昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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都会の道草(その6)

2009.07.12 (Sun)

近松像.jpg

近松門左衛門像

 この世の名残り、夜も名残り。死に行く身をたとふればあだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く夢の夢こそ哀れなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、金の響きの聞き納め。寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり。鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の面北斗は冴えて影うつる星の妹背の天の河。梅田の橋を鵲(かささぎ)の橋と契りていつまでも、われとそなたは女夫星。必ず添ふとすがり寄り、二人がなかに降る涙、河の水嵩(みかさ)も勝るべし。心も空も影暗く、風しん と更くる夜を、星が飛びしか稲妻か、死に行く身に気も冷えて、「アヽ怖は。いまのはなんの光ぞや」「オヽあれこそは人魂よ。あはれ悲しやいま見しは、二つ連れ飛ぶ人魂よ。まさしうそなたとわしの魂」「そんなら二人の魂か。はやお互は死にし身か。死んでも二人は一緒ぞ」と抱き寄せ肌を寄せ、この世の名残りぞ哀れなる。初は涙を押しぬぐひ、「ほんに思へば昨日まで、今年の心中善し悪しをよそにいひしが、今日よりはお前もわしも噂の数。まことに今年はこなさんも二十五の厄の年、わしも十九の厄年とて、思ひ合ふたる厄祟り、縁の深さの印かや。未来は一つ蓮(はちす)ぞ」とうちもたれてぞ泣きゐたる。徳兵衛、初が手を取りて、「いつはさもあれこの夜半は、せめてしばしば長からで、心も夏の短夜の、明けなばそなたともろともに浮名の種の草双紙。笑はば笑へ口さがを、なに憎まうぞ悔やまうぞ。人には知らじわが心。望みのとほりそなたとともに一緒に死ぬるこのうれしさ。冥途にござる父母にそなたを会はせ嫁姑、必ず添ふ」と抱きしむれば、初はうれしさ限りなく、「エヽありがたい忝い。でもこなさんは羨ましい。わしが父さん母さんはまめでこの世の人なれば、いつ逢ふことの情けなや、初が心中取沙汰をあすは定めて聞くであろ、せめて心が通ふなら夢になりとも見て下され。これからこの世の暇乞ひ、懐しの母さまや、名残り惜しやの父さまや」と声も惜しまずむせび泣き。「いつまでかくてあるべきぞ。死におくれては恥の恥。いまが最期ぞ。観念」と脇差するりと抜放し、馴染み重ねて幾年月いとし可愛としめて寝し、いまこの肌にこの刃と思へば弱る切先に、女は目を閉ぢ悪びれず、「はやう殺して殺して」と覚悟の顔の美しさ。哀れをさそふ晨朝(じんちょう)の、寺の念仏の切回向。『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』を迎へにて、哀れこの世の暇乞。長き夢路を曾根崎の、森の雫と散りにけり。



近松お墓.jpg

近松門左衛門の墓


これは、近松門左衛門の「曾根崎心中」天神森の段である。
「曾根崎心中」は、醤油屋の手代「徳兵衛」と曽根崎新地の遊女「お初」の心中物語である。心中物語それそのものには何の興味もないが、近松門左衛門の文学世界には興味がある。

それで今回、近松門左衛門の資料館に、初めて足を運んだ。
阪神尼崎周辺は以前何度か行ったので、簡単な案内地図があればいいだろうと思い、最近開通した阪神難波線に乗ったのだが、阪神尼崎駅を降りて早々、迷子状態になってしまった。

要するに、持って行った地図の中には阪神尼崎周辺が入っていなくて、現地、つまり近松門左衛門縁の地からどの位置にあるのか分からなくなったわけだ。(鈍臭い話し)

当然のように地元の人に訪ねるが、全く要領をえない有様。地元の名士である近松門左衛門も、曾根崎心中さえ分からない人がいたというのには驚いた。(もちろん、駅の案内図にもない)

仕方がないので駅前の公園の高い所で周囲を眺め、方角をアバウトで確かめて歩き始める。昨日雨が降るとニュースでは言っていたのに、兆しもない。それどころか、真昼の太陽が容赦なく照りつけた。

アルカイックホール横の庄下川の遊歩道をひたすら北へ。県道13号線に沿って更に北へ。ようやくJRの尼崎まで来ることができた。そこから先は持ってきた地図に入っているから迷うことはない。

JRの鉄道沿いに東へ歩くと神崎川にブチあたる。その川に沿って更に北へ進む。山陽新幹線と交わるところに「遊女塚」があった。


遊女塚.jpg

遊女塚

摂津名所図.jpg


ここから先は町家の中の細い路地を、延々と歩いた。
歩くこと1時間半。ようやく目的地が見えてきた。歩き始めてここまで約10キロであった。JRの塚口までくればすぐだったのに、阪神に乗ったばっかりに、10キロも歩くはめになってしまった。
まあ、手軽なダイエットということで。

近松門左衛門については、非常に長くなるので、別の機会にします。
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コメント

No title

こんばんは♪
歩くこと10キロとは、よいダイエットになったでしょうね。汗も沢山出て。。。。
昔の物語を、想像しながらの旅?はいいですよね。
私も先日の奈良行きにはそうでした。
歩いても歩いても、目的地に着くまでがんばりましたから。。。
で、何キロ、減りました?

No title

こんばんわ ♪

近松門左衛門って 名前
しってましたが くわしいことは ぜんぜん
わかりませんでした。

さっき 検索で みてみました。
当時は 事件があると いまの
ニュース 速報みたいに 人形浄瑠璃
とかに すぐ なったって、、 
この 曽根崎心中の劇(?)のおかげで
かたむいていた なんとか座は もちなおした って。


それにしても この 流れるような5.7調
あらためて 読んでみると 
すばらしい。

No title

ほのぼのさん

500gほどはダウンしてましたがね、
夕食で、元に戻りました。
これだけ歩いても、変わらないと
何をやったらいいのですかねぇ。


No title

りんりんさん

物語は暗いし怖いんですが、想像力を掻き立てるには素晴らしい物語です。とボクは思います。

この物語の現代語版(浄瑠璃本ではなくて)のものを探してるんですが、まだ見つかってません。

いやはやドッキリだ

教科書的には、名前と作品を覚えさせられたので、きっと有名な人なのだろうと言うぐらいの「おバカ」ぶりです。江戸ブーム、地域観光ブームなどの流れで解釈すれば、貴兄が歩いた距離ぐらい「文化」をどぶに捨てている「大阪文化」の底が見られて面白かった記事だす。
「声に出して読む」ブームに習って、浄瑠璃の音曲はわからねど、謡ってというか「唸ってみたら」我が家の娘ネコが定番の涼み椅子からどこかへプイと姿をくらましてしまいました。やれやれです。
声に出すとやはり、文章というかコトバの面白さが重なりあい、遊女と手代の道行きの物悲しさは、男女の仲に薄くなった現代人の私くしめにも、ちょっぴりとだけわかった気がいたします。

近松は週刊誌のルポライターとしての能力があったのでしょうな。底辺社会での男女の「結びつき」を暴き、江戸文化の何かを今に伝えたと、思います。

前回の街角の喫茶店の看板。
今回の道行き。
日常の何気ない暮らしへの鋭い匂いと視点には感動いたしました。長々とお許しを。

No title

中年不良探偵団さん

浄瑠璃はボクも、生で観たことはありません。テレビの中継ならありますが。
歌舞伎よりもむしろ、浄瑠璃とか狂言がボクには合っています。どちらにしろ一度、生で観たいものです。

>近松は週刊誌のルポライター
なるほど、そう言えばそうですね。
昔も今も同じだということになりますか。


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