昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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1.17、呪われた1995年。

2009.01.15 (Thu)

kousoku.jpg

1995年の記憶ほど強烈なことはなかった。
1月17日午前5時46分。
正月気分も抜け切らないその日に発生した未曾有の大災害、阪神・淡路大震災。3月20日の地下鉄サリン事件とオウム真理教の一連の事件。全日空ハイジャック事件と、ソウルのデーパート崩壊で死者512人。

いつか読んだベストセラー「ノストラダムスの大予言」。あのインチキ予言が現実味を帯びてきたと思ったほどだ。
その頃私は、広島の福山という地方で仕事をしていた。長年勤めてきた大阪のプロダクションを退社して、そこに移り住み、2年後のことであった。

寝付きのいい私でも、それが地震であることに気づいた。朝、まだ明け切らない薄暗い部屋の中で。
部屋が僅かに何往復かした。と同時に、コトッと何かが落ちる音が聞こえた。それは、いつもは本棚の上に乗せてあったティッシュペーパーの箱であった。

震度3ほどであっただろうか。たかが震度3とはいえ、軽口を叩けるほど気丈でもないし、地震の揺れに慣れるなどということはない。震度1であろうが、3であろうが、同じ量の恐怖を感じるものだ。

その日の朝、いつも通りに起きた。未明に揺れたことさえ忘れていた。朝食の準備をしている菜緒を横目に、テレビのスイッチを入れる。どこかで起こったらしい大災害のニュースが目に飛び込んだ。それでも暫くは、傍観者のままであった。菜緒もサラダを盛りつけながら、ニュースを食い入るように観る。

高速道路が飴のように捩れて横倒しになっている。上空からの映像は、あちこちから上がる黒煙を映し出していた。要領の得ない報道が、ヘリのプロペラ音に遮られて、何を伝えているのか聞き取れなかった。

カリフォルニアかどこかの町が、また地震にやられているのか? それにしても凄まじい光景だ!と、私はその時まで、まさかこれが日本で起こっているなど、夢にも思わなかった。ところが、上空の映像が徐々にズームアップされていく絵は、まぎれもなく日本のそれであった。
「今朝、揺れてた・・・あれがそう?」
菜箸を持った菜緒の顔が引きつっていた。夢ではなかったのだ。

よほどのことがない限りつけることがないテレビを、事務所に着くなりスイッチを入れる。どの局を回しても、地震の報道一色であった。
仕事も身が入らない。友人たちの安否が気になって、住所録を開いて端から電話しまくった。まったくつながらない。伊丹で暮らす姉の家にもつながらない。勤めていた大阪の会社にも、同じチームで仕事していた友人たち、すべてに電話した、が・・・。

神戸の上空は、真っ黒な煙に覆われている。ガメラが町を襲う、あの映画のように、マッチ箱をペシャンと潰した町並みが。その前で、ただ呆然と立ち尽くす人影が。どこかのグランドに『SOS』の大文字が。グニャグニャに拉げたレールと脱線した電車が。横倒しになった高速道路の切れ端に引っかかったバスが・・・。

ガレキに埋まってしまった道。空襲の焼け野原のような光景。
無惨であった。地獄であった。

数週間後、私は自分の目で現地を確かめることにした。ちょうどその頃、携帯電話拡販のための企画をしていて、取材をかねてはどうかと、下心がなかったとは言えないが、ともかく、友人たちの住む場所にチェックを入れた地図帳と、ノートとカメラをリュックに入れた。レザーコートを羽織り、普段は履かないスニーカーに、マスクとサングラスを入れて。

姫路から鈍行に乗り換え、行けるところまで行こうと思った。明石を過ぎた辺りからは、駅舎が疎らになっていた。長田周辺は空襲後みたいに真っ黒に焼けて、粉塵さえなければ瀬戸内海まで見通せるのではないかと思ったほどだった。

鉄道は神戸が終点になっていた。大阪方面に行くには、西宮あたりまで歩かなければならない。鉄道沿いの道は塞がれていて、歩けるみちはその南側一本である。元あった商店街には、マスクやヘルメットを売っている人がいた。商店街も無惨だ。その両側にあった民家も店も押しつぶされ、高層ビルは傾き(根元から倒れているビルもあった)、きな臭い臭いが漂う。粉塵が遥か上空まで達して、太陽が朧に霞む。

傾いたビルを見ながら歩く。上から何が落ちてくるか、分からないからだ。ただ、傾いたビルを見ていると、船酔いしたような気分になってくる。しかし、上ばかり見ていると、捩れ、捲れ上がったアスファルトにつまずく。

三宮辺りで、以前お世話になった画廊を訪ねようと探したが、通りがガレキに塞がれて入れない。異人館街の知人を訪ねるために、北へ渡る道を探したが、鉄道そのものが潰れ、倒壊したビル群に塞がれて横断する道ひとつなかった。

体験した者にしか分からない、この恐怖。そして悲愴。とても・・・、仮に客観的に思っても、語ることのできない地獄。取材を兼ねてなどと用意してきたカメラもノートも、結局、最後までリュックから出すことはなかった。そんなことを考えていた自分が恥ずかしかった。

延々と東へ向かって歩いた。御影に友人がいる。北へ渡れる場所が数カ所あった。地図を広げてアバウトに見当をつけ、線路を横断した。キョロキョロしてところに、ちょうど出てきた友人Aが私を見つけ、抱きつかんばかりに駆け寄ってきた。目が赤い。一階に寝ていた彼女の祖母が、押しつぶされた家の下敷きになって亡くなったのだという。普段、彼女は亡くなった祖母と同じ部屋に寝るのが習慣で、その日は、たまたま大阪の彼のところに行っていた。だから助かったのだ。

大阪時代に直属の部下であったBは西宮に住んでいる。Bの安否を彼女に聞いた。「大丈夫、生きていますよ、彼は」とAは言った。Bのアパートは45度傾き、窓から脱出。九死に一生を得たという。その後Bは姉と合流して知人宅へ避難したのだった。

「元気村」でボランティアがやっていたカレーを食べ、東へ向かった。武庫之荘には、画家でもある中国の友人がいた。だが、心配した通り不在であった。その住宅は古いせいか、例に漏れず半壊状態であった。ところが運良く彼は、中国の旧正月で帰国していたらしかった。

伊丹に住む友人カメラマンも、どうやら無事であった。しかし、そのカメラマンの同僚は悲惨であった。その人の祖父母は、倒壊した家屋の下敷きになり、更にその家に火が移り二人とも焼死したのだという。

とにもかくにも、私の友人知人は全員無事であった。そのことは不幸中の幸いと言えるだろう。
今は、あの未曾有の大震災がなかったかのように、町は復興している。しかし私は思う。地震の巣の上にある日本列島。阪神・淡路大震災はたまたま起こったのではない。やがて、必ずあるだろう「南海」を、私は思う。

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コメント

No title

こんばんは♪
そうでしたか・・・夏海さんは、大阪だから、きっと、震災を経験されたんだろうなって、いつか、聞いてみようと、思ってました。
うちのほうでも、震度3強ぐらいだったかと記憶しております。
私だけが、眠気もあってか、変に覚めたような行動をとって、
ボケていたのを、いまだに、笑い話にされています。
主人は3ヶ月間、出かせぎに?
神戸支局に行ってました。
空気が悪いので、気分まで悪くなってきてましたね。
いまでも、大阪、神戸、西宮、尼崎、など、お客さんは、震災では、大変だったことを話されますね。

No title

ほのぼのさんへ

6434人の犠牲者が出たというのに、運が良かったなどと、口が裂けても言えませんが、ともかく大阪にいなかったから助かったのかも知れません。

あの頃はよく会社に泊まり込みで仕事してましたし、ダンロップの仕事していて、しょっちゅう神戸(摩耶方面)に通っていました。

あの大震災でダンロップ(住友ゴム)の本社工場が全壊して、茨城(関東の)に移転したくらいですから。
あの後、人伝に聞けば、ダンロップの工場周辺にできていた多くのお店は、工場の移転とともに「夕張」化したそうです。

そうでしたか、ご主人も神戸に?
怪我などされませんでしたか?

No title

こんばんは♪
あの日1.17から・・・民宿もキャンセル続出。ペケ印だらけでしたね。
関西テレビの豊岡駐在ですから、神戸支局の応援で、しかも、デスク補助?という、中途半端な存在ですが、3ヶ月の間、神戸に行ってました。
震災の悲惨さをひしひしと感じるとともに、
瓦礫で、にごった空気に、気分が悪くなったりしてましたね。
一晩帰ってきたら、フィトンチットだと、深呼吸ばっかりしてました。
そんなこともあったなあと、また、思い出してます。
もう、14年経つのですね。

No title

「フィトンチッド」って久しぶりに聞きました。懐かしい。私の周辺にはまったく、そういう場所がありません。外で、下手にそんなことをしようものなら、喘息にでもなりそうです。

ご主人は関西テレビにお勤めでしたか?
たまたま今朝、テレビを観ていて、政府がやった「アスベスト」調査は、全部嘘だったと聞いて、またかと思いました。

太陽が被るほど粉塵が舞っていたわけですから、アスベストも大量に混じっていてもおかしくない。
私も、まる一日その中にいたので、ひょっとしたらあと十年後には症状が出てくるかもしれません。

ご主人も、キチッと検診受けられた方がいいですよ。


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