昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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エロ写真の衝撃とストリップ劇場

2007.02.01 (Thu)

隣の温泉町に数件のストリップ劇場があった。そこは町の中心地から少し外れた、薄暗くて細い裏通りにあって、ポツンポツンとピンクや紫色の行灯が、さも淫乱な光を放っていた。

中学時代の友人の家が、そのすぐ近くにあった。昼間はさすがに行灯も消され門も閉ざされたままで、あの艶かしい雰囲気はなかった。入口付近の行灯の下には「18才未満お断り」のプレートが貼られていた。

しかし、その年頃となれば如何ともし難い誘惑に負けそうになるものだ。いくら行き先が友人の家といえども、通りすがりに覗きたくなるのが人情だし、仮にそうはしなくても、不自然な歩き方になるのが自分でも分かっていた。

傍目を気にする親たちが、もし見ていたらと思うと過剰なほどに意識してしまうものだし、親でなくとも挙動不審に見えたに違いなかった。しかし、かといって他に道がある訳ではない。友人のところに行くには、どうしても「18禁通り」を避けて通れなかったのだ。

ある日、5才上の友人の兄が数枚の写真を見せてくれた。友人は写真のことは既に知っているらしく、平気な顔をしていたが、ボクは愕然とした。秘めたる男女の交わりが、まさに行われていたのであった。写真はサービス版で3枚あった。向い合った形の真上からと男の股間の後ろから撮ったもの。もう1枚は妙に複雑な形をしていたということしか憶えていない。

「あっ、漁ちゃん赤こうなっとる」
友人の兄は、ボクを指差して笑った。
ボクは目のやり場に困ってジュースに手を伸ばした。コップを持つ手がカタカタ震えていた。探るような目で見ていた兄が、腹を抱えて大笑いした。
小さい頃、「家庭の医学」の中にあった症例写真で、裸の女性をこっそり見たことがある。その時も同じように身体が震えていた。それ以外にも雑誌などで女の裸くらいは何度も見たが、写真とはいえ、実際その行為を見たのは初めてであった。

その夜、ボクは眠れなかった。頭の中は、あの写真のことで渦巻いて一睡もできなかった。

その日以来、ボクは女を見る目が一変した。クラスの女子を見る度に、あの衝撃のシーンが散らつき、女先生の後ろ姿を見るだけで下半身が熱くなってしまった。
「漁、お前、何見とるんや」
女先生の後ろ姿に釘付けされているボクを見て、兄と同じように指差して笑った。

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コメント

ご心配おかけして、申し訳ありません。

退院して約20日。この最初の1週間に2度、緊急外来(一度は、また救急車)、その後、定期的な外来があり、阪大の外来がありと、ドタドタしていました。

約3週間の入院、ちょっとだけはキツかったカテーテル治療(手術というほどのことでもないんだけど)で、高齢なのかどうなのか、ともかく、体のペースがおかしくなっているように思うわけです。

具体的には、元気がない・眠れない・血圧の変動が異常に激しい…。こんなことが重なってるし、また、食事のことやいろいろあってブログライフから少し離れていました。

忙しいというより、気が休まらない。なにより、食事を初めとする家事の感覚なりセンスが、ぼくにはまるで欠如しているので、オタオタ・ウロウロばかりしているという有様です。

ま、こんなところです。

テンプレートを変えましたが、以前使用したもののバージョンアップしたものがあったからです。でも、こっちのPCでは正常そのもの。とはいえ、このままではいけないと思い、以前使用したものに再度、変更しました。

危うい日々ですね。ストレスがたまるでしょうね。
早く春が来て、落ち着くといいですがね。

写真と文字の差は大きい?

こちらこそご無沙汰を。
生活レベルでの行事を自然体でやっていければ、といつも感じております。恵方巻きを食されたとか。今年は北北西だそうですな。運気旺盛な年になる事を願っております。

さて、性を意識するには、いわゆるその手の悪友がいないと自然に通過できない事だと体験上苦笑いしながら文章を拝見いたしました。

世代が違うのか、私らの場合は、分厚い辞書で際どい語彙を調べるのが、最初でした。残念ながら写真はなかった。この辞書の字も読めず、勉強をサボったつけを後悔させられる場面でもありました。

写真がないわけですから、文字が記号として脳内を廻り、どうやって文字を読むのかには苦労しました。大人に聞くわけにもいかず、こう言うときは必ずその手の頭の良い悪友が居るもので、突然にスターになるのでした。

たわいない事かも知れないが、そうやって当時の悪友たちは存在感と生き方を学んでいったと思う。
今なら「バカ」扱いや「不良」と除け者にされてしまうのでしょうが、実に懐かしいよき時間でした。
彼らは多くは中学を出て仕事に入りましたが、その後のクラス会などでは、二次会、三次会の経費を賄える実社会での大物になっていました。

今回のわかなぬ結論。
若き日の悪は善となり、つまらぬ善はくだらぬ悪となる。

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