昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(22)

2007.12.07 (Fri)

俺にはまだ釈然としないことがある。
たとえば、今のこの“平和な日本”がアメリカによるものだと思う人が多くいることだ。もちろん“そうではない”と言う人も少なくないが。
しかし、単にやんちゃ坊主を捻り潰しただけではない。そこには東西の危うい対立構造と中国との駆け引きが存在していたことも窺える。

あの時、・・・というのは日本が連合国軍に敗れた時、米ソの大国同士が日本を支配するに当たり、お互い一歩も譲らなかったとしたら、間違いなく第三次世界大戦は避けられなかったのではなかろうか。仮にそうなっていたとしたら、大平洋を挟んで両大国に踏み付けにされ、今頃、日本の歴史は消滅していたかも知れない。日本を支配するということは、つまり大平洋を制すると同意語なのだから。

日本は、アメリカ及び連合国によるポツダム宣言で、武装解除と無条件降伏を受け入れた。だが、アメリカ、中国、イギリス、ソ連の首脳が同席する筈の会談に、何故かアメリカのトルーマン大統領しかいなかった。中国とイギリスには自国に問題を抱えていたため、そしてソ連は当時、日本と中立の立場もあって、結局トルーマンに一任する形となったが、宣言内容を見てスターリンは激怒し、ソ連対日参戦となった。

●宣言の骨子
1. 日本を世界征服へと導いた勢力の除去
2. カイロ宣言の履行と領土を本州、北海道、九州、四国及び諸小島に限定
3. 戦争犯罪人の処罰
4. 全日本軍の無条件降伏と日本国政府によるその保障

前後して、当時の首相の近衛文麿が特使としてソビエト連邦に派遣され、和平の仲介を求める構想が進められており、それに対するソ連政府の返事を待つとの見方もあって、結局、ポツダム宣言の黙殺を決めたという。ソ連は受ける気はなかった。しかし、アメリカとイギリスが協議し、ヤルタ協定でソ連対日宣戦布告まで大日本帝国の申し出を放置する事に決定していたらしい。

日本政府は、7月27日にポツダム宣言を公表した。大本営の下僕であった各新聞社は、「笑止、対日降伏條件」、「笑止! 米英蒋共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戰飽くまで完遂」、「白昼夢 錯覚を露呈」などと報道した。
鈴木貫太郎首相は記者会見で「共同聲明はカイロ會談の焼直しと思ふ、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し、斷固戰争完遂に邁進する」と述べ、翌日朝日新聞で「政府は黙殺」などと報道された。
そして広島・長崎に原爆が投下された。

OSS(アメリカ軍の戦略諜報局、のちのCIA)アレン・ダレスはスイス駐在武官・藤村義朗と接触を持ち、同年3月から終戦工作を進めていたが、指示を求める藤村の訓電は外務省が握り潰し、広島と長崎の悲劇を回避する事は出来なかった。原爆攻撃を受けた日本政府は漸く、藤村に交渉に応じるよう訓電したが、ベルンで藤村からこれを聞かされたアメリカ側は「今頃になって何を!」と吐き捨てたという。

・・・惟うに今後帝國の受くべき苦難は固より尋常にあらず爾臣民の衷情も
朕善く之を知る然れども朕は時運の趨く所堪え難きを堪え忍び難きを忍び
以(も)って萬世の爲に太平を開かんと欲す・・・
玉音放送によって、太平洋戦争の終結が伝えられた。

日本を含む枢軸国の罪が、戦争裁判で裁かれることになった。だがこの裁判で、連合軍の行為については審理の対象になっていなかったため、戦勝国側が敗戦国側に対して戦時中に行なった国際法違反の戦争犯罪、原爆投下、ジュネーブ条約で定められた非戦闘員(降伏者、捕獲者、負傷者、病者、難船者、衛生関係、宗教人、文民など)が存在する地域への攻撃(空襲など)や、ソ連の残虐行為と侵略・略奪行為、その他捕虜の虐待、虐殺などについての一切責任追及は行われていない。

また、大戦初期における、ソ連によるポーランド、フィンランドに対しての侵略や、東欧諸国からの民族ドイツ人の追放やドイツ兵や日本兵のシベリア抑留など戦後の事例についても、戦勝国側の加害責任を訴える声も大きいものの、同じく責任追及は行われていない。

これらのことも疑問だらけであるが、もっとも理不尽で理解できないのは、東京裁判で投獄され、責任を負わなければならない岸信介が、アメリカとの政治取引で釈放された。その一方で、上官命令でやむをえず捕虜虐待を行った兵士が処刑されたりするなど、概して裁判が杜撰であった点は否めない。
〈戦争とはこういうものだ!〉と言われそうだが、どうにも釈然としないことばかりである。

まんじりともできなかった夜が明けた。
廊下側から流れる生温い風が、葦の簾を通して入ってきた。
叔父の床は片付けられ、台所から叔母の声に混じって叔父の声が聞こえてきた。長男の一平は早々と朝食を済ませ、青年団の寄り合いとのことで既に出かけている。

朝食をしながら、叔母は世間話しをいくつか投げかけてきたが、叔父との話しについては一言も触れなかった。触れたくないとか、知るのが恐いいったものではなく、ただ淡々とした今の生活に、十分満足しているように見えた。
食後の散歩が日課だという叔父に、眠気の取れない俺も付き合うことになった。

   つづく

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