昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

叔父の中の戦争――(20)

2007.11.30 (Fri)

終戦直前、最後に招集された兵は新京の在留民間人中心に、五十才以上二十才未満の総ざらえという寄せ集め部隊となった。いわゆる“にわか部隊”は、お定まりの訓辞を受けて引き揚げ騒動の最中、追い立てられるように町へ飛び出した。

〈いざという時は、ソ連軍戦車のどてっ腹にこいつを抱えて潜り込むんだ〉
訓辞の後に、班長から各自ひとつづつ布団地雷なるものを渡されたが、指揮官はその後、あっという間に姿をくらました。爆弾の使い方もろくに知らない“にわか部隊”は、命令通り官舎周辺にいくつかの戦車壕を掘り始めた。が、しかし佐官宿舎を覗いていた仲間が突然、騒ぎだした。

極限的な飢餓状態といっても、飽食の時代に生まれ育った我々には想像もつかないだろう。だが満州に戻った章吾が目前にしたのは、地獄以外の何ものでもなかった。日本人支配の満州が崩壊し、庇護者や糧はおろか、未来までも失った多くの邦人は、ボロボロの衣服を纏い、身ひとつで命からがら避難してきた開拓団入植者と、一刻も早く内地に帰りたいと思いながら、なけなしの家財を売り食いに明け暮れた在満の人たちで膨れ上がっていたのだ。

餓死者が町のいたるところに転がっているというのに、この佐官級の宿舎には、ピカピカの白米が米櫃一杯に入り、倉庫には山積みの日本酒や食料が所狭しと置いてあった。宿舎のドアを開ければ、たった今まですき焼きしていて、その最中に緊急帰還命令があったのだろう、ひからびた肉片と野菜のこびり着いたままの鍋が、そして、ご飯茶碗には食べかけの飯が残ったまま転がっていた。
おそらく、とるものもとりあえず、身の回りの品と貴重品のみ持って、日本人同胞を見捨て、逃走した後がありありとしていた。

満州引き上げのこういう光景は、小説や映画でも見聞きしたり、テレビ番組でも取り上げられて、歴史としての知識だけは持っていたが、それは関東軍の一部のことであって、叔父の話しを聞くまでは軍上層部の根幹から、これほどまでに腐っていようとは考えもしなかったことだ。

「一番の問題は、今でもあの体質は何も変わっとらん言うことやろな。高度経済成長やIT革命や言うて、戦後の若い世代が必死で働いてきた陰で、国のやつらは毒を流し続け国民の財産を食い潰してきたんや」

「その話しをし始めると長くなりますね。俺の知り合いのある会社の社長と話しをする時、いつもその話題になるんですが、・・・その方が言うには、世の中には二通りの人間が存在するんだそうです。簡単な言葉で言えば、善人と悪人なんですが、善人は善も悪も総て承知しているけど、悪人には善を理解できない。しかも、自ら悪であることをも気付いていないとね。言葉では分かっていても本質が理解できていない。要するに、立場を超えて人間を看ることができない非常に頭の悪い人間なんだと。たぶん人間として完成する前か受胎時に、何らかのトラブルが起こって、完成品にならないまま生まれたのではないかとね」

「うまいこと言うもんやな、その社長は。ワシもそう思う。でも、そういうのは今に始まったことやない。日本だけかどうか知らんが、これは特有の文化や言う気がする。それが証拠に、悪であることを自ら認めて、しかも、きれいごとでは政治はできんとぬかすやつがいる。そりゃ自分の国の利益になるなら、どんな卑劣な手段もつかう国もあるが、日本はどうや。日本は他所の国になめられっ放しや。そのツケを国民に背負わせとるだけやないか」

何だか話しが思わぬ方向へ向かってしまっていた。
すっかり夜もふけてしまい、少し前まで聞こえていたコウロギの鳴き声が、止んでいることにも気付かなかった。
その夜、といっても、とっくに日が変わっていたのだが、仏壇のある広間に叔父と床を並べて寝ることになった。

叔父の話しはまだ終わっていない。彼が戦地を発ったのは、敗戦を知った八月下旬。大勢の人の血の臭いを染み込ませたまま帰還の途に着いたが、軍上層部の情けなくも卑劣な逃走劇の最中、満州で目撃したものと、戦争によって改造され、持て余していた桐山章吾という人間と、どう折り合いをつけたのだろうか。そして、ようやく辿り着いた、その年の暮れまでの数カ月間、どこで彷徨っていたのだろうか。

叔父は総てを明かすだろうか。総てを話すということは、つまり、その延長線上にある叔母・鶴子の自殺事件につながるということなのか。
ふたりだけが寝るには広過ぎる広間で、叔父の軽いイビキが時を刻んでいた。

   つづく
スポンサーサイト

<< 前の記事へ | HOME | 次の記事へ >>

コメント

Y詩人の文章に、「敗戦直後、日本は国家がなかった…」というような記述がありました。

どういうことかというと、国家を形成していた人たちが(官僚・公務員、当時でなら軍隊の上部の人たちなど)、敗戦直後に、みんな居なくなった―――ということです。逃げたんです。雲隠れしてしまった。

・東京裁判で裁かれた人たちは、面もわれている人たちで逃げ隠れできなかったから、ああなったわけで、国家を形成していた大部分の人間は「トンズラ」したわけです。

・吉本隆明(Y詩人)が東京に出てくるとき、電車のなかで、故郷に帰る兵隊さんと出あったりする。その兵隊は大きな荷物を持っている。たぶん、兵站倉庫みたいなところから盗んできたものです。そんなことアバウトわかっているから、なんとなくトゲトゲしい雰囲気になる。

・さらに、今回の自衛隊の海外派遣についても、吉本は「万一、戦争になったら、自衛隊は国民をほっぽり出して逃げないでほしい」というような意味のことを言ってました。

敗戦を直に体験した人の言葉です。というより、敗戦を迎えたとき、「国家を形成していた人間たちの振る舞い」を体験した人の言葉です。ちょっと戦慄をおぼえる。

ここにあるのは、少なくとも日本においては、「国(日本国)」というのは自国民を守るためには、ひとつも働かない!ということです。国民なんてどうでもいい。国の仕事に就いていた人間は、ひたすら税金として集めた金(なり米)を「盗ん」で、「トンズラ」することだけを考えている。そして、それをする。…した。(「20」でも証明された。)

「叔父の中の戦争(20)」で、思い出したことです。


この小説には、ちょっとアモルフなところがあります。作家さんが焦点を絞りきれていない。(でも、叔父さんの話はそれほど大きなテーマということです。)

だから「小説」としては散漫かもしれない。でも、あるいは、だからこそ小説以上というか…ドキュメントではないんだけど、でもトゲトゲシい針がいっぱいあるのも事実です。

叔父さんの思い出を聞きそれを再現するスタイルですが、聞き語りだけでこれだけ書けるのか、という…感じがあって、でもリアルにそれをやってのけている。

怒れる海賊。これをやめて、怒れる大都市「賊」=ストリート・ギャングからやってみては? すごい馬力と筆力だと思うので。

コメントありがとうございます。

東国原知事の徴兵発言については、これも同感(大阪知事について同感であるのに加え…の意味。なお「M」にコメントしておきました)。

これは、泥酔さんの取り上げていて、そこにぼくもコメントを入れています。「そんなの関係ねぇ!」とか「別に~」で対応すりゃよかったのに、馬鹿だねえ、というスタンスです。


「怒れる海賊から、ストリート・ギャング」の件は、冗談ぽく書いたんですが、だけど、多少のニュアンスのあるわけです。

つまり、ある種の「牧歌性」みたいなもの…これともちょっと違うんですが…、たとえば「あの一時期は狂っていた」というスタンスがあるわけでしょ。

正常な状態だったのが、異常になった。つまり「悪くなったものを正常な状態に引き戻す」―――こういうスタンスのことを牧歌性みたいなものとして感じたわけです。これを「怒れる海賊」の立場としてみたわけです。

ところが「怒れるストリート・ギャング」は、もっと積極的な動きがあるんじゃないだろうか。「今が狂っている、それをギャングが襲う」という感じです。

叔父さんの話は衝撃的な内容だけど、でも、どうしても戦争という枠の中での異常さに収斂していくだろうと思う。でも、夏海さんの話は、今の異常さでしょ。さらに、ギャングとしてはアイツ殴ったる! ひょっとしたら、殺したる!という、現在の戦争じゃないですか。というか、現在はこの意味で「戦時下」にあるとも考えられる。

ギャングとしては、実際に殴っても、殺してもいいけれど、でも、まず何より、このことを認識することが必要です。殴っても殺しても許されるだけのものを自分のものにしなきゃいけない。

この意味では、叔父さんの戦争と反対のものになるはずです。

叔父さんは戦争の異常さに巻き込まれていった。でも、夏海さんは(叔父さんの話を聞きながら)、自分が戦争(現在の、「日常」とでもいう戦争)に巻き込まれていっていることを理解し、だから、それに襲いかかる。ギャング行為をする。

大枠で、こんな感じです。

だから、イメージとしては叔父さんの反省は最小限にし、むしろ、夏海さんの心にビンビン響いてくるものとして、叔父さんの体験があるはずです。叔父さんがなぜか話しはじめるのではなく、夏海さんが問いただす、質問しまくる…こんな感じになるんじゃないだろうか。

なんとなく、こんな感じのことをぼんやりと思いながら(感じながら)、古いイメージの「海賊」に対して、「都市賊」(ストリート・ギャング)を対応させ、ここがおもしろくて冗談として書いたような感じがします。

だから、直接的には、そんなに大したこととして書いていませんでした。だけど、そのニュアンスを突きつめれば、上のようになったということです。


コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

 | HOME | 

プロフィール

natsumiryo

Author:natsumiryo
FC2ブログへようこそ!
夏海 漁の
悪ガキワールドへようこそ!

FC2カウンター

フリーエリア

フリーエリア

月別アーカイブ

フリーエリア

フリーエリア

翻訳できるよ!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。