昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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消えた戦艦大和

2008.12.05 (Fri)

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1945年4月7日、菊水作戦と称して沖縄戦線に向かうため、瀬戸内海を出航した「戦艦大和」は、米国軍の猛攻撃によって、14時23分、鹿児島県の坊ノ岬沖で撃沈された。

敗戦のショックや戦後の混乱を知らないボクたちは、戦争とは殆ど関わりのない山の奥の、のどかな山猿生活を謳歌していた。そんな中でも、時々行き交う米国のジープや、ホロ付きのトラックが、国道をわがもの顔で通過していった。

チューインガムとかギブミーチョコレートとねだることはなかったし、何しろ敗戦の悔しさなど、山猿のボクには知る由もなかった。また、知る必要もなかった。

米国主導型の”自由と民主主義”の精神による、マッカーサーの教育改革は、それまでの帝国主義精神を根こそぎひっくり返したという。しかし、それら教育現場での混乱は、昭和30年代半ばから受けた、ボクたちの時代は、既になかった。

あの時代を知っていた教師はいた筈だった。あの混乱を体験した人も、当然いた筈である。なのに、新時代の教育が見事なまでにカタチを変えていた。さもあの恐怖時代がなかったかのように。

だが今、新たな混乱の時代へ入ってしまったようだ。どこで、何を間違えてしまったのだろうか。

昭和30年代に入ると、米国風文化がボクたちの茶の間へ、怒濤のように押し寄せてきた。誕生日にはケーキを。そしてパン食にコーヒー、チョコレートやアイスクリーム、モンペ姿がスカートやズボンに。極めつけは、それまで全く知らなかったクリスマスである。

日本の多くの家庭は仏教徒であり、わが家もその宗派である真言宗なのに、何故だかクリスマスに浮かれているのだ。今思えば、摩訶不思議と言えなくもない。しかし、子どもたちにとって、クリスマスは実に歓迎すべきものに違いなかっただろう。

小雪ちらつく年の瀬。日本古来からある正月。そのワクワクする大イベントを待たずしての、舶来のクリスマスは、子ども心をも沸騰させる衝撃的なものであった。ボクたちにとって、宗教の違いなど全く関係ないのであった。

あれはいつの頃だっただろうか。初めてのクリスマスだったのか、それとも何度目かだったのか。それは、今の子どもたちには、到底理解できない感動があった。

「サンタクロースがやってくる」と言うのだ。クリスマスには、トナカイに乗ったサンタクロースがやってくる。ボクたちは、そう信じて疑わなかった。今なら、笑うだろうが。

「サンタクロースが来るから、早く寝ろ!」と親が急かせる。がしかし、そう言われるとますます眠れなくなる。何しろ興奮しているのだから。「サンタクロースはどこから来る?」と聞くと、「たぶん、エントツからやろ」と父親が言う。エントツは五右衛門風呂の後ろにあった。

「エントツは細いけど、入れるんやろか?」と言う。苦りきった顔で父親は、「サンタクロースはエントツが好きなんや」と、わけの分からないことを言った。「ふ~ん」とボク。
なかなか寝付けなかったボクは、いつの間にか夢の中であった。

次の朝、ボクの枕元にはきれいに包装した、当時発刊したばかりの少年サンデー(だったと思うが定かではない)が置かれてあった。親ではなく、サンタクロースに感謝した。ページが折れないように、丁寧に捲った。何色かに分かれた連載漫画と、その間にプロ野球のスター選手の写真、ターザンの情報が挿入されてあった。

ジャングルの中を木から木へ飛び移る。百獣のライオンや獣たちが、同じ方向へ走っている絵である。そして情報では、どこか外国の旅客機がジャングルに墜落して、一人の赤ん坊だけが助かった。その子どもは獣によって育てられ、やがてジャングル王になったというものであった。何でもすぐに信じてしまう子どもにとって、これほどの衝撃はなかったろう。

衝撃を受けたターザンより、もっと刺激的なものがあった。漫画に挟み込んであった附録である。二つ折りの厚紙でビニル袋に入っていた。
「戦艦大和」と印刷されてあった。大小切り込みのある数十片のピースの端に、番号が付けられていて、同封の説明書を見ながら組み立てるのである。もちろんセメダインもある。

漫画はともかく、「戦艦大和」の組み立てに没頭した。そして、くる日もくる日も「戦艦大和」を眺めて暮らした。

ところが、三学期が始まったある日、「戦艦大和」が突然、消えてしまったのである。家中探し回ったが、ついに見つからなかった。ショックであった。あれだけ苦心して組み立てたのに、忽然と消えたのである。坊ノ岬沖のできごとのように。

父親は「知らん」と言う。そして三つ上の姉がこっそり言った。「じいちゃんが風呂に焼べた」と。ボクは祖父を憎んだ。それから祖父との長い遺恨の日々が続いた。

暫くして姉は、言い忘れたかのように「漁が、勉強もせんと、遊んでばっかりや」と怒って、風呂の焚き付けにしたと付け加えた。

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コメント

No title

こんばんは
12月になると・・・クリスマス色ばっかりですが、昔は、こんなサンタさんでしたね。
うちは、紙の袋に入った、駄菓子が届けられましたよ。いっつも、変んだ、変だって思ってましたが。。。

No title

ほのぼのさんへ

あの少年サンデー以外の記憶はまったくありません。
たぶん、似た(駄菓子関係)ようなものだったんでしょう。
親が聞くと悲しむんでしょうがね。

大阪の町中は、今、クリスマス一色です。
心斎橋歩いても。
でも、不景気なんでしょう、年々寂しくなります。

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