昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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危うし! 小さな冒険家。

2008.02.15 (Fri)

記憶が所々脱落していてはっきり思い出せないことが多い。あれは、長年、愛用していた手作りの竹スキーが合わなくなった、2年生の頃であったと思う。

初めて本格的なスキーが手に入った。といっても、当然、自分で買ったのではない。父親か、それとも叔父か親戚の人に買ってもらったのか、そこもはっきりしないのだ。ともかく、友だちでも数人しか持っていない、カッコいいスキーが手に入ったのである。

それまで履いていた竹スキーは、ロウを塗ればそれなりに滑るのだが、小さいなりにも子どもというものは、日に日に成長するものだから、足を乗せる部分のサイズが合わなくなり、毎年のように踵の止め具の位置を、ずらさなくてはならなかった。

だからといって新たに作り治すのも面倒で、ツッカケのように引っ掛けてゲレンデ(裏山の段々畑)に直行するも、うまく滑ることができなかった。竹を切り、節を削って火に炙り、熱い内に曲げていく作業は、手作りの味はあるが、ひどく根気の要る作業であった。

それを知って見兼ねたかどうか、とうとう念願であったスキーが、それも白地にブルーのストライプ入りでカッコ良く、竹製ではあったがストックもついていた。夢でも見ているようであった。

買ったばかりのスキー板にはロウが塗られていない。今はワックスというが、当時はロウであった。ロウソクのロウと同じものである。ボクは、余ったロウソクをかき集め、松のヤニを混ぜて火に溶かし、冷やして固めたそれを、スキー板に塗った。もどかしいくらいにゲレンデへ。滑った。滑り過ぎるほどよく滑った。滑る度に雪面にくい込む竹スキーとは、まるで違っていた。

すぐに段々畑のゲレンデでは、物足りなくなった。そして、段々畑の更に上へ。2m以上積もった山の、雑木の枝がポツポツと突き出た山肌を担いで登った。ふかふかの雪は真っ白くて、夢の世界を歩いているようであった。みるみる汗が噴き出した。山頂まで担いで登り、下界を見下ろすと我が家が小さく霞んで見えた。

下から見上げた時はそれほどでもなかったが、上から見る傾斜度50度は絶壁にも見え、足が竦んだ。しかし、子どもというものは存外、無謀な生き物。恐怖心こそあるものの滑らずにはいられないのだ。躊躇せずに滑り下りた。というより、落下した。雪だるまのように身体中、白く膨れながら転び、止まると、また転げ落ちた。面白くてたまらなかった。

そうして毎日のように山頂へ、担いで登っては、辺りが青く染まる夕暮れ時まで一心不乱に滑った。ようやくコツをつかみつつあった、ある日のことであった。冒険心を満たすために、ボクは、無謀な挑戦を実行した。いつも行く山頂の、更に峠を越え裏山を滑り下り、山の峰をどんどん進んだ。夕暮れが近づき、白い雪面に鉛色の空が映り、あっという間に暗くなった。

冬山の恐ろしさを、ボクはまだ知らなかった。雪が深かろうと、自分が、まさか馴染んだ雪山で遭難するなど考えもしなかった。鉛色の空が、刻一刻とどす黒い色の変わった。雪おこし(雷)が鳴る。そして吹雪になった。

気持ちの焦りを板に託してUターンした。が、しかし眼前は吹雪で視界10mである。さすがに慌てた。慌てたが、吹雪に巻かれて遭難するニュースを、かつて一度も耳にしなかったボクは、この時点でまだ、死が近づきつつあることに気付きもしなかった。

気温の低下、次第に強くなるブリザード、視界数メートル、かいた汗が身体の表面で凍水に変わる。睫毛が凍り、目を開けるのがやっとである。それでもボクは、足跡を見失わないように少しづつ下っていった。
白だるまのようになって玄関に転げ込んだボクを見た母は、涼しい顔をしていた。結果を考えずに行動に移す悪い癖は、その頃からのものである。

bouken.jpg

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コメント

コメント、ありがとう。感じていることは、あのとおりです。そしてね、ちょっと不思議な気持ちもあるんだよなあ。

・ハンドボールのアンフェア審判、
・北朝鮮のサッカーでの観客の無礼、
・アメリカでの野球のアンフェア審判(王監督が抗議した)、
・今回の中国選手のアンフェアプレイとアンフェア審判、
思いつくままに、ま、こんなところだろうか。ほかに、柔道やスキー(ジャンプするやつ)、卓球などでも、いろんなことが言われている。全部を信用するわけでもないけれど、でも、多少の正しさもあるんだろう。

北、中国、中東…と、後進国がナショナリズム旺盛なのは仕方ないとして、基本的にはたかがスポーツでしょ。「たかがスポーツ」という言い方には語弊があるかもしれないけれど、ぼくが言いたいのは、その勝ち負けには意味がないことでしょ。

小学、中学、高校あたりまで、男同士は、跳んだりはねたり、押したり引いたり、走ったり…それこそ昔遊びはほとんど全部が「競う」カタチで遊んでいた。でも、遊びだった。つまり、遊びをおもしろくするために「競っていた」。ただ、それだけのことだった。

この訓練は、ぼくの場合(つまり、ぼくが経験する日本では、個人においても)かなり徹底していた。腕相撲で勝った負けたは、ただそれだけのこと。勝っても負けても、勝ち負けを遊ぶんだから、ただ、それだけのことだった。

10年前ほどかな、ボクサーの6回戦ボーイまでいった友だちと、夜中、酔っ払って公園で相撲をしたことがあります。180近いやつだし、まったく相手にならなかったんだけど(相手の一割か二割程度の力で受けとめられ、『もう、やめとこや~』と言われた)、でも、この勝敗が、その後、どんな面でも意味をもたなかった。

まして、国と国とのスポーツでの競い合いでの勝敗の意味は、もっともっと小さな意味しかないはずだと思う。オリンピックでのメダルの数で、その国の国民の豊かさが保障されるわけではない。

なのに、なぜ、個人よりもっともっと「こだわる」必要のない国が、スポーツの勝負にこだわるのだろう。不正なことまでして。

プロ野球の選手が薬物で筋力をあげる、というのは、よくないかもしれないことだろうが、その人間の気持ちはわかるわけです。でも、たとえば中国が、クエートが、北朝鮮が、アメリカが…、そして日本が、たとえば不正までしてメダルの数にこだわるのがわからない。

おそらく、こうした「こだわり」の理由は国内事情の反映だと思う。「こだわり度」が高い国ほど抜本的な問題をかかえている。もっといえば、成立が無理な国家なんだろうと思う。

日本が、またオリンピックをしたいと言っているようだけど(石原さん)、この意味は、どこかに日本という組織のほころびを感じているということの兆候だと思う。



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