昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

縁側は社交場。

2006.11.28 (Tue)

のどかなボクの田舎では、警察の出番など皆無といってよかった。誰かが他所の敷地内を横切ろうと、疑う人は誰ひとりいなかったし、外出する時も鍵をかける家は殆どなかったものだ。

多くの家が通りに面しているので、誰がどこへ行ったかくらいは、みんな承知していた。また、そういう時は通りすがりに声をかけるか、ついでにお茶でも飲んで世間話するのが習慣だったようだ。そういう意味で縁側が社交場の役割を担っていたと言える。村の人や顔見知りの人は、玄関を使わず縁側から直接声をかけた。だからという訳でもないが、どの家庭でも縁側は通りに面した場所に広くとってあった。

縁側は、一番日当たりが良かった。板間の下に踏み石が置かれてあったので、腰高のそこに座っても、ちょうどいい案配の座り心地であった。縁側に接している座敷きの隅には茶器が常備してあったのも、社交場なるが所以だったと思う。

今でも沖縄の田舎に行けばまだまだそういう所があるらしく、テレビでそういう場面を観る時、のどかで懐かしい記憶が蘇る。沖縄の友人に聞くと、それが当たり前の習慣になっているので、縁側が玄関代わりになっている家庭が多いという。

その縁側には、昔、色んなドラマがあった。当時、多くの家庭では縁側の下の空間を生かして、鶏を飼っていた。鶏小屋は、度々イタチや蛇の襲撃に遇った。青大将は玉子をまるごと飲み込んだ。いつだったか、朝、目を覚ますと鶏小屋がいやに騒々しいので覗くと、体長2mほどもある青大将がトグロを巻いて居座っていたことがあった。2つも玉子を飲んで、お腹が瓢箪型になっていた。

蛇は家の「守り神」とされていた。だから、家によってはわざわざ蛇を住まわせていたほどである。ところが、イタチは始末に負えなかった。肉食動物のイタチは玉子だけでなく、時として鶏も襲った。ボクのうちも一度ならず、二度三度襲撃され、イタチ退治するはめになった。

家の向い側に国道が走っていて、その下に山からの出水を抜く土管が埋められてあった。イタチはそういう暗くて狭いところを好んで徘徊する。
鶏が襲われて数日経った頃、何をするでもなく、その土管を見ていたら動くものがあった。イタチである。ボクはすぐに分かった。そして薪を持ち、そっと国道沿いに回り込んで、土管の上から待ち構えた。・・・一撃。鶏を襲う小動物であっても生き物を殺したことに違いなく、今でもその感触が蘇る。

huukei.jpg

関連記事
スポンサーサイト

 | HOME |  »

プロフィール

natsumiryo

Author:natsumiryo
FC2ブログへようこそ!
夏海 漁の
悪ガキワールドへようこそ!

FC2カウンター

フリーエリア

フリーエリア

月別アーカイブ

フリーエリア

フリーエリア

翻訳できるよ!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。