネットで囲い、小動物が入らないようにしたり、それなりに手入れを続けていたが、全部放って出なければならない。まあ、この町にいなくなるのでそれはそれでいいのだが。

武漢コロナで日本中が疲れ果ててしまっている。マスク、手洗い、消毒は日常的になった。人との交流も極力避け、外食も控え、電車やバスなどの公共交通機関も必要以外は乗らない。買い物も最低限の日用品と食料。贅沢をするつもりはない。

が、義父の入所以前から精神的に参っている女房の心を、何とか変えてあげたい。実の弟から受けた大きな傷を、少しでも癒してやりたいので、時々映画に行ったり、近距離での小旅行や博多でご飯を食べたりしている。絵画展にも行きたい。できたらライブに行きたい。ここにいる間に沖縄にも連れて行ってやりたい。色んな予定がガラガラと崩れてしまった。

今は少しづつ荷物の整理をし、やらなければならない手続きをさっさ済ませ、物件を特定しなければならない。海まで歩いて15分で行け釣りをし、暖かくてのんびりできて、小さいけど畑があって、本を読み旅行をし、絵を描いて、美味しいものを食べて、二人でゆっくり年を重ねていくつもりであったが、身内に、しかも実の弟がこれほどまでに酷い人間だったとは。今思えば、俺たちは実に無駄な遠回りをしたものだと。



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去る人、迎えられる人。

2021.02.11 (Thu)

YAHOO!ニュースに森喜朗と川淵三郎氏の顔写真が並んでいる。この二人、立場は違えど一挙に超有名になっている(もともと有名だけど)。知っての通り、去る者と迎えられる人だ。

森喜朗

川淵さん


前者は恥の上塗りを重ねて、日本と日本人をどん底に陥れ、何が間違っていたのかさえ分かっていない御仁。かたや、計画通りならあと半年でOP開催と言うこの時期に、女性蔑視発言から始まる一連の騒動の尻拭きを押し付けられてしまった御仁。武漢コロナで国中が疲れ果てている時に、又してもこの体たらくだ。

情けない、などと言っていられない。何故なら、既にこの知られたくなかった日本文化の恥部が、電波によって拡散されてしまったからだ。古いタイプのお爺さんの中ではまだ、こう言うことが日常会話に出てくるほど、差別として捉えられていないことに愕然とする。断っておくが、お爺さんが悪いのではない。立派なお年寄りは大勢いらっしゃる。

だけど、「お爺さん」と皮肉ったのは、いまだにこう言う人間が権力を持ち、時代の流れに逆行する言動や行いを、恥と知らず強引に自我を通すことで、日本の美しい文化を台無しにする腹立たしさからだ。

「日本文化は美しい」と世界から認められ、その文化を学びに来たり、日本に移住したり、中には日本人より日本人らしいと言われる外国人もいるほどだ。食文化も然り。芸術だって然り。街の美しさ、里山の美しさ、川や海、水の美味しさ、生きものたち、そして何より、オリンピックのテーマでもある「おもてなし」だ。これら全てが日本が誇る全てである。しかし、この森の一言で台無しにしたのだ。

しかし、この人と日本人は違う、俺たちは日本を大切に思っている。日本の文化を誇りに思っている。PC、ネット、スマホ、SNS。良いか悪いかは別にして、これらが世界を狭くしてしまった。良いことも悪いことも、あっという間に拡散され、自分の意思と無関係に、取り返しのつかない事態が起こってしまう危険を孕んでいる。

怖いことだ。だがある意味、今回の女性蔑視問題で、長年溜まっていた膿が出るのではないかと思う。差別とは関係のない環境で育ち、生活して来た俺にとって、今回のこの問題には唖然とするが、この際、「日本にはこう言う人たちがいるんだ」と言うことを、世界に広げた森は、ある意味いいことをしたのかも知れない。
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普通が一番

2021.02.09 (Tue)

随分と長い間、ブログをサボってしまった。一年以上になる。そろそろ再開しなければと思うが、以前のようにはいかない。

p-kan2


ブログをサボっている間に日本が、世界がひっくり返った。武漢コロナの感染拡大(パンデミック)が襲った。いま思い出してみると、2019年の暮れだから、ちょうどブログをサボり始めた頃だ。その頃ヨーロッパだったかオーストラリア(よく覚えていないが)の科学者だったか、中国武漢近郊で新種のウィルスを発見したと報じられた。その情報を曖昧にしか覚えていないのは、まさか世界がこんなことになるなど、思いもよらなかったからだ。

タラレバは言いたくない。しかしあの時、世界が真剣にそのことを捉えて、すぐに対処していればと思っている。武漢発SARSの時も痛い目に遭っているのに、何も学習していなかったと言うことだ。同時にこの日本の、政府も役所も医療も社会全体が、笑ってしまうほどの体たらくを、全世界に晒してしまったことだ。マスク、手洗い、消毒、自粛、我慢、外出を控え、遠出を控え、ソーシャルディスタンス、スティホーム。我慢して我慢して、挙句、多くの人が武漢コロナで犠牲になり、生活が成り立たなくなり自殺者が激増。死んではいけない大切な人が、簡単に亡くなる。

政治家はそういう末端の苦しみが分からない。経済、経済、経済、二言目に経済と。そう、経済は大切だ。なくてはならない。我々が安心して暮らすためには経済が歯車でならなくてはならない。解ってるよ、そんなこと。バカじゃないのだ。しかしだ、その経済を回すのは人間だよ。そんな簡単なことが解らないのだね、日本の政治家たちは。だから、これほどまでに感染が長引き、中途半端に感染拡大が繰り返されたのだ。

理想を言えば・・・、この時期に「理想」などと言えないのだが、あくまでも理想は「ゼロ」にすることだ。「ゼロに近づける」でもいい。これを去年のGW頃にすれば良かったのだ。そうしてワクチンができたら全員が打ち、次の準備をする。

政府は大きな間違いを3度した。3度もだ。最初は1月の水際作戦。2度目はGW前の緩み。3度目はGoToキャンペーン。緩んで油断して、後手後手の小田原評定。政府の失敗で大勢が死に、大勢の人が職を失い、大勢の会社・企業が潰れ、未来を失った。そして何よりも医療の現場が地獄と化した。この展開を見てはっきりしたのは、ひょっとして政府は日本を潰し、日本人を亡き者にし、日本の未来を捨てようと思ったのか?そう思えてしまう。

武漢コロナは世界を激変させた。武漢コロナを広めた中国は、一年に渡って証拠を隠滅させ、強引な情報操作し、WHOはじめ世界に銭をバラまいて黙らせる作戦をとり、返した手で尖閣や南シナ海で軍事行動して周辺国を挑発した。更に香港、台湾に圧力をかけて、孤立化を加速させている。ミャンマーのクーデターも恐らくは中国の手によるものだろう。

世界が混沌としている。自国中心主義、分断、抑圧、人種差別、経済格差、地球温暖化の加速。そして、アベノマスクが去り、トランプが幕を引いた。日本はアベノマスクはマスクを配って去ったが、ガースーはそのまま坂を転がり落ちた。「オリンピックを何が何でもやる!」と言い切った森喜朗は、天に向かって唾を吐いた。そして二階は、森の唾の餌食になる。小池もガースーも、祟りを恐れてダンマリを貫いた。

でもオリンピックはできないよ。このために死ぬ思いをして頑張った選手たち、この選手たちには申し訳ないけど、オリンピックはこれで終わることはないし、オリンピックが全てではない。森喜朗のこれまでの功績など関係ないね。どんな功績なのか、俺には負のイメージしか残ってない。だから森喜朗が、冥土の土産にと思っていたであろうオリンピックは、やめた方が日本のためであり国民のためだ。恥しか残らないからね。

さてと、武漢コロナは当分、故郷へ帰ってくれなかったこの一年、我が家にも色んな出来事があった。年が明けて間もなくして武漢コロナの地獄で始まり、誰かと会うこと、どこかに行くこと、それ自体を制限され、これから人間はどうなってしまうのか、そんな渦の中で、一番仲の良かった大先輩が亡くなり、春に俺の父親が亡くなり(コロナではない)、葬儀をしなくてはいけなくなった。九州から兵庫県の田舎を何往復もしてだ。

ようやく葬儀を終えて一段落したところで、死後の手続きや相続の手続き。母親が隠していた父親の銀行口座が、なんと複数出てきてしまう。これをまとめて、懇意にしている銀行に依頼した。実家の家はどうするのか。まだ母親が生きているのでそのままにしてはいるが、亡くなった後が大変である。というのは俺と母親は義理の仲、つまり父親の再婚相手であって、俺との間に養子縁組がされていない。だから実家の家が義母の名義である以上、後処理が面倒なことになる。義母が生きている間に養子縁組の事務手続きしておくか、義母に遺言頼むかである。

こんな混沌とした状態の中で嫁の父親が、あれだけ嫌がっていた施設にようやく入り、それまで何もやってこなかった嫁の弟が、あとを引き取ることとなったが、自分のことは棚にあげることが得意な、傲慢で守銭奴の弟とは決裂状態となり、嫁は心身ともに疲れ果てた。だから健全な体を取り戻すには、生きる場所を変えなければいけない、守銭奴と同じ空気を吸ってはいけないと。

場所はほぼ決めた。だけど現地へ行けない。物件さえ見れないのだ。予定は去年の夏前であったが、武漢コロナがこの状態だからどうしようもない。そうして夏が過ぎ、ここで迎えるとは思ってもいなかった20年の冬だ。冬が到来して年の瀬には父親の弟がなくなった。同じ年に兄弟が揃って亡くなったのは、何かの因縁なのだろうか。叔父が亡くなった同じ頃、今度は高校の時の同級生が病気で急死した。叔父も友人も雪深い山陰地方で、特に今年は何年かぶりの大雪で、交通網が閉ざされて、しかも武漢コロナで参列さえできなかった。

嫌なことがまとめて一挙に訪れ、真正面で受け止めてしまった一年であった。何一いいことがなく、何一つできなかった。

2021年。
今年は良い年であって欲しい。
藤沢周平の言う「普通が一番」、
それだけで良い。
だが、理想は高く。


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