昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(1)

2007.09.09 (Sun)

―――この物語は、私の叔父が戦後60年間封印してきたものです。一部の登場人物、場所設定は本人の希望もあって変更してありますが、基本的には事実に基づいたものになっております。―――また、別のブログにおいて憲法(九条)改正に関する個人的な意見をアップしたところ、単に賛成反対の意見ではなく、その中には微妙な捉え方があるのだと分かりました。ここでその議論をするつもりはありませんが、あの戦争は一体何であったか、是か非だけでなく、私たちに何を齎してどう生かしていくべきかを、考えてみたいと思ったわけです。―――


いやはやこの暑い最中に、どうして墓参りをしなくてはならないのかと、正直、俺は思う。
年に一度とはいえ、実家はともかく何キロも離れた親戚中の墓まで参るのだから、いい加減辟易していた。にも関わらず山陰から播州に引っ越しして三十五年、父は毎年欠かさず通っていた。息子の俺でさえうんざりしているのに、年老いた父は一言の不満も洩らさず、数日前から準備を怠らなかった。当然身体もである。

早朝六時に家を出て、一つ目の親戚の墓に着くのが、それでも八時である。灼けつくような太陽が墓地一面に広がる。不快に滲む汗を拭きながら墓石に水をかけ、花を入れ替える。線香の香りの中で手を合せ、すぐに次の目的地へ向かうのだ。二つ目と三つ目の間に二軒の親戚に立ち寄る。父の弟、そして叔母の実家であった。

一時間足らずの世間話しは、残り時間の少ない者同士が身体を労り合い、子どもたちの近況や農作物の育ち具合と、毎年同じことが繰り返された。
三つ目は亡き母の実家の墓地であるが、家人が老いて面倒をみることができなくなった。山の斜面を利用したそこは雑草に覆われ、すぐ近くにあった竹林がとうとう、この墓地にまで侵蝕していた。あらかじめ用意してきた鎌やのこぎりで墓までの道を切り開く。蚊やブヨが羽音を鳴らして襲いかかる。

ようやく辿り着いたと思えば、墓地の上を枯れた竹が横たわって、足を踏み入れることさえできなかった。入口から順に竹を切り、大雑把に谷底に蹴落とす。後ろから父が雑草を刈ってきた。汗だくになった身体に、ワンワンと蚊が襲撃してくる。動きを止めたら最後だ。足踏みをしながら手を合せ、這々の体で退散した。

四軒目の親戚に立ち寄った。父の末弟の家である。ここが一番難関だった。何百年という歴史がある旧家で、山の奥深くあるそこは、元平家の落人が住処に選んだとされる村である。国道から山へ向かって急に道が細くなる。複雑な野道が無尽にあることから、外部からの侵略を防ぐためにあるように見えなくもなかった。土地勘のない人なら間違いなく迷子になるだろう。

海岸近くで昼食を済まし、最後の親戚宅へ伺う。父の姉の嫁ぎ先である。
下宿していた高校時代と違って、今は新築され、様変わりしていた。俺が間借りていた離れは、農機具の倉庫になっていて、軒先から黄金色した玉ねぎが、玉のれんのように下がっている。

五十坪ほどの庭に様々な木や花が植えられ、中でも青々と葉を繁らせた百日紅(さるすべり)やはなみずきは見事であった。花しょうぶに囲まれた池に、大きく成長した錦鯉が悠々と泳いでいる。
真夏の昼間に出歩く者は、さすがにいない。おおかた昼寝でもしているのであろう。

玄関で声をかけたが返事がない。何度かそうしたが、それでも返事がないので、勝手知ったる何とやらで靴を脱ぎかけた時、腰の曲がった叔母が転げるように現れた。叔母は上がり框の上に手をついて、丁寧に頭を下げる。父より二つ上で、今年八四になる叔母は、腰は曲がっているものの、老人特有の弛んだ眼差しはなく、物言いもしっかりしていた。

仏壇の前で手を合わせていると、葦の簾越しに心地よい風が吹き抜けてきた。目を瞑るとどこからともなく、アブラゼミの鳴き声が耳に入った。

「叔父さん、今日は?」と俺が訊くと、叔母はニッと微笑んで、座敷の先の板間に寝ている叔父を指さした。既に隠居の身である叔父は、気持ち良さそうに寝息をたてていた。座敷の隅では、付けっ放しのテレビから終戦記念の特番が延々と流れている。

広島や長崎の空を覆うキノコ雲。そして廃虚となった町や、肉親を失ったであろう着の身着のままの少年が、まるで亡霊のように彷徨っている。星条旗をはためかして走るGHQのジープ。飛行機のタラップを降りてくる、コーンパイプのマッカーサー元帥の姿が映し出される。

戦争を知らない俺たちにとって、遠い昔のできごとに違いないし、歴史教科書に毛の生えた程度の知識しかない。がしかし、父たち戦争体験者から聞かされてきた(負の遺産)は、否応なく過去に引き戻してしまうのだった。
〈再び戦争の惨禍が起こることのないように・・・〉と、毎年のように刻印される。戦争はしてはならない。
誰でも判っていることなのだ。なのに・・・。

  つづく
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