昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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田舎の記憶(その1)

2010.01.04 (Mon)

システムキッチンが導入され始めたのはいつの頃だったか分からない。それは恐らく、様々な地方の若者たちが都市部へ流れ、団地、つまり集合住宅が核家族の城として形作られた頃だと思う。

『狭いながらも楽しい我が家』というキャッチフレーズで、ニューファミリー世代が団地住まいを始めた。一国一城の主となった若き世帯主は、仕事場に近い新興住宅地に核と成し、新しい家族像を夢見た。ちょうど団塊の世代で辺りであったろう。

東京オリンピックを発端とした好景気は、1970年の大阪万博で更に高まった。ボクたちはそういう世代の何年か後である。

3LDK、70平米。
80年代の初め、初めて手に入れた我が家である。開かれた南面にリビングとダイニングキッチン。東側に和室2間と洋室。エレベーターこそなかったが、まさしく『狭いながらも楽しい我が家』を絵に描いたような生活である。

システムキッチンを知ったのは、その頃である。5階建て7棟、約350世帯が住む中規模の団地で、I型、L型の2通りしかない規格型キッチン。そしてキッチンのすぐ横に、4人掛けのダイニングテーブルが置かれ、生まれて初めてテーブルでの食事が始まった。

コンクリートの箱形住宅と、総て規格仕様の住まいは、暖かく快適である。しかし、何か足りなかった。その「何か」が分からないまま、20年の月日が経ってしまった。

「何か」。
それは今思うに、あの田舎の不便な暮らしの中にあった、不思議な温もりであったのではないだろうか。だからといって、今の暮らしに、それがないわけではない。歴史といったオーバーなものでもないが、何か目に見えない息づかいが、家の隅々に染み付き、そういうチカラによって守られていたのだろう。そんな気がする。


我が家s.jpg


生まれた家は実にデカかった。屋敷が何坪で建坪がどれだけあったのかは記憶にないが、大家族の農家で、しかも家畜を飼っていたこともあって、正月前の大掃除さえ3日も4日もかかったほどだから、推して知るべしであろう。

特に田舎は、村人の結束が硬く、年中行事や冠婚葬祭も総出で行う。だから、そのための広いスペースが各家庭に準備されていて、ひとつひとつが大づくりになっていた。

広い玄関に広い土間。上がりかまちの上には広い客間がある。和室8畳が1階に4部屋。その内の2間は、その時のために開放するのだ。

居間の中心には囲炉裡があった。その囲炉裡は冬場に堀ゴタツに変身した。居間の端には板間がある。大家族用のデカイ水屋と窓際にミシン。台所への戸を開けると、更に5畳ほどの板間があった。

板間はL路型になっていて、片方に2穴のおくどさん、中央には3畳くらいの土間があり、そこで毎年、大量の餅をついていた。5畳の板間はそのための広さである。

タイル張りの台所は、いつも冷え冷えとしていた。台所もコーナーに直径1m以上はある大鍋が常設してあって、ここで味噌や醤油、あるいは自家製の豆腐を作っていた。

台所の隣には五右衛門風呂と作業場、そして貯蔵物の倉庫が併設されている。玄関の土間の通路はその作業場につながっていた。通路の途中の戸を開けると、牛の納屋につながる。1階だけでなく2階も同じ広さがある。更に作業場と納屋の上には屋根裏部屋を含めて3層になったいた。

小さい頃のボクは、この広過ぎる家の不便さに閉口したものだが、しかしその中で、不便さを補うための機能を、自らのチカラで作り上げるという、だから戸板一枚から囲炉裡の灰に至る総てに、家族の血や汗が染み付いていて、それが「温もり」に感じたのかも知れない。今思えばだが。



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コメント

No title

今は田舎でもシステムキュチンですね。
田舎の家は田の字で広くて
祭りに行ってはビックリでした。
只 トイレが外にあり
板2枚だから 怖くて~~~
牛も隣の部屋でしたよね

No title

こんばんは♪
広いおうちでしたね。
いっぺん、訪問したかった。。。。。
井戸の寺谷さんのうちに、くるみがほしくて、遊びにいきましたが、板をはわした、お便所が、こわかったこと。
それも、田舎のぬくもりかもねぇ。

No title

fumikoさん、こんばんは。

そうそう田舎の古い家行くと、トイレが外にあって、夜に行くのが恐ろしい。そんな話しをよく聞きました。今でもあるそうです。
友人が田舎暮らしに古民家を探してて、丹後や篠山の方によく下見に行きました。
そこで築100年くらいの家があってね、骨(柱)はしっかりしてるのに、どこか歪んでたりして、おまけにトイレは汲み取りの厠。踏み外したら大変なやつでしたよ。

No title

ほのぼのさん、こんばんは。

同じクラスでしたら招待したでしょうにね。
井戸の寺谷?たぶんボクも行ってると思います。
クニヨシ君?
でしたら、もういないでしょう?
クルミがあったなんて知りませんが。
そうだ、野生のクルミだったら、今の実家の近くにありますよ。10月頃になれば、実の皮が黒くなって落ちます。
野生だからたくさん成るかどうか保証できませんが。

あけましておめでとうございます

夏海さん、あけましておめでとうございます。

田舎である石川県の家といえば、
平屋で広く、冬には隙間から風が吹いて
非常に寒く、そして何より
ぼっとん便所が恐怖でした。

今はリフォームして、快適になっていますが、なんか温かみが減ったような感じが
するのはなぜなんでしょうね。
(恐怖のぼっとん便所で無くなったのに)

本年もよろしくお願いいたします。

No title

ねずみくんさん、おめでとうございます。
お久しぶりですね。

ご実家は石川県でしたか。
ぽっとん便所は郷愁を誘いますね。
ウチの実家はほんの5年前までぽっとんでした。
それまでは月に一度、市の方から回収にきてたんです。
夏は、うっかりすると刺すような臭気が立ち込めますし、冬は冷え込みますし、トイレに行くのが苦痛でした。


No title

広いな~~~~
ボクの家は6畳と3畳だけだったもんな~~
畑もあって牛がいて・・・
トイレと風呂はもっと大事に設計してほしいけど
ある意味、理想的ですよね♪

No title

DAIKさん、こんばんは。

広すぎるのもね、掃除、虫干し、正月やお盆の準備がメチャクチャ大変なんです。

障子が何十枚もあって、紙の張り替えは河原に持って行って紙を剥がし、道端にズラッと並べて貼るんです。畳や衣類の虫干しでしょう。正月のしめ飾りだって何十本もありました。
しうそう、この図面の右半分がまだあるんです。

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