昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

こぼれ萩

2010.09.23 (Thu)

いや~~~~~っ、今朝はすごかった。

天地がひっくり返ったような、凄まじい雷雨。

この雷雨に叩き起こされたのが午前3時。

当然、外は真っ暗。

のべつ幕無しに光るが、相当遠くなのか

音が届くまで何秒もかかった。

雷は小さい頃から大好きだった。

雷が鳴りだすと、長靴を履いて外に飛び出した。

ジュルジュルになった道、水たまりの中を走り回った。

今でもそんな気分に襲われて仕方がないけど、

ガラス窓に鼻をこすりつけて、真っ暗な空間を見るだけ。

それだけにしておこう。


[広告] VPS



どうやら日本から四季らしきものがなくなりつつある。

冬も夏もあったが、今年は春らしい時期もなかったし

気分も味わっていない。

この分だと、夏から一足飛びに冬になるのではないか。


日本には春と秋がはざまにあって、

やっと四季の似合う日本になるのだと思う。

『こぼれ萩』は、情緒豊かな日本の秋を演出する

風景であり、言葉でもある。

先日行った馬籠の町の中にあった『こぼれ萩』は見事であった。

「萩」を遣った歌は万葉に多くある。

散りゆく萩の花を表した言葉なのか、こぼれんばかりに

咲き誇る風景を表したものかは分からない。

しかしこの言葉、取りようによっては淫乱にもなる。




スポンサーサイト

海神

2010.07.22 (Thu)

暑中お見舞い申し上げます。

今日の夕刊に「熱中症急増」のニュース。

犠牲者が30年間で6倍になったという。

夏は滅法強い自分には、なんとも遠い話しのような。

でも、油断は禁物です。

今夏、無事に乗り越えられることをお祈りします。


ところで『海神』という言葉をご存知ですか。

海が好きなボクは知らなかったのですが、

辞書で調べてみると、「わだつみ」と言って、

本来、そのまま「海の神」をさしていたようです。

「海」は「わた」と言い、広い意味で海そのもののことを

言っているようです。


世知辛く、そして慌ただしい時代です。

時には海でも眺めて、心の中の垢を流しませんか。

海はやさしいよ。


ここらでひとつ、ちょっと早い目の納涼をば・・・


[広告] VPS

(ボリュームを大にして)




風待月

2010.06.20 (Sun)

kamakiri11.jpg


どうもこの季節は憂鬱でならない。

健康なボクがそう思うのだら、あまり健康ではない

人にとって、いかばかりかと思う。

しかし、日本の四季を奏でるには通過しなければならない

時期であると、かの人は言う。



そこで、6月について調べた。

6月の別名「水無月」は、誰もが知っている名である。

ところが、梅雨時のこの月が「水無月」とは妙な話しではないか。

水が多過ぎて困っているのに、「水のない月」なのだ。



広辞苑によれば、旧暦の6月は、夏の盛りとされ、

「水が涸れ尽きる」という意味から、そうなったらしい。

そして、この時期は田んぼに水をひく月で「水な月」とも呼ばれ、

農作業が一旦終わったという意味での「皆し尽き」でもある。

そして雷が多いことから「かみなり月」、さらに「みなつき」に

変化して「水無月」(無は当て字らしい)になったとされる。



また、異名も多い。

「水無月」の他に、「蝉羽月」、「鳴神月」、「葵月」、

「松風月」、「夏越月」、「涼暮月」、「常夏月」、

そして「風待月」である。



–––もの思へば 沢の蛍も 我身より 

     あくがれ出る 魂かとぞみる––– 「和泉式部」

この時期の風物詩である蛍の光を見ながら、式部は自らの

魂が抜け出して、彷徨っているのかと思ったものらしい。

蛍は一生の大半を水の中で過ごす。

そして、その生命が尽き果てる数日だけ、

命の軌跡を精一杯描くように、光り輝いているのだろう。


言葉は面白い

2010.02.06 (Sat)

『玄人、素人』

無限空間.jpg


良い意味にも悪い意味にも使われる、誰でも知っている言葉。
「玄人」はその道のプロという意味であり、そうではない、いわゆる凡人が「素人」だとされる。他方ではヤクザがそれとしたら、我々平凡な人間が「素人」側ということだ。

「玄人」は、古くは「黒人(くろひと)」と、また「素人」は「白人(しろひと)」と読まれていた。「白人」は昔、白粉を塗った芸人のことをそう呼んでいて、お金を貰うほどの「芸」のない芸人が、ただ白粉を塗っただけとバカにされたことが始まりだったとされる。

中国では「黒」は縁起が悪いとされ、「黒人」とは言わず「黒」を「玄」に置き換えて呼ばれるようになった。同じように「白」も併せて「素」に置き換えたものらしい。まあもっとも、「黒人」を音読みすれば「こくじん」で、対する「白人」が「はくじん」だから具合が悪いことこの上ないのだが。

「玄人肌」と言葉の末尾に、「肌」を付け加えることが時々あるが、「素人肌」と言うことはない。ここらあたりでも、白粉芸人を意識しての気遣いであったのかと思うのは、ボクだけだろうか。

そこでひとつ疑問が生ずる。
「玄人」と「素人」の境界がどこにあるのかと。
「玄人肌」は未だ「玄人」ではなく、しかし「素人」でもない。としたら一体、どこまでいけば「玄人」のエリアに入れるのか。極論を論ずるのではなく、曖昧な線上のことである。

「玄人」を「プロフェッショナル」と言い、「素人」を「アマチュア」と言えば分かりやすいかも知れないが、日本には「イエス」と「ノー」の他に、ボキャブラリーもニュアンスも豊富にある文化では謎というほかないのだ。

「謎」。良い言葉だ。「謎」は永遠にそのままであるべきだと思う。それに、分かりにくいことが多い。どこかの国の言葉のように、「イエス」「ノー」で片付けられる問題ではない時、人は「謎」を「謎」として受け入れる。そこがまた摩訶不思議で面白い。

ちなみに、「黒」と「白」という、無彩色の対極にあるカラーが、ボクは好きだ。このコントラストは、無限の宇宙空間を思わせる。



 | HOME | 

プロフィール

natsumiryo

Author:natsumiryo
FC2ブログへようこそ!
夏海 漁の
悪ガキワールドへようこそ!

FC2カウンター

フリーエリア

フリーエリア

月別アーカイブ

フリーエリア

フリーエリア

翻訳できるよ!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。