昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(23)

2007.12.08 (Sat)

朝日が稜線の向こうで輝き、庭の植え込みの長い影を落している。日本海に注ぐ岸田川沿いに高い土手が続く。車がやっと一台通れるほどの細い道を、叔父の歩調に合わせて歩いた。久し振りに見る川は以外と狭く感じられる。とはいえ、こちらの土手から川向かいの山裾までは有に百メートルはある。しかし、年々水量が減少して青い雑草が生い茂り、中洲の合間に水面が揺れているのが見えるだけであった。

この川は、俺が生まれ育った村につながっている。つまり、叔母・鶴子が一度は身を投げたという川である。

「漁、何時の電車で帰る予定なんや?」
土手の下の細い遊歩道に下りながら、叔父は言った。
昼頃の電車なら夕方には大阪に帰れると言うと、叔父は「じゃ、昼めし食って帰れ」と言った。遊歩道を歩いている内に、山影から太陽が覗き始めた。焦げるような暑さになるには、そう時間はかからないが、河原をそよぐ風が心地よくて、いつの間にか眠気も消えていた。

叔父はまた、いつもの難しい顔に戻っていた。危なっかしい足取りで黙々と歩く。いつもの習慣なのだろうか、時々止まっては、両手を広げて深呼吸をした。

隣町が見える辺りに橋がある。その橋を渡ると「七釜温泉」の白い湯煙が上っているのが見える。高校時代に下宿していた頃、よく行った温泉である。当時、叔父の家にはまだ内風呂がなかったので、家族はこの温泉をよく利用していたものである。その湯煙を見ながら、叔父は言った。

「お前、どうしても今日帰らんとあかんのか?」
「はあ、一応その予定ですが、仕事の融通はききます。でも何でですか?」
「いや、どうしてもいうわけじゃないけど、久し振りやから一緒に温泉にでもと思ってな。それに、まだお前に話しとらんこともあるし」
「じゃあもう一晩邪魔します。俺も訊きたいことがありますし」

叔父は、俺の方を振り向いて、微笑みながら頷いた。そしてゆっくりと、湯煙が上る七釜の方に目を向けながら、「お前がワシの子やったら、もっと早よう“楽”になったかも知れん」と、誰に話すでもなく小さく言った。
俺は〈一平君がいるじゃないですか〉と言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

叔父の言葉に何の意味が含まれていたのか、少なくとも、俺が他人だからこそ話せるのだろうと、概ねだが、そういうことだろう。だが、何故六十年以上経った今なのだろう。もっと早い時期に、その機会はあったのではないか。

叔父の足元にコンクリート製のベンチがふたつ。その横には、誰かがバーベキューでもしていたのだろう、焦げた残飯がこびりついたまま残されている。
ベンチの一つに腰を降ろし、ポケットからキセルを取り出した。ジッポの金具の鳴る音がした。

「漁よ、お前はあの時代とちっとも変わっとらんな。もっともワシはあんまりお前と顔を会わせとらんが」と煙を吐き出しながら、叔父が言った。

俺の高校時代の思い出は、決して自慢できるものではなかった。必死で勉強した記憶もなく、ただただ部活に明け暮れていた。友人も殆どいなくて、誰かと遊んだ記憶もない。ほのかな恋愛感情はあったが、それ以上に発展することもなかった。暗い青春ではないのだが、今思うに、何か深い眠りに入ったままの三年間であったような気がする。強いて思い出すなら、時々ケンカに巻き込まれたことだった。

普通なら友人なり親友なりがいて、楽しい学園生活をしていただろうが、貧しかったこともあって、そういう楽しいことに自分から遠ざかっていたのだろう。傍から見れば我が道を行く“一匹狼”に映っていて、不良どものターゲットにされやすかったのかも知れない。

相手が一人やふたりなら問題ではなかったが、その内集団で呼び出されるようになった。勝てば勝ったで増々集団化していった。勝ち目がないと分かれば、歯を食いしばって身体中に力を入れ、ひたすら嵐の通り過ぎるのを待った。やがてその噂が学校に知れることになった。だが、高校生活が早く終わることを願っていた俺は、問い詰められることにも、敢て応えることはしなかった。バカバカしい。ただその一言であった。

「お前が顔を腫らして帰ったことがあったやろ。あの時、うちのバアさんが学校に怒鳴り込んだんや。ワシはほっとけと言ったんやけど」
知らなかった。そんなことがあったなど、今の今まで知らなかった。

「ワシは余計なことをしたと思っとる。そやけど、お前は本当に強い男やった。一度も涙を見せんかったし、一言も泣き言を言わんかった。ワシにそんな勇気と根性があったら、あの戦争の時、自分の信念を貫いたやろう。もっとも無事に帰っとらん思うが」

   つづく
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コメント

ん!

なんか、新しい展開!

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