昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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里の風景。

2009.05.11 (Mon)

かつて我が家の畑の端にビワの大木があった。35年前の引っ越しの時に、その木は切り倒されてもう影も形もないが、祖父の時代に植えられ、引っ越し当時は樹齢50年を超えていたという。幹の太さは子どもが一抱えできるくらいあって、10m以上の高さがあったと思う。

毎年成るがままにしていて、果肉が小さく、お店で買うそれよりは半分ほどの大きさしかなかったが、香りも糖度も濃厚であった。毎年、梅雨時に花をつけ秋口にはたわわに実をつけていた。

gumi.jpg


春来川に沿って200坪以上の畑があった。畑の周囲、つまり春来川の川岸には、ビワの大木を挟むようにビックリグミの樹列と、数種類の柿の木、そして梅や桃の木があり、川岸には石垣イチゴの実が、この時期真っ赤に染めていた。
5月から6月のイチゴのシーズンを過ぎて、梅雨時から台風が到来し始める頃、ビックリグミの赤い実が、それこそ畑を鮮やかに染めた。

ちょうちんグミ(グーズベリーのこと)もこの頃実る。プチッと弾けて中から滲み出る果汁の酸っぱさといったら、想像しただけでも唾液腺全開である。そのまま食べることはあまりない。主に氷砂糖と焼酎に漬けて果実酒にするのだ。
夏が始まると、畑には色とりどりの野菜や果物が、次々と実を結ぶ。秋の実りの最初に、ビワの黄色い実が結び、そして間もなく、一番早い花ゴショウ(柿)が食べ頃を迎える。

我が家の北の便所のすぐ外に、柿の大木があった。その柿も祖父の時代から継木して育てたものだった。根元から大きくV字型に分かれていて、一方は花ゴショウ、もう一方は花ゴショウが終わる頃にようやく食べ頃を迎えるコブ柿であった。

コブ柿は平たい花ゴショウと違い、やや尖った形をしている。花ゴショウは熟すとすぐに落ちてしまうが、コブ柿はいつまでも固くて甘く、正月を過ぎても実をつけていた。

コブ柿の枝は、ちょうど二階の軒先あたりから水平に伸びていて、縄を結びつけてターザンごっこやブランコなどで遊ぶには、打ってつけの枝振りであった。猿のように高い枝までよじ上り、飽きるまで柿を食べる。そしてターザンごっこにふける。あるいは柿に食らいつきながらブランコ遊びをする、そんな日常であった。

話は脱線するが、ビワの実で思い出したことがある。後年、大阪のプロダクションに勤めていたある年、仲間数人と京都の小浜へ釣り旅行した。会社にそのまま泊まり込み、未明にクルマで出発した。仕事でヘトヘトに疲れていたが、遊びとなれば別人になれる若さがあった。白々と夜が明ける頃、若狭本郷の青戸大橋を渡っていた。犬見崎を後に大島半島の東を北上、金崎を北へ回ったところでクルマを降りた。

濃紺の空と鏡のように光る眩しい海。抜けるような水の蒼さ。複雑に入り組んだ岩にしっかりと根を下ろした海藻、そしてそれに戯れる魚たちが疲れを忘れさせた。
早速、釣りの準備に取りかかった。しかし、それより先に仲間たちは、宴会の準備にかかっていた。バーベキューのセットを開けて火を熾し、クーラーボックスから酒を出してから、やっと釣り竿に手をかける。釣りはプロに任せて、どうやら宴会が主目的であったらしい。

数百メートル先には、筏の列が光る波間に浮かんでいた。狙いの真鯛でもヒットしたのだろう、時折、歓声が潮騒に共鳴した。
コンディションは抜群といっていい(見える魚は釣れないともいうけど)。これだけ水が美しくて、暖かくて、釣り糸を入れた瞬間、イレ食いだと誰もが信じて疑わなかった。仕掛けを付ける手がもどかしいくらいに震える。バーベキューの準備は完璧だ。後は太公望の出現を待つのみであった。

だが、一向に手応えがない。流行る気持ちを抑えてウキの位置を変える。イソメをシラサに変えた。
ウキが沈まない。複雑な岩礁に針を取られて地球を釣る。大物かと思えばワカメであったりと、イライラがつのるばかり。
やっとヒットしたと思えば、掌サイズの”骨皮筋エ門”である。
筏の連中が恨めしい。

biwa2.jpg

酔っぱらいたちは酒を片手に、のんびりと釣り糸を垂れる。”骨皮筋エ門”を網に乗せて、チビチビとやっている。
ボクはその頃から催し始めていた。我慢の限界が近づき、海岸沿いの雑木林へ飛び込んだ。何を考えていたのかよく憶えていない。それはたぶん、アングラーからパラダイス指向へのレボリューションだったかも知れない。ふと見上げると眼上に、野生のビワがたわわに実をつけていた。ボクは次の瞬間、その木によじ上っていた。

果肉は思いのほか薄いが、香りといい甘さといい抜群であった。行きがけの駄賃とばかりに、両手に抱えて仲間のもとへ戻った。実は冷やした方が美味しいと知っていたので、空き缶だらけのクーラーボックスに放り込んだ。ところが、誰もそのビワに手をつけることはなかった。

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コメント

No title

最高の環境で育ったんですね~
子供のときは自然で遊ぶのが一番!
僕もターザンごっこやりました~~。
ハチの攻撃に遭ってボコボコにされた思い出がありますよ。
その時は高い木の上から落ちるように降りて来た、
と弟の目撃談・・・。


クーラーボックスのビワ、もったいない。。。
いま高くて高級品なのにね。

No title

DAIKさん

子どもを育つには素晴らしい環境でしたね、今思えばですが。
子どもは野生児として育てるのが一番です。
ハチには毎年攻撃されていました。
もちろんスズメバチとかキイロスズメバチ、ミツバチ、その他いろいろ。
だから、ボクには既に抗体があるんです。


No title

こんばんは♪
子供時代をすごした、春木の家を去るのは、寂しいものがあったでしょうね。
しかし、ずいぶんやんちゃな子供時代でしたね。湯村での、私もおんなじかもしれませんがね。
今の子供にさせてやりたいことばっかりしてきましたよね(笑)

No title

スズメバチに頭を刺された時は
ぶん殴られたような衝撃でした。
夏海さんにもあるんですね~~

小学3年の夏はアシナガバチに全身8カ所刺され、
金●も刺され~~~、それ以来、腫れが引きません(笑)
夏海さんも?

No title

ほのぼのさんへ

寂しいというのとはちょっと違うんですが、そう、残しておきたかった心の古郷を失って「惜しいことをした」って気持ちでしょうね。

気に入った場所(田舎)に住んでいれば、自分の好きなように、DAIKさんのような秘密基地にできるわけですから、素晴らしいですよね。ほんと。

今の子どもからケイタイを取り上げたら、何もすることがなくなるかも。ケイタイのない生活って、たぶん考えていないと思う。ひょっとして、ショックの末、自殺するかも。

No title

DAIKさんへ

ヒョッヒョッヒョッヒョ・・・
シナガバチに全身8カ所刺された?
それで生きてるわけですか?
運が悪ければ、死にますよ。
ボクは、金玉に刺されたことはありません。
他の場所は仕方ないとしても、あれだけは死守します。


No title

昔のわが家にも、ビワの木があって冷やして食べてた記憶があります。(冷やす…といっても、氷冷蔵庫の時代だったけれど)

記憶では、見事な果実にもかかわらず、種が大きいこと。ま、これが不満といえば不満なのかなあ。いいんだけれど。

ビワの木に、木登りしたかどうかは定かじゃない。立派な木じゃなかったからでしょう。


ところで、以前、話題にのぼったかもしれませんが、ビワの木って、なぜか便所の近くにあったような記憶があるのですが…。このぼくの印象はなぜなのか。わかったら教えてください。

ははははは…。

No title

nineupさん、久しぶりでんな!

氷冷蔵庫の時代?すごいな、それ。
そうそう、ビワの実の種って大きいですな。野生種であれば、実の殆どが種みたいなもん。でも、売ってあるやつよりもグンと甘いです。

10何年か前に広島に行ってたことがあって、借家の庭にビワの種を蒔いたんですが、それがぎょうさん芽を出して、あっちこちに植え直しました。今もし残っていたら、もう立派な木になっているでしょうね。

ビワの木が便所?
いやー、それはよく分かりません。
普通は南天とか万年青(オモト)、果樹であれば柿の木ですか。南天も万年青も、風水でいう「鬼門」にあたる場所で、邪気を祓うためのもとされています。
柿の木も確か、そのように聞いています。
でも、ビワの木はどうかな?

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