昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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いちびり短編小説「その男-3」

2013.06.15 (Sat)

その男-3


 「今、南天満公園ですわ。例の仏さんと初めておーたとこですが」
 「そうでっか。ほんじゃ、帰りに電話くれまへんか? 署じゃまずいよって、近くの茶店でも待ってまっさかいに」
 松浦は、どこの茶店か言わずに一方的に切ってしまった。
 斑な陰影の公園内は若干、肌寒さが残る。それでも、弁当を広げる数組の塊が、日溜まりを選んで座っていた。
 志村が最初に座っていたベンチは、既にOLに占領されていたので、そこから少し離れた公園の角のベンチを選んだ。
 ———ここやと広い範囲をほぼ一望できそうやな。
 杉田は、すぐ松浦にリダイアルできる設定にしてバッグの上に乗せ、マイルドセブンに火を着けた。
 ———五ヶ月か。
 あの日は台風一過の風の強い日であった。落ち葉がつむじ風のように足元でクルクルと舞い、上空では雲が大急ぎで流れていた。
 ———何で志村に声をかけてしもたんやろか。色々理由はこじつけられるけど、志村である必要も、ましてやわざわざホームレスを選ぶ必要はまったくなかったやろ。そやのにどないしたんやろ。志村の異臭を我慢してまで、何で声かけてしもたんやろ。
 ———さーて、俺はいよいよ独りになってしもた、らしい。仮に警察が協力してくれるいうたかてだ。
 いずれにせよ、志村が汚名を着せられてしまっても、結局、警察は何もしてくれなかった事実は変わらない。松浦は協力すると言ってくれたが、一旦決着した事件を、再び蒸し返すなど、警察は弱者に親身になるとは、到底考えられなかった。

mati.jpg

 杉田は志村の遺書とも思える手紙を捲った。几帳面に綴られた字は、志村の生真面目さが滲み出ているようだ。



 S様
 貴殿と妙なかたちで知り合え、一度は世を捨てた小生にとって、この上もなく有意義で幸せな日々を過ごすことが出来ましたこと、感謝申し上げます。貴殿に声をかけられなかったら、このまま小生は、一生吐き溜めの底から這い上がれぬまま終わっていたでしょう。しかしながら、遅々として進まない調査と、最近、何やら怪しい陰に付きまとわれ、いよいよ身の危険を感じるようになりました。
 もし叶うなら、着せられた汚名を拭い去り、一人の人間として再認識できる日が来ればと、夢見ておりましたが、どこまでも不運がつきまとっているようです。
 さて、実は先日来、かつて勤めておりました元同僚に数度に渡って会って参りました。その方の名前は都合上、手紙には記せませんが、二月に貴殿にお会いした時に、お渡ししたメモの最後に記した方と申し上げておきます。

 手紙はその部分から一行ほど塗り潰されていた。そして、

 ともかく、ことの次第は総べてメモにして、然るところに隠してあります。何ごともないことをひたすら祈るしかないのですが、小生にもし何かありましたら、貴殿が訪ねられた時に分かるようにしてあります。
 もともと危険を承知で始めたわけでして、貴殿にご迷惑をお掛けする可能性を思えば、いっそこのまま何も告げずに姿を消すことも一考ではないかとも悩みました。
 ホームレスにまで堕ちた身でありながら、この後に及んで未練がましく、また往生際が悪いとお笑い下さい。しかしながら、個人的なことは別にして、小生はやはりこういう欺瞞に塗り潰され、不正義が正義かのような世間の風潮が許せないのです。出来得るならば、出来得るならば彼らに社会的制裁をと、このことが唯一の願いでした。
 今日は何とか、怪しい影から逃れることができましたが、居場所を知られた以上、どこかに移らねばなりません。住みやすかったこのムラを出るのは残念で辛いですが、仕方がありません。小生も今、死ぬわけには参りません。

 手紙は更に続いていた。
 その中には、志村が勤めていた印刷会社の近況や、実名は記されていなかったが、鏑木の様子や、志村の元上司を知る人物のことも綴られてあった。そして最後のページに〈裏面へ↓〉と書かれ、捲ると更に一ページ半に渡って埋まっていた。
 裏返した手紙を両手に分けて持ち、最後のページにかかった時、背後から風が吹いた。杉田は振り向いて、身構えようとしたが、ベンチで寝ていたホームレスが、突風で起こされたところであった。
 ———俺と会うまでは、志村もあないしてのんびりと、うたた寝しとったんやろか。そういえば俺と始めておーた時、志村は俺のことを〈抜き身のまんま歩いてるようなもんや。何されるか分からん雰囲気があった〉と言いよった。〈死ぬことなんか恐ないいう風に見えた〉とも。

 ———死ぬことなんか恐ないか。・・・俺はほんまに、そないな顔しとんやろか。死ぬことなんか恐ない?
 そんなことがあるわけがない、と杉田は思った。自分のことぐらいは分かっている。人一倍臆病なことも。
 弱味を見せたくないくせに恐がりで、いつも逃げ道を探していたし、誰よりも死ぬことを恐れていた。だから身内や親戚の不幸にも、何か理由をつけて避けてきたし、テレビのニュースで殺人事件の現場取材や、被害者の様子が映像で流れると、そのことばかりが脳に焼鐺を押されたように再生されて、眠れないこともあったのだ。
 ———あの時・・・、あのアド・ネクストの時もその気さえあれば、何だってできた筈や。と、後悔ばかりしている自分が情けなかった。デザイナーをやめたことだって、単に、苦しさから逃げただけだった。いつもそうである。何かトラブルがあると、すぐに居心地のいい場所を探し、逃げ込んだ。
 杉田は、そういう意気地のない自分を、とっくに見抜いていた。だから同じ臭いのする志村のことが分かったのだろう。

 戦いから降りた志村もまた、自分と同じ臭いのする杉田の心を感じ取ったのかも知れない。
 手紙の最後に、杉田への感謝と、自分のために無理をしないでくれ、というようなことが綴られていた。
 言われてみれば確かにそうだし、何も命をかけてまですることではないのかも知れない。聖人君子を装ってまで命を無くして何になるのだ。でも、志村の本心から出た言葉に違いないと、杉田は素直に思っていた。
 ———俺には似合わない。しかし・・・
 公園にいたサラリーマンたちは次々と引き上げ、再び深閑とした日向の風景が広がっていた。ビル街の上の青い空に、あの時よりもゆったりとした雲が浮んでいた。

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