昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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チャンバラごっこ

2006.09.21 (Thu)

 その年は「用心棒」というものが流行ったことをはっきり憶えている。正義という言葉が、ボクたちの心の中に影響し、大きく形成していったのだった。昭和36年封切りの映画で、黒沢明監督の「用心棒」や洋画の「荒野の七人」である。

 ボクたちワルガキは、誰が用心棒役をするかが大きな問題になっていた。機嫌のいい時はジャンケンで仕方なく順番を決めることもあるが、誰も悪役はしたくないもので、ケンカに発展することも度々あった。

 悪を懲らしめ、弱きを助ける正義こそが、「キラ星」のごとくボクたちに映ったものである。しかし、正義を押し通すには、勇気と少しばかりの体力とある程度の犠牲を覚悟しなくてはいけない。だからこそ美しいのだ。ところが最近、それを忘れていたことに気付いた。

 近年、テレビや新聞を賑わす嫌な事件の数々。法を司る立場の人間や、かつては聖職と言われた人たちが、正義とか勇気を忘れてしまった。「キラ星」として映った、無垢な子どもたちの世界で、美しい正義がとうとう忘れられてしまったのだ。正義が死語のように扱われるのは、どうやら大人に大きな原因があると思える。

チャンバラごっこで遊ぶ
最近ソフトチャンバラというスポーツが流行っているようだが、それの原形と言えるだろう。もちろんあのフニャフニャした剣ではない。生木を削って剣の形にしたものだ。ただ、怪我をさせないやり方を、みんな心得ていた。

tyanbaragokko.jpg

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コメント

やったやった。

こんなことを憶えている。―――棒切れの剣では、どうも、イマイチだ。というわけで、銀紙を棒切れの剣に貼り付けようと考えついた。

しかし、今みたいにアルミホイルがあるわけじゃなし、叔父さんの煙草の銀紙くらいしかなかったと思う(記憶してないんだけど)。ともかく、何かのときにほんの少し手に入るだけで、銀紙が圧倒的に少なかった。さらに、それを木に貼りつける糊が駄目だった。現在のように、いい接着剤がなかったしね。で、断念したことがある。

チャンバラと一緒に思い出すのは、カウボーイごっこ。これは拳銃を木で作った。うまい具合にバランスがとれると、手のひらでクルクルと回せるんですよ。引金を囲む丸い輪がなくてもね。得意になってまわしてたことがある。

そうそう忘れてた。

出てくるね、どんどん。

たった今思い出したけど、銀紙あったよ。何だったか・・・古いラジオとか、機械だったような。モーター部分かな?
油紙と銀紙が交互にサンドウイッチされていた。思い出せない。あれ何やったかな?

それから、たばこの銀紙でまた思い出したけど、あれで蜂の巣作って天井に投げてくっつける遊びをした。

あったあった。コンデンサー、蓄電のための銀紙。でも、あれは油漬けになっていてなあ。で、コンデンサーの銀紙を発見する頃は、ぼくはチャンバラごっこを卒業していたと思う。

「たばこの銀紙でまた思い出したけど、あれで蜂の巣作って天井に投げてくっつける遊びをした」というのは、思い出せないけれど、天井にむかって何かを投げつけていたのは、なんとなく記憶があるなあ。

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