昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(2)

2007.09.10 (Mon)

下宿していた約二年の間、叔父は殆ど口をきかなかった。その頃は、ただの偏屈親爺だとばかり思っていたし、下手に喋ると怒鳴られそうな雰囲気もあったので、触らぬ神に祟り無しを地でいっていた。しかし後年、父から聞かされた話しや、たぶん俺自身それなりに歳を重ねて、多少思慮深くなったからでもあろうか、単なる性格とは明らかに違う暗闇を、感じずにはいられなくなっていた。

ことの外頑固で、口を開けば損をするとでもいうように、滅多なことでは喋らない。ましてや笑った顔を見た記憶がない。家族の者が話しかけても、うーとか、うむなどと返事をするのが関の山であった。それが近年やっと見せるようになった。それでも挨拶する時に見せる一瞬でしかなく、すぐにいつもの顔に戻った。

実家にあるアルバムに、叔父の若い頃の、色褪せた写真が一枚だけあったのを憶えている。A四大横の黒い台紙になっていて、父が一番大事にしているものであった。それはかなり変色した菓子折りのような箱に入れられ、パラフィン紙に包まれていた。

時々、父と戦争の話しをすることがある。そんな時、まるで子どもが宝ものの箱でも開けるように目を輝かせて、馬鹿丁寧に捲ったみせた。父の兄弟がまだ幼い頃のものから、おそらく出征前の記念であろう、軍服姿の写真が後半を埋めていた。聞いたところで殆ど分からないのだが、これがどこの誰で、誰それの兄貴だとか、この三人兄弟のこっちが南方で戦死して、三つ上のこっちの方が満州で死んだとか、たまに女性と一緒の写真があったが、男の大半は戦地から帰ってこなかったという。

叔父の写真は一目で分かった。どこで撮ったものか、地面に這いつくばり、銃を構える姿である。銃口をやや正面に向けて斜に構え、丸い黒縁眼鏡の右目だけを瞑って、右手が引き金に添えられている。

どうしてこんなポーズをとったのか、戦争の地獄をこの時はまだ知らない若い叔父が、冗談半分でそんなポーズをとったとは、とても俺が知る叔父だと思えなかったのだ。それとも、やらされたのだろうか。
無邪気にファインダーの前で構える叔父は、戦争が一体どんなものなのか、知る筈のない顔であった。

銃弾や爆弾の嵐の中でひたすら前進する。敵に背を向けることは帝国軍人として許されていない。だから、死体だらけのぬかるみを匍匐前進、逃げることも泣き言も一切許されない。肉片が飛び散る。断末魔の咆哮。隣で戦っていた戦友が、次の瞬間帰らぬ人となる。

決して良くはないが、戦地で銃や爆弾に倒れるならまだ聞こえはいいが、激戦地で戦った男たちの多くは、病死、餓死、自決、そして発狂したのだという。
(名誉の戦死)という“お国”にとってご都合でしかない言葉がある。名誉の戦死とは、戦って倒れた人のことである。が、そうではない人も多くいたらしい。

引き金に添えられた叔父の右手は確かに五本あった。しかし俺の知る叔父は今、四本しかない。右手の人指し指の第一間接から先が消えているのだ。その理由を父に訊いたことがある。父は「戦争の時に落したんだろう」と、それ以上口にしなかった。

叔父が横になっている板間に、そっと寄る。ランニングシャツとステテコ姿で、籐椅子に寄り掛かっていた。鼈甲眼鏡が少しずり落ちている。シャツから剥き出した肌は薄くなって、青い血管が浮いていた。
簾の外に目を向ける。離れの軒先で季節外れの吹き流しが、風を孕んで揺れていた。

「おっ、漁か。来たな」と、薄目を開けた叔父の右の口元が歪んだが、すぐいつもの表情に戻った。久し振りに顔を見せた甥を嫌がる筈はない、決して機嫌が悪いのではないのだ。自分の気持ちを素直に表せない、不器用な性格だということは知っていたから。

叔父とふたり切りでは、なかなか話すことが見つからない。視線を合わすことは殆どなく、間の持たない時間が無意味に過ぎていくだけである。しかし、今回は違っていた。どうした風の吹き回しか、一度も入ったことのない彼の書斎に招き入れられたのだった。
珍しい、と思う反面、いよいよ残り時間が迫っているのか、と思わずにいられなかった。

「漁よ、お前に伝えておきたいことがあってな」と、叔父は言った。
俺はまた、小言でも言われるのかと身構えたが、そうではなかった。
「今まで誰にも話さなかったことだが」
そう言って、叔父は年期の入ったキセルに、刻み煙草をねじ込んだ。

叔父には三人の娘と俺より一つ下の息子がいる。伝えるべき子どもがいないのならともかく、立派な息子がいるではないか、と俺としては決死の覚悟で言ったつもりであった。
苦虫を噛み潰した叔父の顔が、一段と険しくなった。
叔父は、随分長い間キセルを見つめたまま、口を開かなかった。まるで喋ることを忘れてしまったかのように。

  つづく

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