昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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叔父の中の戦争――(了)

2008.02.05 (Tue)

〈人間というもんは、ほんま、愚かなもんやで〉
生き証人の叔父が言うのだから間違いはない。繰り返す歴史が証明しているように、暴力は暴力によって復讐の連鎖が生まれている。蒋介石は、それが分かっていたのだ。

お互いの国のルールを守っていれば、戦争なんて起こることはないのだ。と、単純に考えると、誰もが理解できこと。だが、国と国の間には我々の理解を超えた複雑な問題がある。宗教や民族意識、経済的な格差や政治と外交のバランス。それらがちょっとしたことで崩れる。こうした小さな綻びが価値観の違いを際立たせ、お互いが譲れなくなるのだろう。そしてこの小さな綻びが、やがて恨みや憎悪に変わり復讐の連鎖が始まるのだ。

ルールを守るということは、つまり、相手の立場を考えるということで、自分の価値観を無理に押し付けてはならない。望んでいない価値観を無理に押し付けたり、己の思惑のままに暴走すれば必ず衝突が起きる。しかし、悲しいかなこれを実行できる国は、この地球上には存在しない。

戦争なんて、したくてしているのではないと言うが、したくてすることもあるし、防げたかも知れないが、敢えてしなかったばかりか、誘導する場合だって過去にあった。
広島、長崎の惨劇に集約される大戦も、ある外交官の交渉で防げたかも知れなかった。いや、少なくとも原爆の投下などなかった筈だ。


十一月に入ると、寒波に包まれ、大地は凍てついた。この頃になると、日本人収容所は慌ただしくなった。本格的な冬が到来する前にと、引き揚げ船に向かう行列が、目に見えて動き始める。しかし、それを待切れずに命を落していく者が後を絶たなかった。死体を燃やす燃料がないため、終戦直後に掘った墓穴に、まるでゴミ屑のようにトラックに積まれ放り込まれる。墓穴の中は何百何千の死体が重なり合い、腐敗する間もなく凍りついた。

白い湯気を上げる炊き出しのコーリャンの列に並ぶ、その列で容器を手にしたまま、老人が凍土に倒れる。戦勝戦勝と浮かれ、まるで世界を手に入れたかのように有頂天になっていた人たちが、今度は、虫けらのように死に、墓穴に放り込まれるのである。一体、何のために大陸に渡ったのか。決して虫けらのような死に方をしたいがために渡ったのではない筈。

昭和二十年、十二月十六日。
章吾たちは、極寒の大連を離れた。岸壁を離れる貨物船のデッキで、真っ白な雪煙に霞む大連の港が小さくなっていく。荒涼として冷たく、そして、真っ赤な血で染まった大地が、視界から消えていった。もう二度と、この地を踏むことはないだろう。たとえその時がきたとしても、彼らは決して許してくれはしない。銃剣の先に残る、あの少年の温もりが消えることは、決して、あろう筈はない。

  了


ショートストーリーのつもりで考えていましたが、ここまで長くなるとは、想像していませんでした。長々と、拙い文章を読んで頂き、感謝します。
書きながらの投稿でしたので、なかなか上手くまとめられず、しかも叔父から聞いた話しの中で、触れることを躊躇させる部分もありましたので、不本意ではあります。しかし、時系列の記憶の曖昧さを除けば、ほぼ事実に基づいたものになっております。

戦争、敗戦、戦後。百年近くに及ぶ激動の日本を、あの時に戦って散っていった若者たちは、この今の日本を見て、どう思っているのだろうかと、考えます。“戦争は断じて許してはならない”。これは、私に限らず総ての人が思っていると信じます。

日本を護るためには、そして、もし家族がそれによって犠牲になったとしたら、我々はどう行動すべきか、正直、私には答えが出せません。しかし、分かっていることは、“ことが起こった時に、どう対処すべきか?”より、“ことが起こらないために、どう行うべきか?”を、真剣に考えるべきだろうと思うのです。ありがとうございました。


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コメント

お疲れ様

お疲れさまでした。
身近に戦争体験者を持ち「現場の話し」を聞けた事は何よりの「耳善効」と思います。
では、どうするかと問われ「もし家族がそれによって犠牲になったとしたら、我々はどう行動すべきか、正直、私には答えが出せません」と心情を吐露され正直な気持ちだろうな、と推測いたします。
体験者でなければ「語れない」部分もたくさんあり、記述された貴方にとっては「筆の辛さ」を感じられた事でありましょう。

大きな「戦争」での、「ささやかな日常」での「死」をいかに対等に捉えきれるか、と言う時間の中を私たちは生きているようです。
私も身近に(昨年亡くなった)予科連から特攻への、そして「生き残り」帰還した「おじき」を持っていました。
いろいろと「話し」を聞く「耳善効」を積みました。家族や他人に語れぬ「胸の内」の何パーセントにも満たない「事柄」ではありましょうが、距離を置き眺める「おじき」には「耳」でのお付き合いをし、彼の飲む酒の苦さを少しは薄められたかな、と自分の中に蓄積しております。
まだまだ「筆の重さ」を引き受ける覚悟は、この年になってもできず「諦念」致しております。

長いことお疲れ様でした。
これからの記載の日常世界に対する姿勢を楽しみに致しております。

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