昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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ペグリスト(4)

2008.11.10 (Mon)

 ピタリと、風が止んだ。まるで真空の中で泳いでいるようだった。砂上に幾筋もの蹄の跡が、老人の佇む遥か向こうに続いていた。

 途切れることのない高周波音が、耳の奥で響き、こめかみから脳の裏側へ抜けて跳ね返る。
 老人は右手を砂の壁に突き入れたまま振り向き、反対の手で手招きをしていた。しかし、陽炎に揺れるその手が、ぼやけてはっきり見えない。

 ふらふらする足を無理矢理押して、ゆっくり近づく。不快な音は、更に大きくなった。
 足が重い。
 吹き出した汗が、白色に照り返す砂上に、点々と黒いシミを落とした。

 老人の顔が、次第にはっきりとしてきた。数年前に見た、あの翁面と同じであった。少し左肩を下げる癖は、若い頃、肺の病気を患って手術した時のものだと、彼を知る古い友人が言っていたのを憶えていた。
「社長。・・・どうして、ここに?」

 片山は、それには応えずただ微笑んだまま、手招きし続けていた。刺々しい太陽の光が、白髪まじりの頭に突き刺さる。
 玉垣の足下の砂面が崩れ、ズブズブとめり込んだ。その足を引き抜こうとすると、反対側の足が砂の中に呑まれる。

 激しく鼓動が鳴り、滝のような汗が噴き出して目の中に入る。片山の姿が霞んでいた。その汗を拭い、渾身の力で砂上に這い上がった。
 片山のスーツ姿が、すぐ目の前にあった。

 玉垣は、砂の壁に差し込んでいる彼の右手を見ていた。すると、壁の一点が黒く滲み、まるで黒カビが広がるように、みるみる大きくなった。
 黒い大きなシミは四角い空洞になった。SF映画のように、次元の違うどこかを覗いているようで、玉垣は息が止まりそうであった。
「しゃ、社長、・・・それは?」

 片山は、依然黙ったまま、ただ微笑んでいるだけであった。
 次の瞬間、玉垣は彼に引っ張られるように、その黒い空洞へ吸い込まれた。
「社長。何するんです? どこへ?」

 空洞に入る間もなく、ガタッと身体が沈んだ。そこは地下へ下りる階段であることがすぐに分かった。カンカンカンカンとけたたましい音か空洞に響く。
「どこなんです? ここは・・・」
 それにも応えず、片山は黙々と階段を下っていく。

 高垣が躊躇していると、彼の手がいきなり伸びてきた。
 転げ落ちるようにして下りたそこは、薄暗いコンクリートの部屋であった。
(砂漠の下に地下室か? いや、たしかここは会社だった筈だが・・・)
 ココッツ、ココッツ・・・と、硬質の足音が壁に反響した。

 何ひとつない、ただ四角いだけのコンクリートの部屋。ムッとするような暑い空気が澱む。自社ビルとはいえ小さなビルだったから、各セクション毎に部屋割りとそのレイアウトを、引っ越した時さんざん苦労して当てた。だから、ビルの隅から隅まで知っていた。地下室などあるわけがない、絶対に。

 でも、どういうわけかそこにあった。社長だけが知っていたのだろうか。それとも、あの大地震が原因で出現したというのだろうか。玉垣には信じられなかった。
 片山は、向かいの薄暗い壁に向かって、更に歩いていった。

 突然彼は跪き、壁の一点を凝視し始めた。その壁は僅かに黒ずみ、小さな亀裂がクモの巣のように広がっている。黒ずんだそれは亀裂にそって八方に触手を伸ばしているように見えた。
 片山は中腰のまま、クモの巣の中央に手を突き入れた。すると黒いシミが、あっという間に大きくなった。玉垣は、硬直した身体を無理に起こし、下りてきた階段を振り返った。階段は薄暗く、下部の辺りだけが僅かに見えるだけであった。

 片山に悟られないようにと、後ろ向きに一歩二歩と階段の方へ後退りしようとした時、片山が振り向いた。
「しゃ、社長。何か言ってください。一体、何ですかそれは?」

 片山の翁面が、やや苦しげに歪んで見えた。その顔は、玉垣が退社する最後の話し合いの時に見せた顔に似ていた。それは、辞めていく人間に対する一種の恨みのように、あの時は見えたが、今思えば、片山の病状の悪化が原因であったのではないかと改めて思う。

 詩人でもある片山は、ゴルフにも凝っていて、いつも筋肉質の身体を日焼けさせていた。若い頃結核を患って、東京の大学を一時休学を余儀なくされた。快復して復学し、執筆を続けながら、大手の広告代理店を経て今の会社を興した。

 若い頃の経験からであろう、片山はいつも健康には配慮していた。定期的な検診は率先して受け、人間ドックも一年おきに行っていたし、玉垣たち社員にも、耳にタコができるほど、健康には注意された。
 その、神経質なほどに健康に気をつけていた片山が、こともあろうにガンになってしまった。玉垣が退社した1年後のことであった。

「もう上がりましょう、社長」
 玉垣の脇の下から汗が滴り落ち、腕時計に溜まった。暑いような冷たいような、奇妙な感触が余計に恐怖を増幅させた。

 つづく

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