昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(24)

2007.12.11 (Tue)

映画や小説を読んだ後、時々涙腺が緩むことがあるが、俺だって涙が出るほど悔しかったことはある。というより、悔しさはあったが、涙が罪悪感につながっていて感情を押さえ込んでしまっていた。何しろ小学校以来泣いた記憶がないのだ。祖父が亡くなった時も、母親が亡くなった時も、そして人生でもっとも悔しい思いをした広島の時でさえそうだった。

「人間、言うべき時は言わんとあかん。まあ、言わんでもええことを言うやつもいるがな」と、乾いた声で笑った叔父。相変わらず湯煙の方を向いたままであった。
「あの時も、何も言わんかったとちゃうか?」
「あの時いうのは?」
「お前が広島を引き揚げた時のこっちゃ」

確かにあの時も何も、言わずにただ辞めることだけ告げて奥田と分かれたのだった。
「いずれにしても広島を出ることは、避けられなかったんです」
叔父が振り向いた。
「あの時、既に広島で仕事を続ける気持ちはなくなっていました」
仮に言いたいことを言ったとしても、彼の性格上、謝罪するとは考えられなかった。「それに、いくら謝罪されてもね、もう元のサヤには収まることはなかったということです」

戦争のことと俺の広島でのことを、何かと比較しようとする叔父であったが、どう考えても比較などできる筈がない。ただ共通していることと言えば、相反する二通りの人間が存在したということらしい。それを戦争で例えるなら、己らの欲望や面子のために、何ら恨みのない人間を殺させることが平気でできる人間と、そうではない人間である。言い方を変えれば、人の痛みが分かるか分からないかだ。また今の時代に置き換えるなら、税金や年金を平気で懐に入れて恥ない、しかも納付者の痛みが分からない人間か、そうでない人間の存在だろう。

問題なのは、恥を知らない人間の心根に、人としてのもっとも大事な部分が欠けているということで、残念ながら彼らはそれに気付かないらしい。
「ワシも不器用な生き方をしとるが、お前も相当なもんやな」
俺の不器用さは認めるが、叔父のそれは、俺の比ではないだろう。何しろ六十年間も貝になっていたのだから。

「それより叔父さん、満州引き揚げからの話し、まだでしたよね? それに・・・」
「その後はええ。言わんでも分かっとる」と言って、また七釜温泉の方に目をやった。

「ワシはこの川が好かん。好かん川に毎日来とるのは、そのことを忘れんためや。そりゃ、あの戦争のことをさっさと忘れることがでけるなら、どれだけ楽やったか知れへん。そやけどワシがやってきたことを考えると、簡単に忘れたらあかんのや、許されへんのや。それに・・・」

叔父の沈黙は長かった。鏡のような太陽が濃紺の空で刺々しい光を放つ。
「それにバアさんを追い詰めたんはワシやしな。戦争で頭がおかしくなって、毎日、死んだような暮らしをしとった。出征して次の年に長男が生まれとったのに、病死させたいうのも、ワシが荒れる原因にもなった。何もバアさんの責任やないのにな。そんなこたあ百も承知なんやが、大陸でぎょうさん人を殺して、ぎょうさん仲間死なせて、やっと帰ったら、わが子も死んどる。戦争も、日本も、バアさんも、みんな恨んだわ」

叔母の自殺未遂の背景は想像していた通りであった。あれほど愛して、殆ど強奪するかのように娶った鶴子を自殺へと追い詰めたのが、戦争で受けた苦悩と恐怖が凝縮された形となって現れていたのだと、戦争を体験しなかった俺でも理解できないわけがない。

叔父ばかりではない。帰還した多くの元日本兵は、彼のような地獄が、戦争が集結した後も延々と続いているのだろう。歴史は繰り替えされるというが、世界大戦後、各地で起こった戦争やアメリカが関わった多くの戦争でも、傷つき、精神を病んだ兵士が、今なお彷徨い続けている。

「バアさんが今生きとるのは、お前の親父さんのお陰や。ワシは武一ちゃんには頭が上がらんのや。命の大恩人なんや。ということはな、ワシが今、こうして長生きでけとるのも、武一ちゃんのお陰ということやで」
「叔母さんのことは、つい最近、親父から聞いたところです。詳しくは聞きませんでしたが」
「親子やな。余計なこと話さんいうのは、お前とよう似とる」と言って、ベントの角でキセルを叩いて立上がった。

「さあ帰るとするか。バアさんも心配しとるやろ」
日射しが強くなるにつれて、草むらの中も一段と賑やかになった。庭の玉砂利が白く輝き、くっきりと濃淡を浮き立たせる。
上がり框の障子を開けると、座椅子でうたた寝をしている叔母の姿が見えた。叔父はそれに構わず、俺がもう一晩泊まることを告げた。薄目を開け、しわくちゃな顔をして叔母は微笑んだ。

   つづく
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