昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(16)

2007.11.01 (Thu)

いつだったか、奥田と関わりのある人に彼の印象について聞かされたことがあった。その殆どの人たちは、〈人格者で仕事ができる〉と、口を揃えて言った。俺自身も彼と組むまでは、人格者とは言わないまでも〈仕事ができ、信頼できる〉と思っていたのだから、いかに“外面内面”をうまく使い分けていたか、それとも天性のものだったかである。

そんな人間、世の中に五万といると言われるかも知れないが、彼のような極端な人間は記憶になかった。いずれにせよ、屈折した奥田の性格が、俺にも少なからず影響していた。朝見せる顔、そして夜、事務所に帰った時の顔が、これが同じ人間かと思ったことは度々あった。今流にいうなら“ついていけない”ということになるのだろう。そういう時は“触らぬ神に祟りなし”を決め込み、訳の分からない嵐をやり過ごすしか手はないのだ。

この腫れ物に触るような日々が、救い難い大きなストレスとなり、あれだけ好きであったこの仕事さえ、苦痛以外の何ものでもなくなってしまっていた。

「なあ漁。お前、五十年も生きとったら、他人を恨んだり逆に恨まれたりすることはあったやろ。幸い、お前の生まれた時代は戦争もない平和な時代やし、命を取ったり取られたりすることは滅多にないけど、そやからといって、人間の本質いうもんは・・・これは、今も昔も変わらへんのやな」と、叔父は言った。
俺は、叔父が何を言おうとしているのか分からなかった。人間の本質が醜いと言いたかったのか、それとも、過去の過ちを再び繰り返すかも知れない今の日本のことを、思っていてのことなのだろうか。

そう言えば叔父もまた、国家に裏切られ、屈折した時代を恨んで耐えてきたのだ。六十年も。
〈神の国だと馬鹿げた発言をするやつがいる。何が万世一系や。そもそもああいった発言が元で、戦争地獄の扉を開けてしまったんや〉と言った叔父。
日本が朝鮮や大陸で過去に犯した残虐な歴史が、未だ清算できないまま燻り続けている。軍隊を持ち兵器が使える国が、発言力を持つという危うい時代。〈日本を護るには軍備をするしかない〉という声が、案外多いのには驚愕する。そして、唯一の被爆国であるこの日本が、またぞろ軍隊を持ち〈核を保有すべきだ〉と。

〈人間というもんは、本当に愚かもんや。救いようのないアホタレや〉と、叔父は言う。だが、愛する家族がもし犠牲になったとしたら、それでも俺たちは・・・。
〈それでもワシは、もう二度と御免やな〉と、叔父は言った。〈復讐の連鎖に終わりはない〉と。

あの時代は“神”を信じた。神を信じ、我々日本人は“神の子”であると。
でも今は、誰も神を信じない。何故なら、神の子であったがために、我々日本人は“悪魔”になってしまったのだから。
神の末裔である天皇を中心に万世一系が国家を統治し、更にその末裔が日本国を形成していると、元冦襲来から始まった神国思想は、やがて”神風”を生み、そして、”神州不滅”の主張の元に玉砕・神風特攻隊・本土決戦論などが横行して多くの人命が失われる結果となった。

〈まったく馬鹿げた話しや〉。
本来、農業国の農耕儀礼に基づく信仰に由来するものであったこの神国思想。たとえ、そうだと言われても本心で思う人間はいなかった筈で、これ自体が荒唐無稽な話しなのだが、後に民族意識と結びつき、更には国粋主義・排外主義・覇権主義的な思想へと転化していった。このような馬鹿げた話しを信じる者はいないだろうし、もし異を唱えれば軍によって極秘に処罰されたであっただろうことは言うまでもない。

神の国発言をした馬鹿な人間は別にして、良識ある多くの人間は、神の国のそれを口にすることすら愚かしいことと思うだろう。
〈人間の本質は昔と変わらない〉という叔父は、その愚かしい中にある“悪魔”という人間の本質を見抜いていたのであろうか。

   つづく

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コメント

訪問・記載ありがとう。
貴方の考えに意見を書いてくれた方も居りました。一日数人しか読まないHP記載でも「反応」があると、ほっとするというか気持ちが和みます。
当然、考えや意見が異なっても同一プラットホームを意識した方ならどなたでも歓迎です、と言うのが私のインターネットでの礼儀ですが。

この連載は、読ませてもらっています。でも、接点をどこに置きながら、私の「戦争観」を語りながら、貴方の書き持続するパワーに関与できるかな、と悩みながら読むだけですが、あしからず。

ちょっとだけ「感想」をと気持ちが動いたのは、何回目は忘れましたが、満州での医学的実験の時でした。
ある意味では有名になった「○○部隊」。「消された言語空間」での歴史からの焼却。江藤淳氏などが書きとめた終戦工作の記録などとも通底する内容、戦後史の謎だなと思っています。
でも、戦後の医学界、大学、官僚、医療機関に紛れ込んでいった「関係者」は有名すぎます。そして「医学界」の権威を作りだしたのも事実でしょう。エイズ問題での「社名」を変更したミドリ十字なども含まれてました。
現在は薬害C型肝炎訴訟で、厚労省の醜態と「後遅れ」の政治への不信となって「戦前」が続いていると思っています。

とにかく戦争が終わると「密閉」された「意図的な歴史」をどうやって解きほごすのかが、大切だな、と読みながら考えさせられました。
ではまた。

そうか、夏海さんも同じ経験があったのか!

ま、ぼくの場合は金額も大したことないし、カードも量販店のポイントカードが3枚だけ。被害は小さいものの、クヤシさみたいなものがあってね。で、これが自信喪失のような感じになっている。

ま、それなりにショックをうけたということです。

もう、ズボンの後ろポケットには財布は入れないぞ! 

ジャンジュノ風ポケット博士に、なにかいいズボンポケットのアイディアはないものか、相談してみたください。ははははは…。

ポケット考。

そうですか、ジャンレノさんは「例のパンツ・システムポケット」を開発していたのですか。でも、ちょっと心配。上から入れて下から取り出すシステムだから程度問題だけど、たとえば裾から…というのは、かえってややこしいし、カッコ悪い。なにより、歩きにくくならない?

ポケットシステムの理想は、上着の場合「胸の内ポケット→わき腹あたりの外ポケット」が理想のような気がしている。体験的に思うことです。というのも、ぼくのような旧式タイプのケイタイは重く、分厚く、収納時の納まりが悪いんですよ。

上着(ブレザーやスーツの)で考えると、ポケットは―――
(1):胸ポケット(外付け)、
(2):左右の外ポケット(腰のあたり)、
(3):左右の内ポケット(胸のあたり)、
があります。


ケイタイを使用後のシマイやすさでは、ぼくの場合、
(1):胸ポケット(外付け)、
(3):左右の内ポケット(胸のあたり)、
です。意外に、高い場所にポンと突っ込みたいわけです。

ところが、取り出す時は、胸も、内ポケットも良くない。


胸ポケットの場合はアバラ骨に接触するし、スタイルも胸あたりがぽこっと膨らむ。また、この胸ポケットは意外に深いので、取り出しにくいのが最大の難点。


内ポケットもまた案外深いのだけど、この場合はこれが幸いし、アバラ骨との接触は気にならない(案外、いい感じ)。だけど、取り出しにくさでは、胸ポケットよりシンドイところがある。


(2)の左右の外ポケットは、取り出しやすいんだけど、やはり、収納時に膨らむのが気になる。それに、シマウ時にやや抵抗感がある。つまり、あまりこのポケットは使いたくない、という気分があるんだと思う。


こんなわけで、ベストは―――、
上着の内ポケット(近辺)から入れて、上着の外から取り出せる―――というのが、いちばんいいと思うんだ。

●●●●
あのね、ぼくたちはケイタイの扱いに困っているところがある。NKの友だちなど、カッコいい本革のガンベルトみたいなものを購入し、ケイタイをベルトに装着しているやつがいる。

マジ、ダサイんだけど、でも、ケイタイの扱いに困っていることだけはわかる。このあたりのニーズに応えるために。

それから…。ぼくが1時間弱、ジャンレノさんと話して、ほぼ全部、彼の仕事生活と家庭生活と、さまざな生活を理解できてしまった。アッケラカンと、何もかも語ってしまう。ま、愉快なオジサンですよ。気に入られたのが運のつき!だなあ。ははははは…。

でも、礼儀も心得ているし、あれでいて、神経はかなりマメにつかっているところもあると思いますよ。

ま、夏海さんの困惑も、ちょっとわかるけどね。ははははは…。

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