昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(3)

2007.09.11 (Tue)

叔父の眉間に刻まれた深い皺を見る度に、以前、父から聞かされた叔母のとこを、思い出さずにいられなかった。

昭和十七年、叔母の鶴子は出征を間近に控えた叔父・章吾の元に嫁いだ。鶴子は十八で章吾が二十であった。それから三年後、終戦を迎えて内地で通信兵をしていた父・武一が帰り、その年の暮れには満州から章吾も引き上げてきた。だが次の年の春、鶴子が突然実家に舞い戻った。鶴子の様子がおかしかった。

そして数日後、鶴子は家を飛び出し、橋から十メートル下の川へ身を投げた。武一はすぐに鶴子の後を追いかけ、まさに欄干を飛び越えようとする彼女の身体にしがみついた。だが、間に合わなかった。
運良く命はとりとめたが、武一は生涯、後遺症を抱えることになってしまった。

鶴子の写真も、その黒いアルバムの中に数枚あった。どの写真も笑顔が美しかった。ファインダーの前に立つことに慣れていたとも思えるそれは、長い髪を後ろに束ね、やや下がった大きい目と、つるっとした剥きたての玉子のように肌が光っていた。自分の一番得意な角度を知っていたのだろうか、顎をツンと突き出し、頬のラインを際立せ、少し斜めを向いて微笑んでいた。

特に記憶に残っている一枚は、彼女が章吾と結婚する二年前のものであった。十六になる年の正月に撮られたものである。
結い上げた髪と、まだあどけなさが残る表情の下は、母親の和服を鶴子のためにと仕立て直して着せてもらい、得意満面にポーズをとっていた。

時代とともに美しさの尺度は変わる。垂れ下がった細い目に“瓜ざね顔”、胴長でぽっちゃり顔が美人とされた時代は、遥か昔のこと。今はそれと比べようもないものになったが、今、もしこの場に鶴子がいたなら、百五十センチ足らずの小さな身体だけれど、誰もが振り向かずにいられないであろう。それほど美しかった。

この時、まさか二年後に嫁がなければならないなど、思いもよらなかっただろう。だが、戦時中とはいえ、鶴子は匂い立つほどの青春時代であったに違いない。

章吾が俺に伝えようとした理由は、長い沈黙にしては呆れるほど単純で、分りやすいものであった。
「家族には話しにくい、ましてや鶴子や娘ら女にはどうもな」と。頑で通してきた老人が、しかも六十年間隠し続けた秘密を、口にしにくい心理は分からないでもない。ああいう性格だから、テレることは男としての恥部だと思っているに違いない。

俺は最初そう思っていたが、話しを聞いている内に、とんでもない思い違いであることが判った。

章吾の三つ上の兄は、第二次大戦が開戦ほどなく二十歳で出征していった。兄の出征後、若い章吾は親を助け、家業である農業を継ぐことになった。

それから戦渦がますます激しくなった三年後のことである。野良から帰った章吾に、ついに“赤紙”が届けられたのである。
しかも、役場の職員(戸籍係で、当時兵事係を兼務していた)はその時、「召集令状を持って参りました。お目出度ございます」と言って、さも〈貴様はお国のために死ねるんだから、有難く思え!〉と言わんばかりであったという。章吾が二十になった春であった。

長男を“差し出した”にも関わらず、それでも両親は「ご苦労さまでした。これで我が家も肩身の狭い思いをしないで済む」と言わなくてはならなかった。

正直、章吾には「兄貴が行ったんだから自分には赤紙はこないだろう」という安心感がなかったとは言えない。ただ、ラジオで連日流される戦況が(大日本帝国軍の大勝利)と、狂気とも思える歓喜に対して、戦局が日増しに悪化しているという噂も、事実あった。だから、もし噂の方が正しいとすれば、日本が不利になった時に行くわけだから、生きて帰れる保証は殆どないと考えるのが一般的であった。
このことを思えば、どれだけ両親は悲嘆したであろうか。

   つづく

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