昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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サッカリン、アマミゲン

2008.11.27 (Thu)

アマミゲン.jpg

ひとくちに昭和30年代といっても、育った環境が違うと、生活レベルや、大袈裟に言えば文化そのものにも誤差があるだろう。三つ上の都会育ちの相方に「ひょっとして私より年取ってるんじゃないの?」と言われるのも無理はない。

たとえば、戦後まで配給制であった、砂糖の流通が解禁になった昭和25年(?)以降、都会では既に、一般家庭で使用されていたようだが、ボクの村のようなド田舎では、せいぜい裕福な家庭くらいで、おおむね人工甘味料が主流であった。

人工甘味料は、2種類あったと記憶している。ひとつは、サッカリンで、もうひとつはアマミゲンである。
サッカリンは、いわゆる粗目の顆粒状タイプで、記憶に鮮明なのは、父が発案した自家製のラムネに使用していたことだ。

以前、『井戸はオアシス』でも述べたように、エノケンのコマーシャル「渡辺のジュースの素」が、一般家庭に広まるまでは、父特製の自家製ラムネを飲んでいた。

暑い夏の盛りに飲むラムネなど、仮に一升瓶であっても、あっという間に飲んでしまうので、父がしていた製造方法を見よう見まねで覚えては、自分で作っていたほどだ。

小学生のボクができるのだから、作り方は実に簡単であった。まず一升瓶に井戸水を九分目くらい入れて、そこにサッカリンを入れ、瓶の口を塞いでから思いっきり振って溶かしておく。

そこに炭酸を何粒か放り込んですぐフタをする。サッカリンと炭酸が化学反応して白い泡を出し、フタを押し上げるので、両手で挟んでから更に振ると、ラムネのフタを開けた時のような気泡が、瓶一杯にシュワーと広がった。

もっとも市販されていたラムネやサイダーとは、似て非なるものとしか言いようがないが、それでも当時、清涼飲料水としては画期的と言ってよかったと思う。

一方、アマミゲンは主に料理に使用していた。ちょうどキャラメル箱大の箱に・・・たぶんビニル袋の中に錠剤薬みたいなかたちで入っていたと思う。甘みを必要とする料理の殆どに、このアマミゲンが入っていた。煮物にも、もちろん味噌汁にもだ。

このアマミゲンだが、当時はそれに慣れていたせいか、それほど違和感はなかった。しかし、わが家にも砂糖が使用されるようになって、アマミゲンがいかに不味いものであったか思い知らされた。

配給制の名残りかどうか、知る由もなかったが、お盆や正月の前に村で一括して共同購入していた。普段手に入りにくい食材やアマミゲンなどの調味料である。

そのサッカリンやアマミゲンは、発ガン作用の疑いを指摘されて、1969年、食品添加物の指定を取り消されて、それ以来、わが家の食卓から消えてしまった。

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コメント

No title

こんばんは、いつもどーも。。。
サッカリンは記憶にありますが、甘み源は。。。記憶にはなしですね。
ほんと、記憶力抜群ですね(にこにこ)。味の素は父がよく、漬物なんかに振ってました。
貧乏ゆえ、文化レベルが低くて・・・ね。大学時代に、主人の家に行っても、カルピスや、魚の干物など、お初って・・・心を落ち着かせるのに、しっく八苦でしたね。

No title

ほのぼのさん

あまり「貧しい貧しい」と言うと、親に悪いような気がするので、口にはしないようにしてますが、確かに、相当貧しかったですね。

この「貧しさ」のネタがたくさんあるので、今まで、これだけ「笑える話し」ができたのでしょう。

カレーライスに肉を入れるのを、初めて社会人になってから知ったとか、栄養源が地蜂やタニシだったという話しをすると、みんな引いてました。

でも殆どが貧しかったですよ。村に一人か二人かな。裕福と言える子は。だいたいそんな子はイジメられていました。

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