昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(14)

2007.10.19 (Fri)

身をもって戦陣訓を解さない多くの新兵がそうであったように、選ぶ道が二つにひとつしかないなら、誰だって生きる方を選んだだろうし、叔父がそうしたように、片方に生きる道が用意されているなら、あの時代、人間であることを忘れる方法しか考えられなかったのだと思う。

しかし、こうして全体主義の渦巻く中にありながらも、自らの信念を貫いた男がいた。太原の部隊で寝食を共にした戦友のひとりであった。
あれほどまでに呪わしい日々の中にも、青春といえるものはあったかも知れない。見ず知らずの若い青年たちが一つ屋根の下で暮らすわけだし、生きて帰れるか、いや、今日一日生きていられるかどうか分からない、死と隣り合わせであったなればこそ生まれた、深い友情があったのだろう。

厳格な家庭で育ったと思われる彼は、いかなる場合であっても正義を重んじた。人の道に外れたことや、人として譲れないことは決して譲らず、ことあるごとに上官に楯突き、たびたび営倉に入れられ、そして最後に遠く最前線に送られて散っていったという。

「ああいう人物は今、いないな。彼のような人間こそ、今の日本にもっとも必要な人物やと思うが」と、繰り返し叔父は言った。そして、「自分のことだけしか考えられへん、人の道に外れたことを平気でしよるやつばっかりやけど」と。
人社会が空洞化しつつある現在、そんなことをことさら取り上げたところで、空しく無力感に苛まれるだけだが、確かに叔父の言う通りだと思った。

「誰にでもあるこっちゃ。誰でも自分が可愛いでの。他人のことなんか構っとれん時代やさかいな」
「それは・・・、ありますね。恥ずかしいけど、・・・恥と知りながら逃げてしまう。そんなこと日常茶飯事と言ってもいい。虫も殺せんように見える人間でさえ、ナイフを持ってたりする危ない時代ですから」

「たとえ戦時中だったとはいえ、何人も人を殺してきたワシが、こんなこと言っても説得力はないが、人間というもんは、本当に愚かもんやと思う。戦後六十年以上経ったいうのに、あの戦争の教訓が何も役立っとらん。人間は一体、何をやっとったんや」

自ら望んだわけではない戦争に駆り出され、人を殺すことがさも正義かのように洗脳されて、何の恨みもない人間を虫けらのように殺したという叔父。悔やんでも悔やみ切れない過去に苦しめられている彼でさえ、平和である筈の日本を、ことさらのように憂えているのだ。

人は言う。〈人生、悔いのないように〉と。俺自身も何度か口にしたと思う。しかし、後悔のない人生なんてある筈がない、それどころか、恥ずかし気もなく口にした俺などは、毎日が後悔の繰り返しなのだ。

人は、恥を知って初めて“人”になれる、と誰かが言った。ということは、もともと人間は恥をかくようにできていて、それを知るか知らないかで“人”の価値が決まるということなのだろうか。だが俺を含めて多くの人間は、後悔と恥を繰り返しながら、自分の中にやり場のない憤怒を溜めて生きているのではないか。

叔父の後悔。叔父の中の戦争。
戦争を知らない俺たちには分からない。仮に自分の中に別の意味での戦争が・・・あったとしても、到底叔父のそれと比べようもないが、しかし・・・。

俺の中の戦争。確かにあれは、戦いであった。そして俺は、破れた。
眉間の深い皺に刻まれた苦渋の六十年。その重荷を吐き出している叔父を見ながら、やっとの思いで静まりかけていた人生の深い傷を、今更、憶い重ねることになろうとは・・・。

忘れようがない、忘れられる筈がない痛憤。そして取り返しのつかない、どう足掻いても挽回できない過去。〈俺は何故、最後まで戦わなかったのか〉。心の奥の深いところに巣食っている闇の記憶が時々、こうして何かの拍子に擡げてくる。何故あの時・・・。


   つづく

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コメント

コメントありがとう。

今、見て、おかしいなあ!と思っています。ははははは…。たしかに、「いわし雲」に興味があるとも思えない。

PS

以前からわからなくて、訊きたかったことがあります。

ブログ記事の右下に「拍手」ってあるでしょ。以前は、なにか違うことだったと記憶していますが、いつの間にか「拍手」になった。

で、「拍手」の意味するものは、なにですか? 全然わからない。

「拍手」…夏海さんもそうでしたか。

なんだか、よくわからない機能だなあ。まっ、いいかっ!という気持ちです。回答、ありがとう。

ところで「12」「13」「14」の内容、戦慄をおぼえる。身勝手な言い方かもしれないけれど、このような時代に、こんな社会に生まれなくてよかった!と思ってしまう。

ところでね、今、話題の時大山(←漢字は自信がない)の死。これも直接、手を下したのは何人かの兄弟子でしょうが、手を下さざる得ない「場の雰囲気」があったのだろうと思います。

「場の雰囲気」というと軽いものに聞こえますが、相撲界のリンチ体質、これを支える親方絶対、上位の者絶対権力みたいな、いわば、天皇陛下万歳から出発する軍隊組織みたいな考え方があるようにも思われる。その裏には、官僚・公務員たちと同じような、現理事長に代表される事なかれ主義、秘密&隠蔽主義、責任転嫁の態度(無責任主義)があるわけです。

「場の雰囲気」って、結局、こういう組織の在り方とか組織を統治する思想(たとえば、天皇主義など典型的なものだと思う)から導かれているわけで、ほんとうは決して、軽いものではない。

その場にいた叔父さんの言葉は、時を経た、過去への悔恨で終わることではなく、たとえば、現在の相撲界にも息づいている(つまり、現在にもあるわけです)。

ぼくの場合、この小説の叔父さんの言葉よって、時大山の死の残酷さが、その全体の姿として浮き彫りにされたわけだし、手を下した兄弟子たちの心にも(ひいては人生にも)、大きな傷を与えるものだと理解できた。

やはり、叔父さんの「苦い記憶」の書き写し(叔父さんの言葉のドキュメント)ではないわけです。それは「現在を見る目」として機能するだけの、キツくて苦い記憶なんだろうと思います。

すごい体験が話されている。それを可能な限り深いレベルですくい上げていただきたい。

ほんと、ひさしぶりに会いたいですねえ。ぼくもかなりマイっているので(実際、そうなんです)、自由時間がほしいし、小説のことやなんかについて気楽に話してみたい。(現在は、歯医者さんへの行き帰りと治療時間だけが自由時間みたいなことになっている)

やはり季節の変わり目なのか、母の状態がイマイチなんですよ。胸痛はすごく怖いことで即臨戦態勢にならねばならないし(心筋梗塞、脳梗塞に直結する可能性がある)、さらに今は、母の気持ちが不安定なんですよ。これはこれで息子としては死刑にも似たキツサがあります。でも、頑張れるだけ頑張ろうと思っているんだけど。

ま、こんなわけで、「いつ」とは約束できませんが(調子のいいときやその日の気温などで変わるし、その他のこともあるんですよ)、お茶タイムでダベリたいと思っています。ありがとう。


数万部の発行部数! すばらしい!

「M」ワールドとこっちワールドは別だと思っていたので、おや?と思ったけれど、すぐわかった。でも、不思議だなあ~。「M」でのやりとりと「こっち」でのやりとりとが、感覚的に直接つながらないという現象。おもしろいことです。

数万人だからレスポンスもあるかもしれない(なにしろ「桁」が違うじゃないですか!)。そのときは「海賊野郎」ではなく、ワンパク小僧・ムードでいきましょう。ともかく、チャンスになればいいと思う。椎名誠という作家がいますが、細かなところは違いますが、多少は似ているところがある(彼はPR誌みたいな雑誌の編集=ライターをしていた。)。

ともあれ、よかったね。

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