昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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ルーツは竜馬??

2008.07.15 (Tue)

天地がひっくり返ってもそんなことがある筈はない。だいいち、竜馬が京都で活躍していた頃、既に我が家の先祖は播州の片田舎に住んでいたらしい(はっきりしないが)し、それ以前に四国から移住したという話しも、平家の落人ではあるまいし、その時代の感覚からしてあり得ないことである。

話しは飛ぶが。
かつて我が家があった村には同じ苗字が多かった。まあ、日本のどの田舎でも似たようなことはある。中には地名がそのまま苗字になったケースもある。

何故そういうことになったのか、特に調べたことはないが想像はできる。
昔の平民は、もともと苗字を持たなかった。荘園制度によって土地を所有していた名主が、その村に自分の名を付けて名田とした。つまり中村郷の次郎兵衛といった感じである。

その後、荘園制度が廃止され、明治初期に一人の人間として「中村次郎兵衛」と名乗り、小作人たちも独立して個々に苗字をもつことが許されるようになったのだろう。アバウトだが。

苗字からかつて先祖が暮らした地域や職業が伺われると聞くが、どうやらそういうことのようだ。
たとえば、馬を扱う仕事であった場合は「馬場」であったり、田中や田畑が農民であったり、森や林が林業、宮本や宮成が宮司であったりと、先祖がどうのような暮らしぶりであったか想像すると面白い。

苗字で面白いのは、古の大和の時代から今日まで同一名を継承している家があれば、何度も変えられ、それが許されたという。(もっとも自分の存在を秘匿するために何度も、あるいはいくつもの名前をもった者はべつとして)

身近な例をいうと、父の弟(叔父)が結婚した時、実家である我が家の性を名乗らず、かといってお嫁さんの実家の性でもない新しい苗字を考えたのである。もともと叔父の職業で、石屋(石垣の石や墓石などを彫る仕事)をしていた関係で「石本」性を名乗ったらしい。

それはさておき、ともかくボクの村は同じ苗字が多い。特に多いのは。田中、福井、小谷、中村である。そういう意味においてこの村も、かつて地主制度があった時代の同族の集団であったことは間違いないだろう。

ところが夏海家(本当は坂本。ここに限り本名でいう)は、この村で1件だけであった。(もっとも35年前に、その村からも引っ越して出ていったのだが)

坂本家が春来村に移ったのは明治の末期であったらしい。それからボクで7代目になる。が、父親の兄弟も祖父の兄弟も、別姓を名乗るか村を離れてしまっていたので、この村では我が家だけであった。

春来村に移る前、要するに明治末期以前、坂本家がどこから来たのか、分からない。父もはっきりしたことは分からないらしいが、話しによれば、江戸の末期には既に播州に住んでいたと、父がまだ若い頃、祖父(ボクの曾祖父)に聞いたという。

また、「オヤジ(ボクの祖父)の弟の話しでは、播州の前は四国にいたらしい」という。「らしい」ばかりで、もうその時点で空想の世界にいるようだが。
ともかく、父のいうことが本当なら、江戸の末期に四国から播州(姫路の西方面)に移り、明治末期に播州から但馬に移ったことになる。

だいたい人は、突然、降って湧くことはないので、ルーツを辿れば一匹のサルに戻るだけだ。

小学校のある社会科の授業の時に、教師にその話しをしたことがある。クラスの多くは、もともとその部落で暮らしていたのだが、ボクだけが違っていた。

ボクは父から聞いたことをそのまま話した。するとその教師は、「お前の祖先は、ひょっとするとサカモトリョーマかも知れんぞ」と言った。その頃、サカモトリョーマが何者か、ボクには知る由もなかったから、教師が黒板に「坂本竜馬」とチョークで書いた時、「カッコエーナー」と反応するしかなかった。

案の定、学校で暫く「サカモトリョーマ」がボクのあだ名になった。

会ったこともないボクの曾祖父や祖父の弟の話しが、仮に嘘であっても、江戸期、武士のはしくれであった(これも、らしい)ことも、四国からの移住者だった話しを含めて、珍しくもない坂本性がそのまま坂本竜馬につながるなど荒唐無稽ではあるが、正直、信じたい気持ちである。

竜馬.jpg

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コメント

No title

いやいや、説得力ありますぜ。きりりとした鋭い風情に、やにノンビリした雰囲気が漂っている。夏海さんには坂本竜馬の血の匂いがします。

コメント、ありがとうございます。

なにか書きたいんだけど、もうドロドロに酔っているので、ごめんなさい。また、会ったとき、世界維新なり、日本維新なり、大阪維新なり、我らのブログ維新なりを考えましょう。

No title

「きりり」どころか、「ドヨン」としています。
夏の暑いのは好きでっけど、湿気はあきまへん。
手の先や足先が、なんやボワッとして重くて、アスファルトにめり込んでしまいそうですわ、ほんま。

何年か前にゴビ砂漠行った時、摂氏50度を体験したけど、カラッとしてて、大阪の35度より爽やかささえおました。

砂漠には住みとうおまへんが、湿気はあきまへん。

コメントおおきに。

世界維新も日本維新も、ましてや大阪維新などおまへん。
違う「維新」を考えまひょ。

No title

コメント、ありがとう。

若い頃は「他人から見られる自分」を気にするなんて、なんとなく「ほんとうの自分」ではない、いわば「嘘の自分」を演出するようなことにつながるような気がしていた。つまり、視覚(=見られる)をとおして、嘘をつくような…こんな感じがありました。

だからファッションにことさら気を配ることなんて、あまり、やりたくなかった。といって、ボロボロの格好がいいというわけではないんです。ただ、メッキ人間にはなりたくなかった。

しかし、最近、たしかに、夏海さんが書かれていたようなことを強く感じるようになってきた。

でもこれはね、たぶん「自然に振舞っている、自然な自分の外観」が「ほんとうの自分」と異なっていることへの、違和感なんだろうと思う。

「ほんとうの自分」は、それほど老いぼれちゃいない。まだまだエネルギーもあるし、いろんなことに興味がある。やらねばならないこともたくさんあるし、達観などしちゃいない。なのに、デパートの扉などにチラッと映る自分は、エネルギーを失い、興味を失い、やることなどない、達観しちゃったような人物…みたいに「見える」ような気がするときがあります。

これはこれで、反対の意味で、外観的に・視覚的に「嘘」をついているようなもんなんだなあ。


でも、対策はむずかしい。書かれているように「若ぶれ」ばいいというのではない。たしかに滑稽だし、二重の意味で滑稽の対象になると思う。

・一重目は、その人の気持ちに屈折が入っていること(若いときのファッショナブルとは意味が違う。確信犯的な嘘の主張になっている)。
・二重目は、若さを失えば、素顔や肉体がその人の内面を反映しなくなってくるけど、それでも、それなりに素顔なり肉体は自然なプロセスとしてあるわけです。これに対する嘘というか、滑稽な抵抗が感じられる。

ま、目くじらを立てるようなことではないけれど、なんとなく、ため息がでてしまう。でも同時に、その気持ち、わからなくはないわけです。たぶん「キャミソールに豹ガラのパンツ」の方は自分の気持ちに、素直に行動される方なんだろうと思う。


あのね、ぼくの考えでは―――、
・赤ちゃんのときは「精神と肉体が完全一致」しているわけです。この延長として、少年少女期がある。
・思春期を迎えて、精神と肉体が分離しはじめる。だから、自分の肉体を「流行」風に演出するようになる。
・熟年になってくると、精神と肉体の分離がさらに大きくなる。

・最後に、人の「死」は肉体の死なわけで、精神の死ではない。精神は「生きたい」のに、肉体は「死ぬ」わけです。―――ここでは、精神と肉体は分離なんてことではなく「完全決裂」するわけですよね。肉体の主張がとおるんだけど。

人の一生とは、精神と肉体との「完全一致」から「完全決裂」までのプロセスと考えれば、なんとなくうまくいくわけです。


この考えでいくと―――

――――――
また、長話になりそうだ、次の話題にとっておくことにします。(というより、疲れてきた)

近況は、夏なので母の心臓は安定していますが、その他の部分(歩けない、疲れる、食欲がない、イライラする、眠れない…等)への対応で大わらわです。

コメント、ありがとうございました。

No title

<だけど久しぶりにテンテコ舞い。>
―――いいことじゃないですか。ぼくは仕事のほうもフライパンです。??…フライパンって、どういう意味なんや。

<久しぶりだったのに、ごめんなさい。>
―――とんでもない。いつも、こっちの勝手なときに突然、電話してるんだから。「ごめん! すまん!」って言わなきゃいけないのは、ぼくのほうです。

<福田の顔を見るだけで、日本人をやめたくなる。>
―――わかるわかる。福田さんって「最低のなかでも最低」ですね。あれでいて、テキパキ(若ぶって)カッコよくやってるつもりなんだよな。ミエミエだってんだ。

それはそうと、福田さんとブッシュさん、同じように「鼻の下が長い」と思わない? スケベという意味ではなく、骨相的に・ビジュアル的に、鼻の下が長いと思うんです。ビジュアルのプロにお訊きしたい。

今までの首相で最低は、ぼくは「海部さん」だと思っていた。日本国首相になって、舞いあがって&オロオロしてしまい、挙句の果ては、金丸さんに「解散できるものなら、やってみろ!」と言われ、首相の特権である解散権も行使できず、辞職させられた首相。なんとなく、切腹している「菊人形」の目付きをしている首相。

でも、この最低首相を久々に更新したのが「福田さん」だと思う(同列かもしれないけど)。日本首相は米大統領の「ポチ」なのはいつものことだけど、なにせ福田さんは、鼻の下が長いブッシュの骨相まで同じ(!)なんだから、究極のポチ。あるいは…。

ああ、ぼくも日本人やめたくなった(いい表現です!)。

No title

ビジュアル的骨相分析? そんなもんできません。

でも、ブッシュと福ボンが鼻の下が長いって、面白いことに気付きましたな。なるほど、その通りです。笑える!

骨相ではないですが、「持ち物」が同じでも、まったく正反対ですね、両人は。
以前、ネオコンなどと言われ、同じ種類の人間たちが蜷局を巻いて、イラク戦争を導いた、油断ならない人種。

そのオヤジ・パパブッシュもまた、同じ顔をして、あれは湾岸戦争でしたか、親子って似るもんです。権力が好きで、武器が好きで、血が好きときている。

さて、福ボンは?
・・・言うべきことが見つからない。
つまり、良くも悪くも何か言いようがあると思ったんですが、何も浮かばない。

人間って、非の打ち所がない完璧な人間よりも、一本くらい抜けていた方が魅力がある。なんてよく言うでしょう? でもね、彼の場合、一本どころか、もともと一本も入っていないのでは?

だからコメントのしようがない。

羞恥心の結晶のような洞爺湖サミット。
期間中、福ボンはブッシュに「首相、首相」と、一向に名前でよんでもらえなかったのだそうです。二人が並んでのスピーチシーン、福ボンの横顔を見る目つきの卑しさと、軽視。

ええ、「にほんはアメリカのポチですから、はい」
と、福ボンの顔から滲み出る。

「嫌や! 爺さん、あんた一人でポチにでもなってくれ。俺は、嫌や!」と、そういう国民が大勢いる。のに、福ボンは分かってくれない。KYですか?

海部さんって人、いましたね。あのトッチャン坊やみたいな。何したの?あの人。
そういう人、いっぱいいます。ボクの記憶している限り、何と言っても第1位は「宇野」、第2位「海部」、以下、森喜朗--羽田--村山トンちゃん--金マン竹下--大平--福田パパ----

あっ、忘れてはいけない安倍ボン。
こんなんばっかりや。ちょこっと出てきて、すぐに消えてしまう。ロクに仕事もしないで、これでは外国にバカにされてもしかたないか。

ボクは小泉純一郎を決して評価しないし、改革という名の改悪をして、大きな問題を山ほど残したまま、無責任にも、自分の役目は終わったような顔をしている。

役目が終わったのなら、碌を食まなくてもいいではないか?と、思うけど。まだ未練があるのでしょうか。

No title

そうそう、宇野さんがいたなあ。それに鈴木とかいう首相もいた。これに福田さん、やる気のない、「志」のない3**トリオ。

考えるにつけ、日本人を辞めたくなる。

No title

日曜日、あまり暑かったので、昼間出る気がしなくて、ボーッとテレビを観てたら、また、アホな番組をやってましてね、ついつい観てしまいました。

「福田カラーで例えるなら・・・」
たしかこんな番組だったと思います。「福田カラー」を分析するのではなく、毎回やっている類の、政治評論家やコメンテーターたちがひな壇に登場して、あーだこーだと適当なことを言う番組。

何個かの質問があって、それに答える。
たぶんその中で、「町の人たちに聞きました」みたいなのだったと思います。

で、町の人たちだけでなく、与野党の数人も応えていました。
それによれば、灰色とか、透明、限りなく透明に近いブルー、ブルーと灰色の混じった・・・など。

それと、カラーはカラーでも福田はんがやろうとしている政策色では、おおかたの人が「???」「???」「何やろ?」「何にも浮かばない」・・・など。

どうせこんな番組、本人は観てないのでしょうね。
観たら生きていかれへん。
外も歩かれへん。
孫の前に出られへん。



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