昔遊びと悪ガキ
キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。
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2012.05.10 (Thu)
大阪の川筋を辿ってのクルージングがおます。
ペタッとした台船みたいな安っぽい船が、
道頓堀から出発してま。
なんや、ドブ川みたいなとこを、何が嬉しいんやって、
アホらし思ってたんやけど、なかなかおもろかった。
普段、地べたば~っかりしか見ーへんやろ?
当然や! 川から大阪を見るなんか、
こんな機会でしかあらへん。
で、行ったわ。
道頓堀から大阪城港ってとこまで。
片道50分、一人1000円也。

ここは湊町リバープレイス(FM802があるとこ)。
よく来るとこや。何故か言うと、この向かいに
殆ど毎週行くホームセンターがあるさかい。

大阪城港っておかしな名前やろ?
大体、大阪城に港があることすら知らんかった。

若手落語家が案内するやら、船は何種類かあるみたいやけど、
俺らが乗ったのは一番小っこいやつ。
ほんま、ちょうど台船の上に20席ほどのパイプ椅子が置いとる。


道頓堀川を真東に。
通称引っかけ橋を潜るとすぐに船着き場がある。
そこで、ドッと客が乗ってくる。

ここでアクシデントがあったんや。
客の乗船をボケッと待ってると、何やら肩に小さな衝撃。
後ろの可愛いギャルが肩を叩いたんかと思った。
ところが次の瞬間、衝撃の真実が分かったで。
そや、上空では平和のシンボルがエサを狙っとるし・・・
あ~、口空けとかんでよかった。

横堀川から土佐堀川へ。ここまでくると川の水もましや。
川幅も広し、OBPもすぐそこや。

忘れとったけど、横堀川の途中に水量調節の水門がある。
これこそ、地べた歩いとっても永遠に分からへんことや。

何とか橋を潜ってすぐに見える天守閣が一番美しいって言うけど、
チッコイな。

今回のクルージングコース
ペタッとした台船みたいな安っぽい船が、
道頓堀から出発してま。
なんや、ドブ川みたいなとこを、何が嬉しいんやって、
アホらし思ってたんやけど、なかなかおもろかった。
普段、地べたば~っかりしか見ーへんやろ?
当然や! 川から大阪を見るなんか、
こんな機会でしかあらへん。
で、行ったわ。
道頓堀から大阪城港ってとこまで。
片道50分、一人1000円也。

ここは湊町リバープレイス(FM802があるとこ)。
よく来るとこや。何故か言うと、この向かいに
殆ど毎週行くホームセンターがあるさかい。

大阪城港っておかしな名前やろ?
大体、大阪城に港があることすら知らんかった。

若手落語家が案内するやら、船は何種類かあるみたいやけど、
俺らが乗ったのは一番小っこいやつ。
ほんま、ちょうど台船の上に20席ほどのパイプ椅子が置いとる。


道頓堀川を真東に。
通称引っかけ橋を潜るとすぐに船着き場がある。
そこで、ドッと客が乗ってくる。

ここでアクシデントがあったんや。
客の乗船をボケッと待ってると、何やら肩に小さな衝撃。
後ろの可愛いギャルが肩を叩いたんかと思った。
ところが次の瞬間、衝撃の真実が分かったで。
そや、上空では平和のシンボルがエサを狙っとるし・・・
あ~、口空けとかんでよかった。

横堀川から土佐堀川へ。ここまでくると川の水もましや。
川幅も広し、OBPもすぐそこや。

忘れとったけど、横堀川の途中に水量調節の水門がある。
これこそ、地べた歩いとっても永遠に分からへんことや。

何とか橋を潜ってすぐに見える天守閣が一番美しいって言うけど、
チッコイな。

今回のクルージングコース
2012.05.02 (Wed)
土曜日の朝であった。今日から3連休というので、いつもの習慣から開放されてゆっくり起きた。
目が覚めると8時過ぎていた。土曜日だから「梅ちゃん先生」を観なきゃと慌てた。が、早起きのヨメがつけている筈のTVのスイッチが入っていない。「なんや、始まってるやんか」とボヤキながら、眠気眼でスイッチを入れる。
おかしい。ヨメの返事が無い。
ベッドは空っぽである。土曜日だからアルバイトは休みの筈。「そうか、ゴミ出しかトイレだろう」と。だが、トイレに入っている気配はない。しかもゴミ箱にパラパラとゴミが残っているので、ゴミ出しではない。
コンビニにパンでも買いに出たのか?
「梅ちゃん先生」が終わるまで待ったが、帰ってこない。
ケイタイもない。
いくら待っても帰ってこないので朝飯の準備をする。
と、ドレッサーの上に何かメモが。
『今日から信州へ行ってきます』。
えっ?
[広告] VPS
驚いた。今まで旅行といえば、一緒に行くか、一人で出ても誰かと落ち合うか、せいぜい九州へ里帰りくらいだったのに、こんなパターンは初めてである。
でも、よくよく考えたら、女の一人旅ってカッコいいと思う。
よくぞ勇気を出してくれたと、褒めてやってもいい。
ヨメは母親似なのか昔から旅行好きで、国内ばかりだけどチョクチョク行きたがるが、ボクの趣味と全く違うので、行く先々でよくもめる。
ボクの場合、欲張って慌ただしく観て回るのは嫌いである。できるなら、一番気に入った場所に留まって、絵を描いたり本を読んだり、その土地の人と話したり、小説を書いたり、もちろん釣りをしたり、こんな旅をしたいのだ。
最近はないけど、学生時代や就職してからもチョクチョク休みをとって、一人旅をした。一人でなくても気心の知れた友人とも。
それでヨメに言ったことがある。
「たまには一人旅してみたら?」と。すると、「女の一人旅は危ない」とか、「旅館が怪しんで泊めてくれない」などと、屁理屈を並べるのだ。
「あんたのオフクロさんは、ずっと一人旅してるやんか」と言えば、「あの人は別」と、わけの分からないことを言う。つまりは、一人で行くのが不安なのだ。
ヨメの反論には全く説得力がない。それで「女の一人旅ってカッコいいで!」と、つい言ってしまった。5年ほど前だったか。
それからもずっと一人旅をする気配はなかったのに、突然の家出的一人旅で驚いた。
昨朝、「今から上高地に向かう」とのメール。
さすがに3日目となると、ちょっと心配になってきた。
無事に帰ってきたら、ひとつ、褒めてやるか。
目が覚めると8時過ぎていた。土曜日だから「梅ちゃん先生」を観なきゃと慌てた。が、早起きのヨメがつけている筈のTVのスイッチが入っていない。「なんや、始まってるやんか」とボヤキながら、眠気眼でスイッチを入れる。
おかしい。ヨメの返事が無い。
ベッドは空っぽである。土曜日だからアルバイトは休みの筈。「そうか、ゴミ出しかトイレだろう」と。だが、トイレに入っている気配はない。しかもゴミ箱にパラパラとゴミが残っているので、ゴミ出しではない。
コンビニにパンでも買いに出たのか?
「梅ちゃん先生」が終わるまで待ったが、帰ってこない。
ケイタイもない。
いくら待っても帰ってこないので朝飯の準備をする。
と、ドレッサーの上に何かメモが。
『今日から信州へ行ってきます』。
えっ?
[広告] VPS
驚いた。今まで旅行といえば、一緒に行くか、一人で出ても誰かと落ち合うか、せいぜい九州へ里帰りくらいだったのに、こんなパターンは初めてである。
でも、よくよく考えたら、女の一人旅ってカッコいいと思う。
よくぞ勇気を出してくれたと、褒めてやってもいい。
ヨメは母親似なのか昔から旅行好きで、国内ばかりだけどチョクチョク行きたがるが、ボクの趣味と全く違うので、行く先々でよくもめる。
ボクの場合、欲張って慌ただしく観て回るのは嫌いである。できるなら、一番気に入った場所に留まって、絵を描いたり本を読んだり、その土地の人と話したり、小説を書いたり、もちろん釣りをしたり、こんな旅をしたいのだ。
最近はないけど、学生時代や就職してからもチョクチョク休みをとって、一人旅をした。一人でなくても気心の知れた友人とも。
それでヨメに言ったことがある。
「たまには一人旅してみたら?」と。すると、「女の一人旅は危ない」とか、「旅館が怪しんで泊めてくれない」などと、屁理屈を並べるのだ。
「あんたのオフクロさんは、ずっと一人旅してるやんか」と言えば、「あの人は別」と、わけの分からないことを言う。つまりは、一人で行くのが不安なのだ。
ヨメの反論には全く説得力がない。それで「女の一人旅ってカッコいいで!」と、つい言ってしまった。5年ほど前だったか。
それからもずっと一人旅をする気配はなかったのに、突然の家出的一人旅で驚いた。
昨朝、「今から上高地に向かう」とのメール。
さすがに3日目となると、ちょっと心配になってきた。
無事に帰ってきたら、ひとつ、褒めてやるか。
2012.04.21 (Sat)
2012.04.14 (Sat)
何につけても下準備を怠らないのが、ボクのヨメである。
外出前の女性は、男と違って時間が必要なのだ。それはひとつ屋根の下で暮らせばすぐに分かること。だからボクはいつも、「何時に出るゾ!」と予め言っておく。
しかし、たいがいその時間より30分はズレる。ズレるのは前ではなく後ろである。それで時々、小言を言ってしまい気まずい思いをしながら外出してしまう。
ボクは29才の時に大阪から奈良に移り住んだ。新居を求めて大阪の各地を巡ったが、なかなか気に入った土地と条件がないので、当時、西大寺に住んでいた先輩に相談した。
先輩はすぐに新聞の織り込みチラシを持ってきてくれた。それですぐに決めた。決め手となった大きな理由は粋な地名だったからだ。『恋の窪』(大安寺の西に位置するのどかな郊外)であった。
であるが、話はそのことではない。
引っ越しして間もなく、奈良を探索しようということになった。そうなるとヨメは、1週間も前から地図を買い込み、計画をし、知り合ったばかりの隣人たちから情報収集するのだ。たかだか1時間圏内の散歩程度のところでも、大旅行並みに事前調査をするのだ。
ヨメはA型人間である。A型をけなすわけではない。むしろそれだけ慎重に計画してくれるのだから安心できる、だが正直鬱陶しい時がある。逆にボクはB型の典型で、その場に立ってから考えるタイプなので、当然のように現地でもめることになる。
当日、バスと電車を乗り継ぎ奈良へ。駅を出てまず目に入るのが、登大路の坂である。ヨメは持参していた地図を広げ、現在地を確認してグルグルグルグルそれを回していた。普通乗用車免許皆伝のヨメは、意外と方向音痴であった。
ボクは平城旧跡と大仏殿の位置さえ分かっていれば、間違うことはないと考えていた。確かに平城旧跡は電車で見ることはできる。が、終点(近鉄奈良駅)の手前で地下に潜るので、到着した時点で方向が分からなくことは分かるが。
登大路は平城から見て東側を南北に走る。大路は坂になっていて南へ上っていくから、坂の上が大仏殿になる。つまり、大仏殿へ行くのなら目の前の坂を上れば辿り着く。
地図を回しているヨメを尻目に、ボクは坂を上り始めた。ヨメは後を追いつつも、まだ地図を回している。途中で立ち止まり前後左右をグルグル。(面倒くさい、いつもこの調子だ)
大仏殿を参拝し、ならまちを散策するという計画だったので、ボクは駅へ引き返すより南から回った方が都合がいいと思った。大仏殿の前の道は、出てすぐに西へ大きく曲がっている。その道のどこかで右へ、つまり北へ向かえばならまちへ入れると考えた。
だがヨメは、ピタッと足を止め地図を逆さにしてキョロキョロ。挙げ句、自分一人で駅の方へ向かいかけた。ヨメの持病が出たのだ。コマツカタ タダシ同様、一旦こうと思ったら絶対に自分を曲げない。見上げた根性である。
ボクは爆発寸前をどうにか我慢して、ヨメが広げている地図に指差し、目的地をなぞってようやく納得させた。(やれやれ)
問題は、ならまちに入ってからである。
ならまちは袋小路である。昔の寺内町(じだいまち)だから道が狭く、土地勘がなければ迷路探検よろしく、出口の見えない罠にはまってしまうのだ。だから、道の角々にはご丁寧に標識が立ててある。
旧志賀直哉邸の高畑から北へ、登大路同様、今度は坂を下る。細い通りが縦横無尽に走っている。軒先につかえそうな、小さな町家がひしめく。ヨメは相変わらず地図と標識を見、ボクは町家の下の影を頼りに歩く。影の方向さえ間違えなければ迷うことはない。

3時間ほどかかった。ならまちのほぼ半分は歩いた。
元興寺を出た辺りからヨメの姿を見失った。しかし、駅までそう遠くないので帰れないことはない。ボクは駅までの道程を見回しながら駅へ向かった。
駅で30分ほど待ったが、ヨメの姿は見えなかった。仕方なくボクは電車に乗った。家に辿り着くもヨメの姿はない。
後刻ヨメに聞くと、元興寺を一人で出てから、気に入った風景が目に入ったので、そこへ行ったらしい。で、案の定帰り道が分からなくなったという。
外出前の女性は、男と違って時間が必要なのだ。それはひとつ屋根の下で暮らせばすぐに分かること。だからボクはいつも、「何時に出るゾ!」と予め言っておく。
しかし、たいがいその時間より30分はズレる。ズレるのは前ではなく後ろである。それで時々、小言を言ってしまい気まずい思いをしながら外出してしまう。
ボクは29才の時に大阪から奈良に移り住んだ。新居を求めて大阪の各地を巡ったが、なかなか気に入った土地と条件がないので、当時、西大寺に住んでいた先輩に相談した。
先輩はすぐに新聞の織り込みチラシを持ってきてくれた。それですぐに決めた。決め手となった大きな理由は粋な地名だったからだ。『恋の窪』(大安寺の西に位置するのどかな郊外)であった。
であるが、話はそのことではない。
引っ越しして間もなく、奈良を探索しようということになった。そうなるとヨメは、1週間も前から地図を買い込み、計画をし、知り合ったばかりの隣人たちから情報収集するのだ。たかだか1時間圏内の散歩程度のところでも、大旅行並みに事前調査をするのだ。
ヨメはA型人間である。A型をけなすわけではない。むしろそれだけ慎重に計画してくれるのだから安心できる、だが正直鬱陶しい時がある。逆にボクはB型の典型で、その場に立ってから考えるタイプなので、当然のように現地でもめることになる。
当日、バスと電車を乗り継ぎ奈良へ。駅を出てまず目に入るのが、登大路の坂である。ヨメは持参していた地図を広げ、現在地を確認してグルグルグルグルそれを回していた。普通乗用車免許皆伝のヨメは、意外と方向音痴であった。
ボクは平城旧跡と大仏殿の位置さえ分かっていれば、間違うことはないと考えていた。確かに平城旧跡は電車で見ることはできる。が、終点(近鉄奈良駅)の手前で地下に潜るので、到着した時点で方向が分からなくことは分かるが。
登大路は平城から見て東側を南北に走る。大路は坂になっていて南へ上っていくから、坂の上が大仏殿になる。つまり、大仏殿へ行くのなら目の前の坂を上れば辿り着く。
地図を回しているヨメを尻目に、ボクは坂を上り始めた。ヨメは後を追いつつも、まだ地図を回している。途中で立ち止まり前後左右をグルグル。(面倒くさい、いつもこの調子だ)
大仏殿を参拝し、ならまちを散策するという計画だったので、ボクは駅へ引き返すより南から回った方が都合がいいと思った。大仏殿の前の道は、出てすぐに西へ大きく曲がっている。その道のどこかで右へ、つまり北へ向かえばならまちへ入れると考えた。
だがヨメは、ピタッと足を止め地図を逆さにしてキョロキョロ。挙げ句、自分一人で駅の方へ向かいかけた。ヨメの持病が出たのだ。コマツカタ タダシ同様、一旦こうと思ったら絶対に自分を曲げない。見上げた根性である。
ボクは爆発寸前をどうにか我慢して、ヨメが広げている地図に指差し、目的地をなぞってようやく納得させた。(やれやれ)
問題は、ならまちに入ってからである。
ならまちは袋小路である。昔の寺内町(じだいまち)だから道が狭く、土地勘がなければ迷路探検よろしく、出口の見えない罠にはまってしまうのだ。だから、道の角々にはご丁寧に標識が立ててある。
旧志賀直哉邸の高畑から北へ、登大路同様、今度は坂を下る。細い通りが縦横無尽に走っている。軒先につかえそうな、小さな町家がひしめく。ヨメは相変わらず地図と標識を見、ボクは町家の下の影を頼りに歩く。影の方向さえ間違えなければ迷うことはない。

3時間ほどかかった。ならまちのほぼ半分は歩いた。
元興寺を出た辺りからヨメの姿を見失った。しかし、駅までそう遠くないので帰れないことはない。ボクは駅までの道程を見回しながら駅へ向かった。
駅で30分ほど待ったが、ヨメの姿は見えなかった。仕方なくボクは電車に乗った。家に辿り着くもヨメの姿はない。
後刻ヨメに聞くと、元興寺を一人で出てから、気に入った風景が目に入ったので、そこへ行ったらしい。で、案の定帰り道が分からなくなったという。
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2012.04.09 (Mon)
2012.04.01 (Sun)
まずまずの天気でした。
雨がパラついたり、若干不安定でしたけど。
ホームセンターで肥料を購入。ついでにトマトの苗も。
で、随分ベランダも賑やかになったというわけです。


数種類のベビーリーフの種を蒔きました。
また鳥に狙われないようにネットを。


袋植えしたジャガイモ(キタアカリといったかな?)です。
ついでに、先日実家から届いた長ネギも袋植えに。
するとネギ坊主が出てきました。

シシトウが育ちがいい。上手くいくでしょうか。

実は、トマトを室内で種からと思ったんですが、
ちょっと心もとないので、ホームセンターで買いました。

これ、ベランダ初デビューのキヌサヤ(DAIK氏作)。

これは、去年から3代目のチシャ。冬を越したんです。

雨がパラついたり、若干不安定でしたけど。
ホームセンターで肥料を購入。ついでにトマトの苗も。
で、随分ベランダも賑やかになったというわけです。


数種類のベビーリーフの種を蒔きました。
また鳥に狙われないようにネットを。


袋植えしたジャガイモ(キタアカリといったかな?)です。
ついでに、先日実家から届いた長ネギも袋植えに。
するとネギ坊主が出てきました。

シシトウが育ちがいい。上手くいくでしょうか。

実は、トマトを室内で種からと思ったんですが、
ちょっと心もとないので、ホームセンターで買いました。

これ、ベランダ初デビューのキヌサヤ(DAIK氏作)。

これは、去年から3代目のチシャ。冬を越したんです。

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2012.03.31 (Sat)
春がそこまで来ているのに、よく降る雨だ。
東北地方では放射能の土壌汚染が心配されている。
この雨でどんどん浄化されるといいけど、
でも、行き着くところが海。
その次の行き場所が・・・、ない!
なんばパークスの春です。
花の名前が分からないけど、まあ、ご堪能あれ!





東北地方では放射能の土壌汚染が心配されている。
この雨でどんどん浄化されるといいけど、
でも、行き着くところが海。
その次の行き場所が・・・、ない!
なんばパークスの春です。
花の名前が分からないけど、まあ、ご堪能あれ!





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