昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(29)

2007.12.20 (Thu)

〈あれだけ死にもの狂いに走ったのは、訓練の時以来だったやろ。あの訓練がなかったら、ワシらあの時、何とも知れん漁民になぶり殺しになっとるやろ。どこをどう走ったんかまるで憶えとらん〉

砂浜で足を取られ入江の崖をよじ登り、這々の態で松や雑木の生い茂る斜面で振り返ると、松明を持つ漁民たちの群れが遠く、小さくなって見えた。
章吾たちは雑木林を這い上がった。日本が敗北したとはいえ、死と隣り合わせの毎日をやっとの思いで切り抜け、祖国にあと少しというところまでやってきて、易々と命を落すわけにはいかないと思った。

漁民が追ってこないことを確かめると、その場に倒れ込んだ。仲間たちもヨロヨロと集まってきた。しかし、八人いた仲間が六人になっていた。どこで逸れたものか、だが、二人を探す体力も気力もなく、バタバタと倒れ込む音が聞こえただけで、ものの数分もしない内に意識が遠のいた。

目覚めた頃には、既に太陽が真上にあった。晴れ渡る西朝鮮湾。とはいえ、十月の海風は刺すほどに冷たかった。寒さに加え、身体中のあちこちに激痛が走った。立上がろうとしたが、膝を捻ったらしく思うように歩けなかった。それだけではない、手といわず足といわず身体のありとあらゆる箇所に傷を負っていた。章吾だけではない、無事な者は一人もいなかった。

激痛の残る膝に松の枝で当て木をして縛り、見失った仲間を探しに崖の端まで歩いた。がしかし、足が竦んでそれ以上覗くことができなかった。よくぞここを登れたものかというほどの絶壁で、再び降りる気持ちにはなれなかった。砂浜には章吾たちの足跡が、延々、浜の先まで続いていた。

二人の捜索は諦め、傷ついた身体が回復するまでそこに留まって、ただ待つことにした。二人のことも気にはなっていたが、それよりももっと現実的な問題があることに気付いた。安東から数日で大連に着けることが前提で、奉天を出発する時に、ほんの一週間程度の食料しか持って出なかった。これから歩いて大連まで行くとなると、間違いなくニ、三日で飢餓が訪れる。

〈お前たちは飢餓を経験してないから分からんと思うが、あれを経験すると人間が変わるんや。正常じゃいられへんようなる。それも異常な行動に走るか、脱力して餓死してまうかどっちかや。満州で、飢餓に苦しむ人たちが、亡くなった人の肉を食べたいう話しを、何べんも聞いたからな〉

章吾たちは、自分たちが発狂する前にと、残り少ない持ち合わせの食料を集め、その日は、缶詰めと干し飯のみで腹ごしらえをした。そして、林の中の枯葉や草を掻き集め、その中に潜り込んで寒さを凌いだ。膝と身体中の傷がズキズキと痛んだ。

若さも手伝って、怪我の回復は思いの外早かった。その日は何もせず一日中枯れ草の中に埋まり、過ごしたが、翌日の昼になっても、二人は結局現れなかった。出発を決心した時には、食料が殆ど底をついてしまっていた。

〈それからやな、山賊生活に変わったんは。明るい内は山の中を歩いて、暗なったら浜を歩く毎日や。海が近いから、貝や海草、時には海に潜って魚を捕ったりしたが、そりゃ最初の内は他人の物を盗むいうのに、何とのう罪悪感があったからな。そやけどそんなことは言っておれん。ヘビや野良犬も、食えるもんは何でも食った。それも見付からん時は、農家に忍び込んで野菜や鶏をかっぱらった。そや、羊を食ったこともあったな。さすがにあの時は気が引けたけど、空腹には勝たれへん。暴れる羊にサルグツワかませて、担いで山の中に逃げ、そこで解体して食ったんや。美味しかった?・・・アホ言いないな。美味しかったかどうかの前に、いかに腹脹らませるかや。まるで餓鬼や。いよいよとなったら、人でも食う勢いやったで。・・・あれだけ死ぬことしか考えへんかったのにな。人間いうもんは、死を目前にすると誰でも餓鬼になるんやと思った〉
 
   つづく
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