昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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目覚めた時。

2009.02.14 (Sat)

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女の子に興味を持ち出したのがいつの頃だったか、よく憶えていない。たぶんそれは、小学校に通い始めて、男と女に性別があると知らされた時からではなかったかと思う。

担任教師が読み上げる出席簿には、男子が最初に50音順に並べられ、その後に女子が並んでいた。どうして男子から始まるのか、その時は、そのことについては考えることもなかったが、今思えば、あれは男尊女卑の名残りではなかったか、そんな気がしている。

昔の家庭では、今ではとても考えられないことが、まかり通っていた。他人の言葉など一切受け入れず、持論を無理に押し付ける頑固な祖父を頂点に、男尊女卑を絵に描いたような家庭に育ちながら、ボクは、男と女の上下関係を、まるで他人ごとのように見ていた。

学校でも、最初はそうであった。男女平等、民主主義の意味が、ようやく浸透しようとしていたこの時代、長きに渡る、男女の屈折した立場が、特に古い世代の中では如何ともし難く、時代の流れへの屈辱と葛藤に翻弄されていたのではないかと思う。

一方で、男女平等だから男女共学などと、ことさらのように口にし、また、自分に言い聞かせるかのように、二つ並べられた机には男子と女子がセットで座らされていた。どこか違和感を覚えながらも、とりあえず建前だけは守ったという形跡が窺える。

だが、息づかいがモロに聞こえそうなすぐ隣に、自分と違う人格がいるというだけで、意識しないわけにはいかなくなった。

不必要なほどの意識がそうさせたのは、我が家の家庭環境が大きな原因ではなかったかと思う。茶の間では、それは顕著に現れていた。まるでピラミッドの頂点に君臨する祖父が、いわゆる上座にデンと座り、その両側には父と叔父、そして小学校に入ったばかりのボクが座る。

母は、土間に近い板間の端に、姉と妹は一応、畳の間であっても隅の方へ窮屈に並んで座らされていたのだ。そんな家庭環境だから、異性に対するほのかな感情や、夫婦の問題など、一言も発する者がいなかった。

そういう厳格で屈折した環境と、建前とはいえ男女平等という学校生活の、両者のギャップを毎日往復していた。だから、おのずと異性に対する抗体のようなものを得ぬまま、時を過ごしてしまったのだろう。俗にいう「オクテ」というやつである。ボクは子どもながらに、女の子の存在に過剰なまで、意識と扱いに悩んでいたと思う。

「性」教育というものは、その頃まだなかった。しかし、人の子を教育する立場にある教師にとって、「性」の違いを教えることは、避けて通ることはできない問題。それは、さも事務的に客観的に、そして淡々と、しかも大まかに知ることになった。理科の授業として。

誰かが言った「女は子どもを産む機械」ではないけれど、その辺りからの説明でスタートしたと思う。男女それぞれの人体模型や、医学書によく出てきそうな写真か絵を黒板に貼り付けて、その「違い」を、苦渋に満ちた顔をしながら。

閻魔のような祖父、大人しい父と叔父、真面目しか信じず、極端に潔癖性の病身の母。そんな家庭だから、家には新聞や父の趣味の絵画集以外の書物は、「家の光」と、その附録らしい「家庭の医学」らしきものしかなかった。”エロ”に関する書物の一切なかった。ある筈がない。その存在すら知らなかった。

問題が起こったのは3、4年生の頃であった。着ている服や色の違いでしか、性別をしていなかったボクは、次第に丸っこくなり、洗濯板みたいだった胸が、みるみる曲線を帯びて、声も明らかに変わったのを目の当たりにした時からだった。

これには、さすがのボクも驚かずにはいられなかった。昨日まで平気で一緒に遊んでいた相手と、遊べなくなった。去年の運動会で、手をつないでフォークダンスしていたのに、女の子に手を触れるだけで、電流が走る思いをしたものだ。

その時初めて、あの理科の時間に黒板に貼り付けられた絵の持つ意味を知った。丸っこくなっていく女の子を遠目に見ても、廊下を歩く女先生の後ろ姿を見ても、それまで正常に営まれていたと思われる自分の生活が、このことによって大きく蛇行していった。

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コメント

No title

こんばんは♪
オクテ・・というのは、もっともっと、遅い発情(ちょっと、いかがわしい?)ではなく、めざめではないのでしょうか。
夏海さんは、早いよ。
私は中学かなっ。

No title

こんにちは、ほのぼのさん。

この話し、まだ途中です。
オクテっていう言い方は漠然としていて、捉えようによれば、ほのぼのさんの言うのが正しいのかもしれません。しかしこの言葉、ある程度成長した時に言う言い方なのでしょう。

ひょっとして、何回か続くかも知れません。

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