昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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正月の記憶。

2006.12.14 (Thu)

♪もういくつ寝るとお正月・・・・・♪ 
忘れられてしまった、遥か遠い記憶である。日本には、かつて節目節目に記念日があり、歳事というものがあったが、現代の日本の中からその古の習慣が茶の間から消え、地域から忘れられてしまい、クリスマスやバレンタインに浮かれるようになってしまった。

クリスマスやバレンタインを否定するものではないし、確かにボクの小さい頃にもそれはあった。しかもサンタクロースの存在だって疑いもしなかったのだから、その頃から楽しいイベントは拒むことをしなかったと思える。
ところが、正月はそれらと違い、全く別の次元で厳粛な行事であった。

新たな年を迎える晴れがましさに加え、我が家でも、日本古来からの神聖なものとして扱われていた。それは年の瀬から大掛かりに始められた。大掃除から始まり、しめ縄作り、餅つき、おせち料理と家族全員でやらねばならないものであった。というより、そうしなければ取り返しのつかない、一種の脅迫観念めいたものが、ボクの中につきまとっていたのだと思う。

田舎の家は、3LDK・20坪のマンション暮らしと違い、とてつもなく大きかった。そのために体力を温存しなければ、とてもできないことであった。新年を迎えるのは人間だけでなく、家畜だって同じだった。
牛の納屋の掃除は父親の仕事であった。まず、牛を寒空の中に連れ出して、糞尿の混じった寝床を外へ掻き出した。これがとてつもなく重いのだった。そして小屋の中を水洗いして、新しい寝床を敷くのである。新しく浄められた寝床は、さすがに牛も機嫌がよかった。

しめ縄も店で買うことはなかった。総て自分たちで作るのだ。そのために父親は雪の降る山に出かけて「榊」の枝を採ってきた。そして、乾燥させた稲穂を捌いて大小のそれを作るのだ。
家にはあらゆる場所に神が存在すると言われた。水回りや納屋、農機具小屋、井戸、そして神棚から玄関に至る総てを祀るのだから、それだけでも大掛かりであった。

餅つきはボクにとってイベントのひとつであった。餅は神様に供える鏡餅とは別に、保存食としての習慣があったため大量に作られたのだ。餅米15升。それを洗い、山ほどの薪を持ち込んで、ニ穴のクドに大鍋を置いた。台所の板間に簀の子を置いて、せいろが天井まで積み上げられる。そして木うすを土間の中央に置くと、神仏に手を合せた。そうしてまる一日がかりで餅つきが行われたのだ。

餅つきが終わると再び台所が慌ただしくなる。おせち料理のしたくである。その頃になると、さすがに疲れ果ててしまっていた。
紅白歌合戦もそこそこに、それは除夜の鐘が鳴り始める直前まで続けられた。そのために特別に設けられた棚に、収納し切れないほどのおせち料理を、ボクは美味しいと思って食べたことがない。脅迫観念めいたものが邪魔をしていたのか、不平を言うことはなかったが、あんな旨くないものを、どうして大人たちは美味しそうに食べられるのか不思議であった。

核家族が定着した現在、かつてあった神聖なる行事は忘れられつつある。鏡餅としめ縄はスーパーで買い、屠蘇は薬局で求め、おせち料理に至っては仕出し屋かどこかに予約する。後は、こたつに入ってインスタントのソバを食べながら除夜の鐘を聴く。そんな怠惰な年末年始に慣れてしまった今日この頃である。

悪ガキのもうひとつのイベント「かまくら」につづく。

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