昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(30)

2008.01.06 (Sun)

一日がとてつもなく長いと思われた幼少時に比べ、年とともに時の経つのが急速である。四十を過ぎる辺りから、一日がこれほどまでに早いものかと思い、五十を境に一年があっという間に終わり、年が明け、バタバタと正月を過ごしたと思えば、目まぐるしく季節が巡る。

人間の一生というものが気の遠くなるほど長いと感じた頃は確かにあったし、懐かしくもある。がしかし、今、それに反比例して確実に年老い、急速に近づくものがあることも分かってきた。

時として不慮の死に遭遇することもある。そして絶望感の果てに生きる気力を失ってしまうことさえあるが、その反面、“生”に対する飽くなき欲望もあるもの。何故、人間はこれほどまでに矛盾を抱えながら、生きているのだろうと思う。

七釜温泉で初めて見た叔父の身体には、無数の傷跡が残っていた。その殆どが、六十数年前の戦争で負ったものだという。まるで拷問にでも遇ったように。〈そや、言う通り戦争という拷問や、この傷は〉
そう言いながら叔父は、白く光ったそのひとつひとつを指でなどった。

〈これだけぎょうさん負った傷やけど、敵から受けたもんはひとつもない〉
背中、肩、上腕部、腰、尻から大腿部にかけてある数え切れない傷跡は、紛れもなく死と隣り合わせの恐怖と、地獄から這い上がった者だけが持つ証であった。

戦争を体験した者の中には、それらの傷を“勲章”といって自慢する者も少なくないという。
叔父は失笑した。〈そりゃ、確かに敵の銃や砲弾に傷付いた者もいたやろ。だがな、そいつを自慢するようなやつに限って、大したことをしてないんやな。恐らく、ワシとおんなじように上官から受けたもんやろ〉

叔父が言う“大したこと”というのは、一体何であったのかは、敢えて聞かなかった。叔父を含めて多くの日本兵がしたように、敵の首を“とる”ことが、天皇、延いては国家への忠誠だとされた時代。歴戦を征し、多くの“首”をとった者だけが勇者であり、尊ばれた。そんな時代であった。しかし、“大したことをしていない”と失笑した叔父の中の戦争は、天皇や国家への忠誠心などといったものと相反するものを感じた。

戦地で青春時代の大半を過ごした多くの若者は、国家に忠誠を尽くし、神である天皇を信じた。生死の境界線でしかでき得ない友情も、確かにあった。その戦友のためにと、自らの命をも肩替わりした若者も少なくなかった。なのに・・・。

戦地で戦った章吾たち兵隊が受けた傷のひとつひとつが、終戦を境に、呪われるべき戦争に対して、そして、かけがえのない家族や友を失った怨念が、押さえようもないマグマとなって噴出したのだ。終戦直後に頻発した“上官殺し”は、その現れであったのだろう。

“王道楽土”は夢のまた夢、そんなものは欠片もなかった。後に残ったものは絶望感のみである。愚かで無意味、このことに尽きた。



大連への道のりは途方もなく長く、そして絶望感に満ちた日々であった。この頃になると月日の観念が消え、昼間と夜の狭間を往復するだけ。十月に入って十日ほど経ったようであったが、何月何日ということの意味を完全に失っていた。

安東を出発して以来、一時たりとも気の休まることはなかった。章吾たちにとって、さながら延長戦を戦っているも同然。漁民や農民に夜襲をかけられて逃走する中で、山賊への変身はさほど時を要しなかった。昼間の道はもちろん、山中を這いずり、道なき原生林に身を潜めてもなお、松明を掲げた群集の山狩りに度々怯えた。

わき水で飢えを凌ぎ、木の実や草を口にしても、飢餓の恐怖が常に章吾たちを支配していた。

庄河の入江が見えた。船着場に数艘の船が係留されているのが遠目に見えた。章吾たちは夜を待ち、人気の途絶えるのを確かめると、ニ艘の船を奪った。三人乗るのがやっとの、しかも手漕ぎの小型船である。その船に分乗して岸を離れた。入江の西の岬を回り、更に西へ向かおうとしたが、大陸風が思いの外強く、波の合間で木の葉のように揺れた。うっかりすれば、あっという間に陸から離れてしまう。

沖へ向かう潮流が待ち受けていた。それに捕まれば、大連はおろか二度と陸へは上がれない。章吾たちは必死に漕ぎ続けた。しかし、潮流に抵抗するのがやっとで、ただ体力を消耗しただけであった。
西へ向かうのを諦めた。元の港へ引き返そうとしたが、それさえも不可能であった。章吾たちが死を覚悟した時、岬の先端に打ち上げられた。船はそのまま乗り捨てて、ずぶ濡れになりながら岩場を這い上がった。

九死に一生を得た思いで岩場に辿り着くも、目の前に岸壁が立ちはだかり、茫然と見つめるだけであった。消耗し切った彼らに、壁をよじ登る余力は残っていない。

身を切るような冷たい風が吹き付け、ただじっとしているだけで凍え死んでしまいそうであった。流木に火を着けようとしたが、強風で思うように燃えない。仕方なく岩の窪みに六人、一塊りになって朝を待つ以外になかった。眠れば一環の終わりである。だが、夜が白々と明ける頃には仲間のひとりの息が絶えていた。

   つづく
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