昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(27)

2007.12.17 (Mon)

当時、ソ連軍の本体は西方に殆どの勢力を注いでいて、極東アジアへ軍を移送させる時間がなかった。やむなく軍は、シベリア方面の刑務所に収容されていた囚人を、にわか軍隊として編成し満州へ突入させたのである。

関東軍の残虐行為を思えばソ連軍を非難できないところはあるが、それにしても、彼らの規律のなさといい残虐さといい、ケダモノに勝るとも劣らない極悪集団であった。しかも、恐ろしく強欲ときていた。
先勝気分で町を伸し歩くロ助(ソ連兵のこと)は、手当りしだい強奪し、「ダワイ(よこせ!)」と言って身に着けているものの総てを剥がし、奪い取っていった。そして、女と見るや誰かれかまわず強姦したのである。

まもなく日本人会が結成された。特に女性はソ連兵のうろつく町には近づかないよう、やむを得ない時は髪を刈り上げて男装せよとの達しが出たくらいである。

ソ連軍の参戦で家財の総べてを失った北満の開拓団は、特に悲惨であった。ボロボロの衣服や中には首と両手足を出しただけのマータイを纏い、徒歩で新京まで避難してきていた。新京でも極度の飢餓が襲っている。なけなしの家財や衣類を、飢えを凌ぐためにただ同然で売り食いしていた。

満蒙の冬をよく知る在留邦人は、極寒の季節が到来する前に大きな穴をいくつも掘った。いわゆる墓穴である。飢餓で喘ぎ、その上、着の身着のままで彷徨う邦人は、暖かいコタツもなければ、半年にも及ぶ冬を越せる体力すら残っていない。一番体力にない幼児と老人が、真っ先にこの墓穴に入らなければならないと読んでいた。死人が出てからでは、凍てついた大地に穴を掘ることは不可能。案の定、次の春が来るまでには、千二百人の同胞の命が消えてしまった。

〈国体護持だか何だか知らんが、己らの都合が悪うなったら、ケツ捲ってさっさと帰りよって。大陸に残された人たちのあの有り様を、国のやつらは何と心得とるんか。ワシらがやってきたことは、一体何やったんか、情けない。お国のためにとか何とかぬかしくさって、何の恨みもない人をぎょうさん殺してから、しかもや、他所の国を勝手に奪いよってからに。・・・敗戦? ああ、こんな国、負けて当然や!ワシは初めっから分かっとった〉

額に青筋立てて吼える叔父は、あの時のことだけを思い出して怒っているのではなかった。今の日本の有り様と、国家と国民の妙な対立関係に、あの時代と重ね合わせていたように思う。そして、人が人であるべき姿に、救い難い矛盾を感じていたのだろう。

とりわけ険しい地形のこの山陰線はやたらとトンネルが多い。残暑に照らされて眩しく光る日本海、そして叔父が抱える暗闇とが瞬時に交錯する。その暗闇に映る自分の顔が、叔父が乗り移ったかのように険しい表情していて、思わず驚いた。

〈吉村さんはその後、息子さんに会われたんですか?〉
〈いや、会えんかった。・・・というより、ワシらも引き揚げの情報を待つ以外にすることあらへんさかいにな、息子さん探しにちょっとだけ付き合ったんや。毎日、朝から晩まで奉天の駅で待ち構えて、北平方面から帰ってくる兵隊をつかまえては、縋るような思いで訊きまくっとった。あれは九月の末やったか。五台山辺りから帰ってきた兵隊の噂で、どうやら早い時期に戦死しとったらしいいう話しやった〉

   つづく
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