昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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小豆島(8月7日)

2009.08.18 (Tue)


台風被害のお陰で、小豆島でのことが前後してしまいました。
甚大な被害があったすぐ後で、当事者のひとりとして
最初に、楽しい旅を語るのが不謹慎に思われたのです。

さて、遡って8月7日。
早朝一番(8時)南港発のフェリーで、小豆島の南東・坂手へ。
初めて島へ降りて、最初に感じたのは、頭で想像していたのと
随分違っていたことだ。

[高画質で再生]

tosakate.MOV

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(南港から坂手へのフェリーで)

それまでは、ゆったりとしてのどかな風景が広々としていて、
オリーブ畑の隙間から砂浜で釣りをしている人が見えたり、
三角帆のヨットが港に係留している風景を想像していた。

でも、フェリーから見た風景は、案外険しい山が、
海岸のすぐ傍まで迫っていることや、
平地が少なく、海岸線が複雑で起伏が激しかったことだ。

周りがすべて海だから、どこからでも汐の香りがするし、
明るくて(実際は暑かったが)のんびりしている風景は
想像通りだった。

坂手からすぐに路線バスに乗り換える。
が、都会のようなわけにはいかない。
1時間に1本など当たり前。
下手をすると2~3時間に1本のところもある。

坂手港から土庄(とのしょう)港行きのバスで草壁港で降りる。
草壁港からは寒霞渓へのバスに乗り換えるが、
案の定、約1時間待ち。
港近くの茶店(ここしか開いてなかった)で昼食をとることに。

[高画質で再生]

kankakei.MOV

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(寒霞渓)

kankakei03.jpg


紅雲亭(終点)からはロープウェイで寒霞渓へ。
寒霞渓は、言うなら景林をものすごく小さくしたような風景だ。
急勾配のそこを10分足らずで上がると、
まるで墨絵のような世界が広がっていた。

kankakei01.jpg

kankakei02.jpg

(寒霞渓の上から見ると墨絵のようだった)

[高画質で再生]

tukutukubousi.MOV

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コメント

No title

こんばんは♪
むか~~し、寒霞渓、行きました。
ほとんど、記憶に残ってませんが。。。。
お~~おとか、あ~~とかって、叫ぶ、
夏海さんが浮かびます。

No title

ほのぼのさん、こんばんは。
行かれましたか、寒霞渓。

実はヨメが是非にと言うものですから行ったのですが、ボクは秋ならいいだろうなと。
ちょっとくらいなことでは、あまり感動しない歳になったのですが、頂上の墨絵みたいな風景にはしばし見とれました。

やはりスゴ腕と感心なり

訪問ありがとう。
やはり動画は有効に使うと臨場感に溢れて、行った事がない場所でもなんだか楽しくなれます。墨を流したような風景写真、お見事です。

例の高村光太郎のアトリエは、自転車で行く距離です。今は亡き中西画伯の家の裏だった。2・26事件、雪の中をカエルの詩人、草野心平氏がやって来たという、何かを読んで興味を持っていた訳で、歴史的に激写(今まで誰も写してはいない)したのがワタシと悦にはいっています。

螺旋階段のアパート。手入れは良くされているようです。時代は不明。明かり取りの窓のスタイルがモダンだなと思い激写です。今でも実際に住人がいる。どんな人びとの暮らしがあったのか、興味深深です。

No title

慣れてくると欲張ってしまいます。
1、2点くらいがいいのでしょうが、
ついつい点数が多くなってしまいます。
悪い傾向です。

中西画伯といいますと、立太氏ですか、繁氏、それとも利雄氏ですか?
中西利雄でしたら、小磯良平氏の親友でもありますね。小磯良平氏は好きでしたよ。小磯氏でしたらこの洋風アパートが似合うかもしれません。



No title

☆ うまちゃん こんばんわ

小豆島は いったことありません。
いま、地図みながら、 うまちゃんの 行ったあとを たどってみました。 ほとんどわかったんだけど、
南港発のフェリー ってかいてある
南港だけが でてなかった。
大阪の近くなんですか?

小豆島は 星ケ城山ってのが 
817メートルって。
かなり高い山があるんだね。ちょっとくらいなことでは、あまり感動しない歳になったのですが
って うまちゃんかいてあるけど。。わたし うまちゃんよりも
歳うえだけど~~~ちょっとのことで 感動しちゃったりする~~~
ははh

中西利雄画伯です。

中西利雄画伯です。
短いフランス遊学で印象派を学び、日本に戻り水彩画での独自の境地をとがんばったようです。戦前の競馬場の絵は評価も高い。
残念ながら「絵書きさん」は長生きしないと作品評価も勲章も現世では受けられない。あまり大きくない住まいでしたが、側にアパートを経営されている様子だった。
アトリエ維持も税金の関係で大変だろうなと思う。

No title

りんさん、おはよう。

南港は正確に言うと「大阪南港フェリーターミナル」。
大阪の南西の海の中の人工島で、近くにはWTCとかATCなどの巨大な箱ものがあります。

817メートルの山があったんだ。
あんな小さな島なのに、たぶんまだ誰も入ったことのない山があるのだと思う。険しすぎて入れないのでしょうね。

感動というのないことはないですがね、小さい頃に「男は泣くものじゃない」と祖父に言われてきましたから、感情を抑える癖がついたんでしょう。きっと。

No title

中年不良探偵団さん

中西利雄氏のアトリエに高村光太郎が移ったのは、たぶんボクが生まれた頃かなって思います。
中西利雄、小磯良平、猪熊源一郎。
藤島武二が師匠だとか。

No title

中年不良探偵団さん

忘れていました。
その当時の画家たちは、小豆島でも活躍されていたそうです。小磯画伯のアトリエもあったそうです。今回は行ってませんが。


疑問?

高村氏が、中西画伯のアトリエを使ったのは、いつ頃からでしょうか。

アトリエの写真は激写しても、高村氏がいたじきはよく判りません。

島は文化的な匂いに溢れたとこなんですね。
てこちゃんで知られる高峰秀子の「24の瞳」映画はここが現場でしたか、よく覚えていません。

No title

中年不良探偵団さん

高村光太郎氏が中西氏のアトリエを使ったのは、昭和27~31年です(曖昧だったので調べました)。
中西氏は高村氏より一回りほど若いはずです。
でも、彼は48歳で亡くなりましたから、アトリエは数年(たぶん2~3年)空き家だったでしょね。
ちなみに、高村氏は73歳で結核のために亡くなったそうです。
二十四の瞳の舞台には行っていません。
時間もなかったし、聞けば、映画村とは名ばかりだそうです。行ってないから分かりませんが。

No title

やっと見れた。
秘密基地のe-Macでここに来るとプッツン切れて見れませんでした。
動画に対応できないんですよ~~~。。

フェェリーの波きりシーン、いいなぁ♪
ロープウェイのガイド付き画像もよかですたい。
小豆島はカルスト地質みたいですね。ホンマ、景林みたいで・・・。

No title

DAIKさん

動画やりだすとしつこくなりますね。
カメラ持って歩くと、ついつい何でも狙ってしまう。
いい加減にしないとって。
でも臨場感はありますから。

ところで、こないだの事件でオヤジが腰を痛めたみたいですわ。いつまでも若いつもりで力んだのでしょう。
9月の連休にまた、ヘルプしに行こ!


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