昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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ペグリスト(3)

2008.10.27 (Mon)

 乾いた砂の臭いは、まだ漂ったまま。まるで砂漠の中にいるような。
(夢、か?)
 玉垣は目を瞑った。
 幾重にも重なる砂丘が、果てもない地平線の向こうまで連なり、やがて、白とブルーの澱んだ色の中に溶けている。

 放射する太陽の光が、霞んだ地平線に突き刺さる。くっきりと際立たせた風紋が、吹く風とともに、刻々と表情を変えて、なにか柔らかい白刃のように畝って見えた。
 波の音も、風の音も、何の音も聞こえない。あるのは、ずれた振り子の中にある鼓動のみであった。

 何度か目を瞑り、その度に目を開ける。
 真っ白な砂漠の中に点々と続く足跡、そして、幾筋も放射してグルグル回転する太陽が、やがてひとつのキャンバスの中に重なる。
 静かに風が止まった。
 細く、ぼやけた画面の一部が、ゆらゆらと動く。

 グレーの頭髪をしたその老人が、ゆっくりと玉垣の方に振り向いた。知的な老紳士の横顔であった。
 逆さ三日月の目と、下瞼から頬にかけて特徴のある笑い皺が、幾筋も刻まれていた。翁面が男前だったら、きっとあんな顔になるだろう、か。

「社長。・・・どうして?」
 と、言おうとしたが、喉がかすれて声にならなかった。片山社長は、微笑んだままであった。
 30坪足らずのPタイルのフロアの隅。それが砂漠の果てのように遠く感じられた。ダリの柔らかい時計が時を刻む。
「何故、ここに?」
 もう一度、今度は声を出して叫んだ。

dalli.jpg

 糸の切れた凧のような玉垣が、この世界に入ると決めたのは、この人がいたからであった。片山がいなかったら、何もかもすべてが違ったものになっていただろう。

 玉垣は芸大を卒業した後、何をするでもなく何かをしようという考えもなく、無意味な一ヶ月を過ごした。故郷に帰り、親の顔を見てもなお、何も変わらなかった。そんなある日、当時一緒に暮らしていた奈緒の友人が、新聞の募集広告を見て、玉垣が就活のために用意していた履歴書を、勝手に募集先に送ってしまった。もちろん、奈緒の了解を得てからだろう。

 履歴書を発送して数日後、募集先の会社から玉垣の下宿へ電話があった。しかし、その時はまだ実家で、夢の中を漂っていた。
<いいから、すぐ大阪に帰って>と、奈緒から実家へ連絡があった。

 奈緒から背中を押されるまま、その会社に向かった。リクルートスーツの持ち合わせなどなかった。大阪に出る時、父親からもらった時代遅れのスーツを着ると、奈緒が、田舎の七五三みたいと笑った。
 
 会社の女性から面接の要領は、あらかじめ聞いていた。玉垣は肥後橋の出口を探し、言われた通りの道順で歩いた。そのビルに着いたのは、約束の時間の一時間前だったので、何喰わぬ顔をしてビルの前を通り過ぎて、靭公園で時間を潰すことにした。

 靭公園を入るとすぐにテニスコートが見える。鬱蒼とした古木の脇道を縫って歩いた。左手に半円形のセンターコート。そしてバラ公園の中央に噴水があった。就業時間はとっくに過ぎていたので、さすがに閑散としていて、子連れの母親と年寄りが散歩している。噴水がある小さな池でホームレスが衣服を洗い、薄汚れた身体を拭いている。

 玉垣はセンターコート寄りのベンチに腰を下ろし、タバコに火をつけた。少し離れたベンチでは、老人がパン屑を鳩に与えている。
 温かな日差しが降り注いでいた。

 靭公園のすぐ近くにある小さな古いビル。
 約束の時間の少し前に、そのビルの門を入った。1階の右手に喫茶店、左は、ブラインドーを通して人相の悪い数人の男女が忙しそうに動き間わている。細く開けられた窓から、タバコの煙が流れ出ていた。

 その部屋のドアに「写真部」のプレートが貼られていた。写真スタジオである。
 ドアを通り過ぎるのと入れ違いに、アフロヘアでひげ面の男が、玉垣に一瞥を投げかけてスタジオに入っていった。

 面接は、2階の社長室に併設された会議室であった。
 ノックをすると、電話と同じ声の持ち主の女性が応対してくれた。
 入り口の前はパーティーションで目隠しされている。パーティーションの奥から入っていくと、既に5、6人の中年男性が待っていた。ソファの正面に片山社長、その両隣に副社長とデザイン部長、それぞれの隣に各部署の部長が、難しそうな顔をして居並ぶ。

 面接官はデザイン部長であった。長身で痩せこけた部長は、顔に似合わず柔らかなもの言いをする。自己紹介と型通りの説明の後、部長は、既に玉垣の出身校の調査と身元調査を終えたことを告げた。

「君は、どんな仕事がしたい?」と部長に訊かれた時、玉垣は、「自分は洋画を少しやっていたので、その方を目指したい」と言った。だが部長は、「うちにはイラストレーション部があるが、既に人は揃っているので、君にはグラフィックをやってもらいたい」と言った。

「グラフィックの何たるか知らない人間ができるのですか?」と問うと、「誰でも最初はそうだ。むしろ、学校で現場には役立たない教育を、中途半端に受けた人間よりゼロから叩き上げた方がいい」のだと言う。
 
 なるほど。学校と社会の現場は違うのだと、初めて教えられた。
 暫く雑談を交えて、それまで難しそうな顔をしていた社長が、あの特徴のある翁のような顔をして、玉垣に言った。
「玉垣君。・・・君は今日、大事な面接の日なのに、自分を売り込む作品なり持って来なかったのかね?」と言った。

 生まれて初めての面接だから、まったく分かっていなかった。だが、美大の美学概論の続きを、夜な夜な仲間と論じ合った、あの延長線上のつもりでの無駄話が、どうやら気に入られたのかも知れない。
 
「今日の面接は、久々に面白かった」と社長が一言。
 この時、既に採用が決まっていたらしかったが、日を改めて作品を持ってくるよう念押しされた。しかし、玉垣はこの時まだ、就職をするという意識が実感として湧いてこなかった。

 それから20年。

 つづく

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