昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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晴れ、のち、ARASHI。

2009.08.13 (Thu)


本来なら、嵐の前の小豆島旅行から始めるべきところ、
諸事情により、今回に限り我が家(実家)を襲った、
台風9号に触れたい。

tanbo.jpg

8月7日8日の小豆島の旅行は、姫路でヨメと別行動。
ボクだけが実家へ寄り、翌9日、古い友人の待つ浜坂へ。
その日は朝から雨であった。

台風9号。
それは室戸岬の遥か沖を、ゆっくりと東へ進路をとっていた。

確率的には台風の目の東側に雨、反対側に風と聞く。
だから、山陰の最北端であるそこで、こういう体験をするなど
思ってもいなかった。

ともあれその日は一日中雨であった。
夕方、雨の中を友人F氏にクルマで送ってもらい、
その晩の宿泊先へ、

翌朝のことだった。
朝食時に、女将さんから「今日、どうします?」と聞かれ、何のことか分からなかった。
前夜から一切テレビを観ていなかったからだった。
要するに、自分が今おかれている状況が分かっていなかった。

事態は、『自力で動けない』ということであった。
台風の影響で鉄道の上下線とも不通で、道路のあちこちで
崩落などの危険があるらしいのだ。

しかも、ボクの持っている携帯電話ときたら、今や骨董品的
(プレミヤ価値?)な代物であって、友人ともやりとりはおろか
実家への連絡もできない、ただの荷物であった。

ニュースによれば、兵庫県佐用市の被害が大きく、
朝来市、宍粟市と、被害が拡大しつつあったが、
我が家のある朝来市の映像はまだでてこない。
ということはつまり、被害が少ないのか、
あるいは情報不足なのか?である。

動けない、連絡がとれないでこまっているボクに、
女将さんが提案。
無理を承知で、昨夜のF氏に頼んでみることに。

既に約束があったF氏は、状況の悪さを考えて事前の約束をキャンセル、ボクの方の緊急事態を優先してくれた。
有り難い。これほど友人が有り難いと思ったことはない。
(演歌大好きさん、有り難う!)

友人を偽装した友人は、今までたくさん見てきたが、
本当の友人は、モノや金や仕事などで作れるものではない。
改まって言うことではないが。

ともあれ、往復4時間近い道のりを、嫌な顔ひとつせずに
送っていただいたF氏のお陰で、我が家に辿り着くことができた。
道中、小規模ながら何カ所もの崖崩れ後があり、
茶色い液体をドクドクと吐いていた。

「エラいこっちゃで。寸でのところで流されるとこやったで」
オヤジの第一声だった。
日本のあちこちで起こっている、台風や集中豪雨による
土砂災害はテレビのニュースで度々目にする。
しかし、実際目の当たりにするなど思ってもいなかった。

ズドンと抜け落ちる山の斜面、そこから流れ落ちる土石流。
道に流れる、川に集まる、川が怒り狂う龍のように
渦を巻き、いともあっさりと護岸を削る。
削った土石を巻き上げ、再び青い水田へまき散らした。

帰省の度に歩く河川公園は、川の一部と化している。
僅かに鉄棒が残っているが、他の遊具は跡形もない。

川から押し上げられた土砂が、波を打って公園脇にある畑へ伸びる。
つい最近まで、朝な夕に収穫していた野菜が、忽然と消えた。
農機具小屋が前後左右ひっくり返ってペシャンコになっている。

hatake-before.jpg

解体前の小屋

hatake-after.jpg

撤去作業が終わって

ジャガイモ、タマネギなどの保存食が流され、農機具が埋まり、
色んなものが流れ着き、大事なものが濁流の中へと消えた。
耕耘機が潰れ、潰れたどこかの家の機械が流れ着き、
その上に、更に土砂が積もる。

畑の中に、点々と白い腹を見せる川魚がある。

運とか不運の間には、ある種の偶然がある。
たとえば、我が家の真前にある燐家の作業小屋があったお陰で
上からの濁流がそこで別れ、家の両サイドにある側溝で流れた。

我が家のすぐ近くにある小さな橋は無事であったが、
2キロ下の大きな橋(写真)は、2河川の合流地点という不幸があった。
つまり、我が家の周辺は比較的被害は小さい方であったが、
橋が崩壊した周辺の町の被害は甚大である。

hashi-1.jpg

hashi-2.jpg

帰る早々、作業着に着替え、土砂に埋まった畑へ。
潰れた小屋の解体撤去作業は、どしゃぶりの中で行われた。
土がまだ柔らかい内にと。
もともと6帖分ほどあった農機具小屋である。しかも潰れ方が
複雑であるから、どこから手をつけたらいいのか、である。
80半ばのオヤジにはチカラ仕事は無理である。

そうして、まるまる1日かけて小屋の解体が終わった。
こうなったら、建てるよりバラバラにする方が難しいと言われた。
なるほど、そうかも知れないな。





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コメント

No title

タイヘンだったんだなあ。

でもまあ、無事でよかったね。

No title

5分電話が遅かったら私は居ませんでしたから!!!それしても 台風ということまで忘れていましたね。本当に送って良かったと心から思いました。まさか あんな大きな被害が出ているとは想像してませんでしたから!!!お疲れ様でした。

No title

nineupさん

両親が無事だったことも、その前にF氏に出会えたことも家に辿り着けたことも、全部幸運だったのでしょう。

No title

fumiko1177さん

ありがとう!感謝してますよ。
あの時は、佐津の駅でひたすら待つ覚悟でした。
でも、実家が心配で落ち着かなかったのも事実。
本当に助かった。

No title

こんばんは、タイヘンでしたね、おつかれさまでした。
F子さんの機転には感謝感謝でした。
よかったです。
ご両親、どんなにか、心丈夫だったことか。。。。痛みいりました。
ところで、携帯・・・変えた?

No title

いい時にというかタイミングよく実家にたどり着けてよかった。
ご両親もどんなにか心強かったことでしょう。
すごい雨でしたからね、ご無事で何よりです。

No title

ほのぼのさん

確かに大変な目に遭いましたよ。
上の写真の壊れた橋の周辺地区は、土砂が床上まで埋まってて、全身ドロドロの住人たちが、途方に暮れた顔をしてました。
F子さんには感謝してますよ。送ってもらう道中、何カ所も危ない所があって、こういう時、運の悪い人は巻き込まれるんだなんて、ビクビクしながら帰りました。
あの朝、F子さんに電話する前、ほぼ佐津の駅でひたすら開通を待つ覚悟してました。でも、帰れてよかった。

No title

ほのぼのさん

そうそう、携帯まだです。
こっちでは不便はないので、こういう旅行する前までには変えますよ。へへへへ・・・。

No title

DAIKさん

こんな経験は初めて。
これで最後にして欲しいですがね、まったく。

オヤジたちも喜んでました。
なんとか泥の柔らかい内に、大部分のことができたのでよかった。今年、この畑は諦めて来年のために年寄りができる範囲でと。それでもね、積もった土砂を取り除くのは大変ですが。

No title

大変だったんですね。

 テレビとかで 被害のようすは みることはあっても、 実際には
経験したこともないので、なんですが 写真をみせてもらうに、 すごいことが おこったんだ。。。と


畑の 作物も 全部だめになってしまったの・・
でも うまちゃんが いてくれたから おとうさんも 心強かったでしょうね。

No title

りんさん

水の怖さをあらためて知りましたよ。
水は有り難いけど、同時に怖い。
すぐ隣の町で、ひとり亡くなりました。
それで、町のお盆祭りが中止に。

それどころではない。
家の修理、農地の修復に年寄りたちは大変だ。
ウチは小さな畑ひとつだけでしたから、
被害は小さいですが。

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