昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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キンチャン

2007.08.28 (Tue)

暑いこの季節に欠かせない食べ物がある。それは、数少ない「おふくろの味」のひとつであった。

女学生時代優秀であった母は、上級学校への進学と将来が約束されていた。しかし不運にも、母の父親の放蕩が祟って財産を無くした上、進学をも断念せざるを得なくなったことが後年分かった。
進学を諦めた母は、すぐに父の元へ嫁いだ。嫁ぎ先では厳しい環境と慣れない農作業の中で、3人の子どもをもうけ、休む暇もなく働き続けた。

時は移り、昭和43年、国内初の心臓移植手術が札幌医大で行われた。皮肉にもこの年の春、母は重い心臓の病いでこの世を去った。44才の若さであった。

ボクは「おふくろの味」というものを殆ど記憶していない。何故なら、母は料理があまり上手ではなかったからで、特に病状が重くなってからは、父が食事の支度をすることが多かったのだ。
元はといえば財産家のお嬢さん育ちで、学生生活を謳歌していたから、いわゆる嫁入り修業のようなものはまったく経験がなかったようだ。

その母が、ボクの記憶に残してくれた唯一の「おふくろの味」は、「キンチャン」という料理であった。
「キンチャン」は、こういう暑い夏を乗り切るための「スタミナ源」であって、少なくとも週に一度は口にしないと気が済まないのだ。今でも。

「スタミナ源」とか「夏バテ予防」で言うなら、酢の物、香辛料を使った料理、揚げ物がどうしても中心になるが、「キンチャン」は如何なることがあっても、欠かせない。だから、ボクの中では「暑い夏=キンチャン」なのである。

三世代同居の大家族であった。
それでも母がまだ身体が動かせた頃は、大きなテーブルを2つ並べて、埋まるほどの料理を作っていたが、これが毎日3度だから大事である。栄養のバランスはもとより、小皿でチマチマなんて上品な食事などできる筈もなかった。

3人4人の核家族の家庭では、まずお目にかかれない大皿が、デンっとテーブルに陣取り、野良仕事でささくれだった手が、四方から延びてくるのである。したがって料理は「メシ」で、食事は「喰らう」と言った方がイメージ的には合っていた。

味と言えば、お世辞にも美味しいと言えなかったが、味わうより、補給することが、何より大事な行為だったと思える。
しかし「キンチャン」だけは、僕は美味しいと思った。夏、暑くて食欲が湧かなくても、これだけはたくさん食べられた。

作り方は至って簡単である。
まず、玉葱と茄子を乱切りにして油で炒める。半分柔らかくなったところに、乱切りにした唐辛子を足して炒める。玉葱と茄子がほぼ柔らかくなったところで出し汁(多めに)を足し、砂糖、みりん、酒、濃口醤油の順に入れて味付ける。その後が大事なのだが、できれば唐辛子の葉を最後に入れて暫く煮込むと堪えられないのだ。ピリッとした唐辛子の辛さと、食欲をそそる唐辛子の葉っぱの香りが、見事なコンビネーションを生んだ。

最近では中華風に仕上げたり、唐辛子の代わりにピーマンで、甘くしたものが主流になってしまったが、ボクはやはり、醤油ベースで和風仕立てにこだわりたい。そしてピーマンではなく、これもやはり唐辛子に限る。

kintyan.jpg

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