昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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鉄管ビール

2008.03.07 (Fri)

昭和30年代が終わる頃、日本初の大イベント「東京オリンピック」が開催されることになった。そうなると、今の中国を見て分かるように、世界中の人たちがやってくるのだから、目に触れる所すべてきれいにしなければならないし、街も道路も、そして人たちも“他所行き”の顔の準備をしなけらばならなかった。

てなわけで、ド田舎の我が村もその準備にとりかかった。それまで、国道とは名ばかりの、細くて狭くて、クニャクニャ曲がった凸凹の土道であったが、広くて真直ぐ(実際はそうではなかったが)のアスファルト道にするための工事が始まった。

1960年代に入ってすぐに、池田勇人内閣が策定した長期経済計画「所得倍増計画」の波が音をたてて、この田舎にも押し寄せ、連日のように大型重機の金属音が鳴り響いた。村の大人たちもその工事に駆り出され、貧しい田舎にも好景気の恩恵に預かることになった。

例に漏れずボクの父も、まだ独身であった父の弟も汗する土方の一員になった。道を拡げるために山が削られ、丹精込めた田畑が埋められた。大きな橋が架けられる。ダイナマイトが爆破され、白煙を上げる。3年生になったばかりのボクは、その光景を我が家の縁側で毎日見ていた。

黒煙を吐く戦車のようなブルドーザーが、金属音を響かせて崖を切り取り、削り取られた山の土砂が、巨大なダンプに積まれていく。路肩のあちこちには山盛りの砂や、石垣用の石が積まれていた。

その場所は、昼飯どきになると人夫たちの休憩場所になり、子どもたちの砂遊びの公園へと変わった。大人たちが疲れた身体を休めるために、砂山を背にゴロ寝を、その横でボクたちは、新しい砂でトンネルを掘り、道を作った。

我が家の裏庭の隅には、美味しい清水が湧く小さな池があり、夏の熱い日には地下水の冷たい水が大人たちの疲れた身体を癒した。大人たちは、それを「鉄管ビール」と呼んだ。

そもそも「鉄管ビール」は、水道の蛇口から出る水のことを、そう呼んでいた。野良仕事の合間に、コップや湯呑みを使うのも面倒だというので、直接、水道の蛇口へ口を持っていって水を飲む行為のことを、そう呼ぶようになったのだが、その内、巨大なアルミ制のヤカンの注ぎ口に口をつけるようになり、どういうわけか、水のこと総べてを「鉄管ビール」と言うようになった。

暑い夏の日に汗をひた垂らせながら、本心は冷たいビールでもと思いつつも、そう贅沢は言えない。だから、その臨場感を水道に求めたとしても罪にはならない。

道路工事がたけなわになってくると、我が家の裏庭の小さな池には、真っ黒に日焼けした、汗だくの男女が列をなして、その「鉄管ビール」とやらを求めてやってきた。汗を吹き吹き順番を待ち、「鉄管ビール」で咽を潤し、皆一応に「フーッ!」と、幸せな顔を見せる。そしてまた、灼熱の工事現場へと戻っていくのである。

その「鉄管ビール」湧き出す小さな池の水は、「東京オリンピック」が終わる頃、次第に涸れていき、我が家も引っ越しをすることとなった。あれだけ「東京オリンピック」のためにと大騒ぎをして、確かに広くてきれいなアスファルト道になったのだが、当時は聖火リレーの時にしか使われなかった。
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