昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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誘惑の秋。

2009.10.17 (Sat)

どうもこの季節はいけない。何がいけないかって? 外があるからいけないのだ。何を訳の分からないことをとおっしゃいますがね。楽しい「外」も知らないで、悶々とウチにばかりいて、携帯をいじってばかりいる御仁には、到底分かる筈もない、この楽園をだよ。

ボクの友人は、週末になると「秘密基地」と称した田舎を目指す。休日の間、たっぷりと美味しい空気を腹に入れ、野菜の手入れに汗をし、持ち前の器用さで家を造り、倉庫を造り、庭師顔負けの楽園を造ってしまった。いえいえ、まだ終わらないのだという。

この間の台風でかなりやられて、修理に大わらわだったそうだが、それさえ楽しんでいる。敬服に足りる御仁である。「楽園のアーチスト」と呼びたい。

それはともかく、この季節の外は慌ただしい。つい先日まで夏の名残りがあったというのに、気がつけば朝夕めっきり冷え込んで、油断すれば風邪でもひきそうなくらいだ。

でも、山々はまだ、色づくには早い。青々とした草木が精一杯、今年最後のエネルギーを発散している。でも、もうじき見せてくれる。色鮮やかなベールの中を。

生命は、眠る直前に翌年のためにエネルギーを蓄えるという。そのために、自らの衣服を燃やし、散っていくのだそうだ。「紅葉」。それをボクたちは、物見遊山で眺める。しかしよくよく考えると、何故か切なくて、なんといじらしいのだろうと思う。

田舎育ちの山猿から見れば、そんな色づく秋の自然こそが、我がものと思い込むのは当然の成り行き。採ってくれと言わんばかりの柿の実はおろか、その辺になる実のすべてが、「恵み」と感じるのも猿所以かも知れない。

先日、「秘密基地」の友人から、野生になる栗を頂いた。ボクは焼き栗にするか、単純に茹でるか迷った。迷った挙げ句、茹でる方を選んでしまった。実は、栗の一番美味しい食べ方は焼き栗なのだが、如何せん面倒くさい。カチカチ山ではないけれど、火の中へ栗を焼べると、皮が弾けて飛ぶというそれだ。飛んでくる栗は火と同じ。弾かないようにするには、栗の表面に傷を入れなければならない。それが面倒なのだ。

ともかく美味しかった。美味しいと思うと同時に、野生に還る自分に気づいた。味は、売るために栽培されたそれより若干違う。うまく説明できないが、甘さは少ないものの栗らしい風味がある。

風味。これは実に曖昧な表現だが、風味のない、あるいは少ない食い物は、所詮作りものでしかなく、本物の味ではないのだと思う。最近は産直コーナーなどで、少しずつ本物の味がする作物が並ぶようになったが、スーパーに並ぶ多くは、実は本物ではない。野菜ひとつひとつに、何やら人工物の匂いがプンプンするのだ。

話題を変える。
これも昨日、あるブログで「ツノハシバミ」についての話題があった。何やら聞き慣れない名前と思われるだろう。「ツノハシバミ」というのは正式な名前で、ボクの小さいころは「カシマメ」とか「ナツグリ」とか呼んでいたように思う。


tunohasibami.jpg

Wikipediaより


「カシマメ」「ナツグリ」の名の由来は分からない。その当時は、大人たちの言うことを疑いもしなかったが、今になって考えてみると、お菓子のように食せる豆だから「カシマメ」になったという気がするし、「ナツグリ」もまた、「ナッツ」のような栗からきたのだろうと想像できる。

この「ツノハシバミ」。ボクは長い間忘れていた。
思い出させてくれたのは、「秘密基地」の友人のブログの中にコメントであった。『小さな「Y字形」の木の実』とあった。その一文を見た瞬間、ボクは「カシマメ」に違いないと思った。

「ツノハシバミ」という名の「カシマメ」は、生まれ故郷の実家のすぐ近くにあった。その家は、ボクが大学に通い始めた頃に、今の新井へ引っ越ししたために、もうなくなっている。

家のすぐ近くを春来川が流れている。家から国道9号線につながる路の途中に、高い橋が架かっていた(高い橋だから、通称・高橋<たかばし>と言った)。高さ10mはあったと思う。橋の国道寄りの深い崖の渕に、「カシマメ」の木が一本だけあった。

夏の盛りに青い実をつけた。その実の果苞は、子孫を守るかのように細くて鋭い毛で覆われていた。橋からも国道からも手が届かない。無理に採ろうものなら、川の底に転落間違いない。そこで、柿の実を採る要領で、竹竿の先を少しだけ割り細い枝を差し込んだ。Y字形に裂けた隙間で枝を挟み、ねじ切るようにして採るのだ。

実が青い内は固くて青臭いが、果苞が茶色になる頃、パリパリッとした、ちょうどナッツをかじったような時の感じがあった。



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コメント

No title

誘惑の秋ではなく
食欲の秋の私です。
都会にいたら田舎が良いのでしょうね
田舎の私は都会に憧れますが???
かしまめ>>>>>知りませんというより
田舎人なのに 何も知らない人なのです。

No title

こんばんは♪
田舎ですが、忙しくしていると、畑や周りの
ことを忘れてしまいます。気付けば、田舎の効能がきれてしまってます。
がむしゃらに、畑したり、野を歩いたり・・・・
して、充電するんですよ。
けど、カシマメは知りません。。。。

No title

fumiko1177さん

食欲の秋は困りますね。
また腹が出てくる。
これから気をつけなければいけません。
基本的には田舎がいいと思いますよ。
田舎を脱出したボクが言っても、説得力がないけど。でもまあ、今は昔ほど都会に行くのに時間がかからないし、田舎で暮らして、時々都会で遊ぶっていうのか、ちょうどいい距離でしょう。

「かしまめ」なんて田舎もド田舎の山の中でしか言わなかったから、知らないのも無理はないですよ。

No title

ほのぼのさんでも知らないと思いますよ。
かつてのボクのところみたいに、野生生活してないと。
毎日充電できていいなぁ。
時々、排気ガスの中で散歩したり、郊外といっても望んでいるような自然がないから、いつもがっかりして帰ってきます。

No title

友人だなんて言ってもらってありがたいです。
ありのまま、本能的に生きたいですよね。
もちろん人様へ迷惑をかけない範囲ですけど、言いたいこと言って
意思を貫くブラックベリー船長だってそうでしょ。

ミントちゃんは和歌山出身でY字型の木の実を食ったって言ってましたね。
それがこの写真の「かしまめ」だったんだ♪
見せてくれてありがとう。。。

一度でいいから食べてみたいな~~

No title

そう、本音はね。
本能で生きれるならどんなに楽しいか。
もちろん貴兄の言う通り、他人に迷惑かけない前提での話し。
世知辛い世の中では、なかなかそうはいかないのも事実です。「本音と建前」の使い分けとか、「外面と内面」とか、そういう性に合わないことは、今まで避けてきた、けど、どうやら今になって、敬遠される要因にもなっているようですね、へへへへ・・・

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