昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(34)

2008.02.04 (Mon)

大連駅を一歩出たところで、章吾は立ちすくんだ。頭ひとつ飛び出した大きなソ連兵が、通りの十メートルおきに銃を持って警戒していた。大通りでは隊列を組んで行進している。股からつま先までを真直ぐ跳ね上げながら行進する姿は、物々しく威圧感を与えた。

一旦出た駅を躊躇しながら駅舎へ引き返しかけた時、ソ連兵が一気に詰め寄り、五人は両脇から抱え込まれた。あっという間であった。武器も持たず、その上、栄養失調で乞食同然の章吾たちには、抵抗する体力も、気力も残されていない。

〈ワシたちはあの時、ロスケのトラックに放り込まれて、シベリアに連れていかれても不思議やなかった。何十万人の日本人が抑留されてしまったいう話しを嫌というほど聞かされてきたからの。他の者たちもみんな覚悟したやろ思う。“もう、これでお終いや”いうて。そやし、運が良かったんやな〉

〈何故なんか、俺の方がソ連兵に聞きたいもんですね。六十万人もシベリアへ、騙して連れて行って、何故五人は連れて行かれへんかったのか?〉
俺は冗談抜きで知りたかった。

〈ワシも知らんな。何回も言っとるようにや、ワシは死ぬ気ーやったから、銃でパンパンと打ち殺されてもいいんや思とったが、シベリア行くのんだけは絶対嫌やった。そやかて、あない寒っぶいとこ、何が悲しいて行かなあかんのや。寒っぶいであそこーは。満州かて零下三十度四十度は珍しあらへんけど、それよりごっつ寒っぶいんや。立ちションベンかて、さっさと済まさんと、やっとる間に凍ってまいよる。ションベンがチンチンから出る内に凍って、パラパラと音立てて落ちよる〉

オーバーな話しだったけれど、そういう話しは何度か聞いたことがあった。だが、あの気難しい叔父の口からそんな話しが出るとは、ショックというか、その意外性が可笑しくてたまらなかった。

ソ連兵に連行された章吾たちは、日本人収容所に放り込まれた。そこには、空ろな目で生死を彷徨う敗残兵が固まり、民間人は例外なくボロボロの衣服や、酷いものはその上から毛布を巻いて紐で縛っている。とにかくありったけのものを身に着けていなくては、この寒さはどうにもならなかった。

収容所の中では、毎日のように死人が出た。凍死や餓死、栄養失調による病死が主な死因であったが、追い詰められた精神を逃避させるために、アヘンに手を染める人たちも現れた。ただ、そういう人たちは人知れず、ひとり、またひとりと姿を消していった。

銃弾の嵐の中で、何度も覚悟した。耳もとを弾風がかすめる瞬間、凍りつく。そして、後方の戦友を射抜く。絶叫を上げるヒマもなく、脳ミソが飛び散る。身体が硬直して動かない。仲間の命が終わる瞬間。今まで、ついそこで息をしていた戦友が、棒を倒したようにドッと音をたてて、泥まみれの身体があっという間に白く、冷たくなっていく。

章吾はそれでも、とうとうここまで生き延びることができた。
祖国を護るため、家族を護るため、そして陛下の御為にという。何故? 何故そのために、無謀な戦いを続け、たったひとつしかない大切な命を、安々と捨てなければならなかったのか、章吾には理解できなかった。章吾だけではなかった筈だ。そもそも“お国のため”と誰が言い始めたのか? 前線で傷付いた兵士を捨てて、終戦を待たずに逃走したのは、一体誰だったのか?

   つづく
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