昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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ペグリスト(1)

2008.10.22 (Wed)

 どうしてこんな名前が突然、出てきたのだろう。
 誰かに聞いたこともない。どこかで目にしたこともない。名前も、地名にも、ペグリストなどという言葉は、どこを探してもないのだ。

 そこは、ある筈もない地下室だった。
 玉垣は気がつかなかった。少なくとも20年もの間、その会社に勤めていながら、まったく気がつかなかった。入り口さえ見たこともない。ましてや話題になったことすらなかった。デスクの配置やオフィス機器の位置の関係で、限られた狭い部屋を隈なくチェックして、Pタイルの数を碁盤の目の平面図に合わせて書いたくらいだから、見落とすことはなかった筈だ。

 長年借りていた小さな賃貸ビルは、バブル経済が始まった頃、大所帯になって収容しきれず、引っ越すことになった。それが土佐堀川を背にした4階建てのビルだった。
 元は何の会社だったのか知らない。築10数年の古いビルを、当時1億円で買い取り、内装をし直して、OA機器やデスクの一部、仕事上の機材などを新調して移った。そして、更に4階の天井をぶち抜いて階段をつけ、屋上にバラックを設置することになった。

 1階には受付を配置した。3帖くらいの広さの玄関の上の眼前に横長の窓の、ちょうど町医者の受付と同じようにあった。
 受付の奥にパーテーションを隔てて営業室。その奥にコンピュータ室。西側はトイレと2階への階段、それに、天井までのロッカーを並べて仕切られ、その間に通路があった。2階から4階まではデザインルームになっていた。4階の天井をぶち抜いて作った屋上のバラックを、暗室にしていた。暗室は、フィルムを現像したり写真のプリントを焼き付けたりする部屋である。
 屋上の上に乗せられたバラックだったから、冬は滅法寒くエアコン入れてもあまり効き目はなかったし、夏は夏で焼けたトタンの上にいるように暑かった。
 100人以上の所帯では、もともと4階建てのビルには入りきれないことは、初めから分かっていたので、隣の賃貸ビルにコピーライター、イラストレーターなどの部屋を間借りした。

 その後、数年してますます社員数が増え、間借りする部屋が足りなくなると、今度は駅の近くに新しく建ったビルを1棟借りすることになった。いわゆるバブルの絶頂期であった。フロア面積は土佐堀の自社ビルよりも倍近く広く、10階建てなので、会議室を十分とってもまだゆとりがあった。

 1階は受付兼総務部が占め、2階から6階までがデザイナーとコピーライターが、7階は営業、8階が大会議室、9階に資料室があり、最上階の10階が社長室と秘書室、更に小さな会議室があった。もちろん、各階にも小さなミーティングエリアが設けてあったくらいだから、結構よゆうである。

 そのビルに移って4年目であった。バブル景気の雲行きが怪しくなってきた。月に150時間200時間(もちろん休日含めてだが)という残業がザラにあった仕事量が、目に見えて減少した。プレゼンテーションの確率も徐々に低くなっていった。そして何より、料金形態が変わり、出入りしていた外部スタッフもめっきり減っていった。更に、売り上げの減少によってボーナスが少なくなった。

 同業者も同じ状況であった。
 玉垣は、それから間もなく退社した。
 退社した理由は、景気や給料の問題でもなく、会社に問題があったのでもない、まったく個人的な問題であった。

 玉垣が退社してすぐにバブル崩壊が始まった。
 そして、そのまっただ中で社長の片山が病死した。
 玉垣がいた会社も例外なく、崩壊の煽りを受け、120人以上いた社員を50人近くリストラ整理して、土佐堀の自社ビルに帰った。
 それから1年後であった。

shinsai01.jpg

 1995年1月17日、午前5時46分。
 神戸・淡路中心にした大震災は、広く京阪神に未曾有の災害をもたらした。
 土佐堀界隈の被害も大きかった。古いビルは傾き、ガラスが割れて道路やそこかしこに散乱した。全壊した社屋も少なくない。エレベーターが途中で止まり、何時間も閉じ込められた人もあった。

 アスファルトに亀裂が走り、捲れ、畝っている。高速道路の橋脚にヒビが入り、コンクリートの破片が飛び散っている。橋の継ぎ目に隙間がある。段差がある。
 走行不能になったクルマが、あちこちに放置されたままである。

 玉垣のいた会社は・・・なかった。1階のフロア部分を残して・・・なかった。
 玉垣たちが昔の賃貸ビルから土佐堀のビルに移る前、内装工事が終わってすぐに見学に行った。築10年以上とはいえ、内装をし直しているので奇麗なものだ。塗料や接着剤の揮発臭がまだ残っていた。

 新しく張り替えたPタイルのフロアの真ん中に立ってみる。
「自分たちのビルだ」という感慨が湧いてくる。「これからは誰の遠慮も要らない。いくら残業してもいいし、ビルの管理人に気をつかわなくてもいい」なんて、つまらないことを真剣に考えて、感動さえしていた。

 つづく

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コメント

No title

おもしろそうな気配!

期待して読ませてもらいます。

No title

ヘヘヘヘ・・・。
例の、シュールな夢ですよ。

でも、夢って結論まではみないものでしょう。
だいたい中途半端なところで目が覚めてしまう。
まあ、そっから先は創るしかないんだけれど。

それに、映像というか画面というか、
その部分の表現が難しい。

一旦目が覚めて、文字にしようとすると、現実の既成概念みたいなものが邪魔をして、夢の中で見たようには描けないものです。

仮に、簡単なシナリオがあって、ディティール部分を文字に頼らずに映像にしてしまえるなら、おそらく簡単なことかも知れません。

これも、「叔父の中の戦争」と同じように、書きながらのアップですから、難し過ぎる。

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