昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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基本は海。

2017.01.24 (Tue)

理想の住処はどこか?

そう聞かれれば、一も二もなく「海」。

海を見ていれば、心が百倍も癒される。

たぶん、一日中でもいられると思う。

ほどほどの田舎で、でも、田舎すぎることはない。

少し歩けば田んぼも畑もある。

でも、自転車で10分も走れば日課の図書館通いができる。

義父の相手をしながら釣りもできる。

排気ガスで悩まされることはない。

チャンスがあれば小さな菜園生活ができるかも。

あと少しで、それが手に入る。

海1

海2

海3


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介護&リゾート

2017.01.18 (Wed)

ようやく住処がきまりました。

詳しくは引越しが終わって少し落ち着いてから

お伝えするとして、

今回は、歩いて約20分の海辺を見てください。

もっともこれは、去年夏の写真です。

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2017年、第二の人生スタート。

2017.01.01 (Sun)

みなさま あけましておめでとうございます

なんとなく慌ただしい時代が過ぎたことは

寂しくもありますが、喜びの方が大きいのではと。


今年は初めて、難波の八阪神社でお参りしました。

小さな神社でしたが、びっくり。

なんと、300人以上の行列。

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‪雨の御堂筋‬ならぬ・・・

2016.10.09 (Sun)

かつて「田舎の香水はどこへ行った」というエピソード載せたことがある。
「田舎の香水」など、今や知る人はまずいないが、我々より年輩で田舎出身であれば記憶の中にある筈だ。

「田舎の香水」は・・・、そう、ポッタン便所から汲み取る時に発生する芳しい臭いのことである。もちろんそれだけではない。

かつて、田園の広がる田舎では、自前のものや家畜の堆肥で作物を育てていた。その”コヤシ”は一定の期間、野壷(農地の中に施した肥溜)に放置して醗酵させる。そうした後に田畑に撒くのである。

稲の収穫が終わる11月頃から、翌年の農作業が始まる。家畜の糞や人さまが落したモノを、人力で野壷へ運ぶ。そうして翌年の、春の田植えシーズンまで寝かせるのだ。

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大阪ではこの季節になると、この記憶が蘇ってくる。
が、公園や通りに野壷なるものがあるわけではない。

♪♪
銀杏並木は枯れ葉を落し
雨の歩道は淋しく光る・・・と、
欧陽菲菲が歌ったように、「雨の御堂筋」のイメージが壊れるほど銀杏地獄が展開される。





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ある記憶

2016.10.08 (Sat)

豊洲市場の移転、東京オリンピック。東京は今、揺れている。けれどその大イベントは必ず、4年後にやってくる。

今思えばであるが、この世界に憧れはじめたのは、かすかな記憶にある1964年の東京オリンピックであったように思う。もっともイベントに参加している選手でもなければ、競技でもない。町のアチコチに貼り出されていたポスターである。

Tokyo_1964

あの作品がグラフィックデザイン、つまり商業デザインというジャンルであり、その作品は亀倉雄策氏が創出したものであると知ったのは、随分あとのことである。

あの時の衝撃は、今でも鮮明に残っている。真紅の日の丸にTOKYO 1964。これ以上あり得ないシンプルさとインパクトあるシンボルマーク。そしてスタートダッシュの瞬間を捉えた、早崎治氏の写真である。

hayasaki

縁あって、この世界の片隅で生きてきて約40年である。ボクはこの間、これを超越するデザインを目にした記憶がない。
その仕事も、そろそろ終焉を迎えようとしている。

話は変わるが、一昨日のTV番組で大阪の新世界が話題になっていた。長年、大阪で住み暮らしているボクにとって目新しくもなく、生活の中に完全に溶込んでいるのだが、メディアでは”大阪のおばちゃん”、いわゆる”みなみ”、”新世界”は話題性があり、時々、面白おかしく取り上げられている。

その番組で取り上げられたのが、新世界を包括する”西成”という地域のことである。この地域は一言で語れない独特の文化がある。

過疎の田舎から大阪へ、初めて移り住みだした学生の頃、「あの地区には決して行くな」と、友人や先輩からクギを刺された。だが、「行くな!」と言われれば、行ってみたくなるのが人情というもの。

果たして、粋がる悪い友人仲間と、その悪名高き”西成”や”新世界”を、肝試しよろしく何度か歩いた。夜中である。一度は終電で間に合わず、天王寺公園のベンチで朝を迎えたこともあった。

通天閣の下では一日中将棋を指している。いかがわしい飲み屋が並び、ヌード小屋がある。一日中呑み、酩酊している正体不明の人たち。

新世界から天王寺公園を結ぶ道は、露天商が並んでいて、あちこちで大音量のカラオケをやっている。年中無休のお祭り騒ぎである。その中を油絵具で汚れた服に下駄履き(当時はやっていた)で歩くのである。

驚異の視線を感じてはいたが、何も起こらなかった。工事現場でコンクリート詰めにされるとか、大阪湾に浮かぶなどと、色んな話は聞いたが、それは特定の世界の人間であって、我々ガキには縁のないことなのだ。

大学時代は純粋美術を目指していた。毎日、キャンバスを前にしていた。卒業して、これといった目標なるものはなく、ブラブラしていた。それを見かねて、当時同棲していたヨメの友人が、新聞の突出し募集広告を見て、念のために用意していた履歴書を、断りもなく勝手に送ってしまった。

面接に来るように会社から電話があったが、何のことか分からなかった。考えられないことだが。

一応、面接に行った。手ぶらでである。面接の時、「君は何になりたい?」と聞かれた。ボクは即座に「イラストレーターに」と。洋画専攻であっても、単位を取得するためにイラスト、レタリング、デザイン構成などを受けてはいたが、やはり絵が描きたかった。

しかし、「それは手が足りている。デザインをやりなさい。面白いよ!」と、半ば命令のようなリアクションであった。仕方なくボクは「はい!」と。

目標なく、人に言われるがまま入社した。時代のせいにしてはならないが、そういういい加減な時代であった。というのも当時、グラフィックデザイン(商業デザイン)というものが、社会でまだ認知されていなかったといえる。

入社当時のことである。I氏という5才ほど上の先輩ディレクターがいた。仕事が早く、常に感覚で仕事をしていたという印象がある。

I氏の入社時も実に変わっていた。I氏は西成で殆どホームレスのような生活をしていたようだ。会社のN氏がI氏を見付け、「お前、ウチにけえへんか?」と言ったという。

N氏が何故、西成を歩いていたかは知らないし、誘ったきっかけが何であったかも知らない。が、I氏は間もなく入社の運びとなった。ボクが就職する何年か前のことである。

I氏はそれまで、どうして食いつないでいたのか、酒好きのN氏と飲めないI氏が出会うきっかけが何であったか、謎だらけである。

彼は電車賃がなかった。だから、西成から会社のある京町堀まで、歩いて通っていたらしい。片道5キロはある。普通に歩けば1時間の距離である。

もうひとつのエピソードがある。そのI氏は昼メシ時、一人で外出し、うつぼ公園で時間を潰し、爪楊枝をくわえて会社に戻ってきていたという。間もなくN氏や社長の知ることとなり、前借りでことなきを得たのだそうだ。

笑える話だが、40年前はこんな時代であった。だが、”夢”はあった。”自分の仕事”という”夢”である。普通のサラリーマンと違い、自由さがあり、感動を欲しいままにし、自分を表現する場があった。

しかし、今はどうか。
ボクはもうすぐ終わりを迎えるからどうでもいいのだが、折角の業界なのに、自由さを自ら捨ててしまっている感がある。官僚的な社会の一歯車化して、がんじがらめの”枠”を作り、できもしない規制社会で悶々としている。

つい最近ある人間が、「想像するな」と言った。我々の仕事(だけではないが)で、想像することをしなくなったら終わりである。それこそ死んだ方がいい。

何故「想像するな」と言ったのかは知らない。
依頼主の言われるがままで良しと言いたかったのか、勝手に考え、想像することが癇に障ったのか知らない。そんなことはどうでもいいことだ。

だが、見ていれば分かることがある。どんな仕事でも業界でも大なり小なりストレスを抱えながら生きている。しかし、かつて自由であったこの業界も、そうではなくなっている。

必要以上に外面を繕い、必要のない”規制枠”を作って、自らの首を絞めている。自殺行為だ。こんな雰囲気の中で仕事をしても、面白い筈がない。若い人は特に気の毒である。

ボクがこれからどうするかは、まだ教えない。
でも、少なくともこの数年間経験したことを反面教師として、自分とヨメとだけで、より良い生き方に徹しようと。


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映画「後妻業の女」

2016.09.18 (Sun)

直木賞作家・黒川博行の第一作目となる作品
「後妻業」原作によるものである。

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「後妻業」と聞いて思い出すのは、2009年の木嶋佳苗と
2013年の筧千佐子の婚活連続大量殺人事件は記憶に新しい。

他にも多くの事件はあったが、どの被疑者も
大量の殺人を犯しているにも関わらず、
シラを切るという図太さと、利欲目的で行った犯行で
酌量の余地はみじんもないところは共通している。

金目的の性の虜になり、手玉に取られる寂しいバカな男。
対して、金銭欲と救いのようのない自己顕示欲の塊である毒婦。
これが対峙すれば、バカなおじさんはひとたまりもない。

今、日本は婚活大国と言われる。
熟年離婚が劇的に増加した昨今、
結婚相談所は全国に4000社、利用者は60万人と言われる。
もちろん健康的な結活をしている人が、
圧倒的に多いと信じたいものだが。

そんな世相を背景に、結婚相談所で相手を見つけ、
資産を狙って結婚詐欺を働く犯罪が「後妻業」というものだ。

「後妻業の女」は、京都の事件(これは男が女性から1億5000万円詐欺)が明るみになった直後、事件を予見していたと話題になった黒川作品が原作である。

大竹しのぶ演ずる主人公・小夜子が、
結婚相談所所長・柏木亨(豊川悦司)と組んで、
老い先短い寂しい老人たちを騙すというストーリである。

しかし、騙す側も騙される側もどこかコミカルなキャラばかりで、
実に憎めないものになっている。
関西弁が飛び交い、道頓堀や堀江など、身近な背景というのもいい。
柏木亨の荒っぽい所行や小夜子の毒婦ぶりがあるものの、
どこか間が抜けて憎めない。

笑える。これは百聞よりも一見という他はない。

特に、小夜子と小夜子に手玉に取られて殺された
中瀬耕造(津川雅彦)の娘・朋美(尾野真千子)との
壮絶な格闘シーンはマジに見え、何故か笑いをそそる。

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最後のターゲットである筈の舟山(笑福亭鶴瓶)、
実は知る人ぞ知る有名な”竿師”。

小夜子は、陥れるつもりの舟山の”竿”に・・・

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最後に、これは個人的ではあるが、
柏木亨の女扮する三好繭美(水川あさみ)だ。
ボクのイメージでは、棒切のように痩せこけた少年という
感じであったが、これほどボリュームがあったとは。

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う〜〜〜〜〜ん、いいな・・・
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悪夢が蘇る場所

2016.07.31 (Sun)

先日の金曜日から個人の仕事で神戸にいました。

神戸は年に7〜8回は行っていますが、

恐るべき暑さでした。

暑さ好きのボクも、さすがに参りましたよ。


仕事の合間に湾岸の震災跡地に行ってきました。

ここへ来ると、あの生々しい21年前が蘇ります。

1995年1月17日午前5時46分。

淡路島から神戸市にかけての震源とするM7.3の地震が

家族も友人も家も仕事も生活も、根こそぎ奪ったわけです。

ボクは当時、たまたま地方で仕事をしていて

直接、震災には遭遇してなかったんですが、

友人知人の中には、家族を目の前で亡くした人もいました。

ボクのように直接被災しなかったり、

遠くでテレビを観るしかなかった人は、時が経てばどうしても

こういう悲惨な災害は忘れてしまいます。

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02020

03030

04040

5年前の東日本大震災も然り、です。

この前の熊本地震だってそうです。

日々、平々凡々とお決まりの仕事をし、恋愛をし、ポケモンを探し歩く。

そうしていつか、すぐ近くで地獄があったことさえ忘れてしまう。

それが一番恐ろしいのです。

ボク自身も、どんどん記憶が薄れていっています。しかし、



ここへ来ると、否が応でも21年前に引き戻してくれます。

自然のパワーは、人のチカラではどうすることもできない。

人が何万人集まろうが、

このエネルギーに、到底勝つことはできないのです。

仕事先でいくら威張り倒しても、その実、大したことはしていない。

目が飛び出るほどお金を稼いでも、

核兵器を何千発も持っていても、南シナ海を奪っても

仮に東シナ海や竹島を奪ったとしても、

この自然を前にしたら、目に見えない、ただの塵でしかない。

この場所を見ると、総てが小さく見えてしまうのです。


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