昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブラックホールはどこだ!

2010.05.19 (Wed)


manuke.jpg


長引く不景気。名刺交換の挨拶に飛び交う言葉。
この間も、知人のイラストレーターが
どうやら実家(守口だか枚方だか?)に引っ込むらしい。
ただでも仕事が激減しているのに、
市内から遠ざかるとなれば、余計に影響は大きいだろうと思う。

「大阪は仕事が減った」と、本拠地を東京へ移した企業。
企業だけではない。人材もそうだ。
やれやれ、「小さな政府」と誰かが言っていたが、
未だ「中央集権」はおいしいのだろうか。

これは昨日(5月18日)の朝日新聞の切り抜きである。
記事内容は、広告大手2社の3月期決算の数字である。
2ケタ減というから、驚くべき数字だ。

減少幅に大きく影響させたのは紙媒体、
つまり新聞、雑誌などの印刷媒体。
そしてTVのスポンサー企業の予算削減による影響が大きい。


少なくとも10年前までは、
通勤サラリーマンが電車に乗る前に、鉄道の構内で
オロナミンCを飲み、週間雑誌を買って飛び乗っていた。

つり革を片手に雑誌を読むネクタイ姿。
無神経にスポーツ紙を広げるオヤジがいた。
それが忙しい日本人の風物詩であり、
そういうオヤジたちが日本を支えていたのだ。

今はどうだ。
そういう人たちの多くが、携帯電話をコチコチとやっている。
通勤電車はもちろん、道を歩く人も茶店でも。

印刷媒体は、インタネットという巨大なブラックホールに
飲み込まれてしまった。
これは病むを得ないことだし、印刷モノは今よりも
更に減っていくだろう。なくなりはしないが。

ただ、ボクが言いたいことは、「新聞は残して欲しい」、「小説はめくって読みたい」ということだ。というのは、ニュースや情報をピンポイントで選べるインターネットは、正直便利だと思うが、印刷物ならではの利点がある。

ボクは「新聞は残して欲しい」と思っているが、実は全部は読まない。むしろ殆ど読まないのかもしれない。
斜めに読んで、欲しい情報のみ選んで読んでいるのだ。

だが、斜めに読みながら文字をビジュアル化して
記憶していることがある。
殆どの場合は役立たないが、時として役立つこともある。
ネット上ではそれができない。
自分から選べば、勝手に飛び込むものがないからだ。

余談ではあるが、ボクのケイタイは電話機能しかない。
したがって歩きながら、あるいは電車の中で
電話以外に利用することはない。するつもりもない。
電波の届かない場所で、困ることもあるが。





スポンサーサイト

<< 前の記事へ | HOME | 次の記事へ >>

コメント

No title

コメント、ありがとうございます。そして、すんまへん(多少、余裕がでてきたかなあ。ありがとう。)。

たしかに言葉の意味や薬の理屈がわかったといってどうってことない。家族は結局、普通の看病しかできないわけです。ただ、おおよそですが病人や病気の状態が客観的にわかる(お医者さんはこう考えているのか‥みたいなこと)ということはあるみたいです。

でも、コトの切迫度の状況は、お医者さんの態度や雰囲気などと合わせて考えると、ある程度見えてくるということはあります。という意味では心構えのためという意味と、それからピンチなときの対処の際に必要ということはあるみたいです。

病人の症状は家族しかわからないケースが多いんですよ。検査入院中にはない症状が家では出てくる。つまり「こんな症状(状態)では‥どんな対処を」の『こんな症状(状態)』をはっきりと掴まえることが家の人間は必要だと思う。もちろん対処法はお医者さんに質問し、解答してもらうわけですが。

ぼくの場合「こんな場合は、これをやって…これをやって‥それでも駄目なら、病院に連絡し、救急車で‥」というパターンが3パターンほどある。

ややもすれば看護人がアタフタしてしまい、救急車を呼び、病院に‥というのは最悪で病院についたときは病人はケロッとしている。こんなことが何度かありました。べつに救急車を呼んでそれが無駄であること「悪」とは思っていませんが、ぼくの考えでは、ある程度は看護人が病状の程度を把握し、それに応じた対処をし、その後、病院に連絡して救急車が正しいと思っています。

病状とその程度の把握、それへの対処‥といっても、ニトロの場合は5分程度なので、
最初から看護人がお医者さんと相談して、ある程度のパターンを作っておくことが望ましいわけです。その場でオタオタ、ウロウロしてられない。こういうことをお医者さんと相談するには、ある程度の薬や検査の意味を知っているということも必要ということなのかもしれない。


イライラの感じは理解できます(ぼくの場合は万一の場合の恐怖ですが、気分としてはイライラ状態には違いない)。

そして「何を怠けたこと言ってんのや」なんてこと言いませんよ。だって、夏海さんは怠けてないでしょ。そもそも夏海さんは怠けるタイプの人間じゃない。ぼくやFさんだけじゃなく、だれもが夏海さんを怠ける人間とは思ってはいません。

夏海さんのイメージからは、ちょっとばかり「怒れる若者」の感じがうかがわれるわけですが(古い言葉だなあ~)、でも、たしかにその感じがあるんじゃないかなあ。夏海さんはどこか反逆児の趣がある。
(夏海さんのジャリ時代の写真をブログで拝見したけど、あのヒトクセありそうなツラガマエ! なにかやりそうなガキの風貌は大したモンだった。)。

「ワルガキ」はガキ時代のネーミングだけれど、夏海さんは今になってもまだまだ精神はワルガキだと思う。そして、それがいいのだと思うんだなあ。ははははは‥。

話は変わりますが、ぼくが新宿でブラブラしてる頃は、それこそ夜中が「昼間」でお昼は睡眠時間だったときがあった。今にして思えば、その頃はヒッタクリでもゴウカンでも‥なんとなく暴力じみた気分があったことは事実です。正直イライラしていた。もちろん当時は若かったのですが。


「イライラ」とは一過性の気分だけではないと思うところもあります。どこか、わからないけど根本的な対立を抱えているけど敵と正対出来ない‥というような感じがイライラなわけで喧嘩もできない。(後日、考えてみます)

「毎週ヘトヘトになるくらい、その辺を歩き回ってはいますが、このイライラは、何かの拍子に出てきます。今度、釣りに行きます。」 怒れる中年よ。もちろん暴力教室にもジェームス・ディーンにも今さらなれないわけで、この意味ではやり過ごすしかないように思うなあ。

でも、ブログには書けないだろうけど夏海さんなら文章化はできると思う。ブログなんて‥、よくわからないけど、でも「文章=ブログ」じゃない。ブログを越えた文章の方が大きい。文章のほんの一部がブログなわけです。


なんとなく、今回は(今回も‥というか)覚悟せざる得ないみたいなこともあったし、先生方からの「(治療法の)選択せよ」みたいなプレッシャーがあった。インフォームドコンセントということだけど素人にはキツイところもある。

今回はうまくいったというだけで、なんか綱渡りの感じがぼくはしています。そして、昔の「怒れる若者」、もっと昔の「なにかやりそうなワルガキ(なツラガマエ)」の友だちに、普通に今の気分を語れることを幸せに思っています。

いつも長いコメントで、申し訳ない。

No title

お早う御座います。
今の世は新聞なくても生活出来ますね。
テレビなんて 番組表のボタンで
チェック出来るし 録画もブルーレーは簡単操作だし 
携帯もそうですよ
もう そろそろ 電波使えなくなるのでは!!!

No title

ブラックホールに対してホワイトホールってのもあるらしいですよ。
インターネットの普及で広告の世界も大きく変わろうとしていますが
何とか変化に食いついていきたいですね。
できればリードしたいって、気持ちだけは・・・。

No title

nineupさん

いつもながらの長いコメント、恐れ入ります。
ははははは・・・・・。
これの返事は、ひとつひとつがおろそかにできないので、近日中にさせて頂くとしてですね、ひとつだけ気になることがあります。
>「イライラ」とは一過性の気分だけではないと思うところもあります。どこか、わからないけど根本的な対立を抱えているけど敵と正対出来ない‥というような感じがイライラなわけで喧嘩もできない。

このことの多くはそういうパターンだろうなあと思います。ただ、「対立を抱えているけど敵と正対出来ない」というのは、もうその時点で敗北を意味しているのではないでしょうか。

別の角度から言えば、よく言われる言葉に、「大人になれ!」というのがあるでしょう。対極にあるのが「大人げない」というのです。ボクはこの言葉の両方とも嫌いなのです。決して強い人間じゃないのにね。

「大人になれ!」の意味の背後にあるのは「自分を欺け」と言っているようなもので、日本人の「大人論」みたいなものになっていますね。そういう自分に苛ついたんだと思います。

やっぱり長くなる。
続きは後日。

No title

fumikoさん、こんばんは。

fumikoさんの言う通りですよ。
メディアの殆どがPCネット、ケイタイなどの端末からになることは間違いないでしょう。その方がリアルタイムに得られるし、時間を選ばない。情報がピンポイントに得られる。しかも、これだけの情報量でありながら、新聞代よりも安いときている。それに、紙もインクもを使わない、流通の燃料もゼロだから、ある意味エコとも言えます。
だけど、それでいいのかな。
古い人間と言われるかもしれないけど、新聞や雑誌を広げた時に伝わるものって、ネット上には絶対ない。
小説だって、ボクは絶対、冊子を広げた時に伝わる何かを大事にしたいと思う。
だいいちね、見たい情報、読みたい小説を見る度に日本中の老若男女が、下向いてケイタイをコチコチしている姿って、ボクは何かみっともなく見えるけど、変かな?

No title

DAIKさん、こんばんは。

ホワイトホールか、壮大な話しですね。
宇宙のプラスマイナスには時空の裂け目があるって話しですか?
その裂け目を利用したらワープできるが、どこへ行くのか分からないし、元の場所には戻ってこれない。そんな話しでしたか?

No title

ああ、わかりますねえ。「大人になれ!」も「大人げない」もイヤな言葉です。この場合の「大人」は旧態依然とした何か、「保守」とか「守旧」とか「世間」とか「体制」とか、なんとなくそんなものでしょ。

<ただ「対立を抱えているけど敵と正対出来ない」というのは、もうその時点で敗北を意味しているのではないでしょうか。>
―――そうか、そんな捉え方をされるのか、と思いました。すんません。

意図としては「敵が見えない」ということを言いたかった。でも、何かと対立だけはしている。だからイライラする。

「怒れる若者たち」もこんなことだったと思う。だからワケのわからないことをする、つまり何かに対して「怒って」いる。ジェームス・ディーンはゴーカートをぶっ飛ばした。「理由なき反抗」では崖のギリギリまでクルマをぶっ飛ばす。

後の米ニューシネマの「俺たちに明日はない」なども、同じような感じがあるわけで、ボニーとクラウドは何かに怒っているわけですよ。でも、怒る相手が正確には何かはっきりしない‥というような設定になっている。

先の、大人げない、大人になれ‥の大人に対する「子供」は、勘で「大人じゃないこと」をするけれど、でも、それがいまいちフォーカスが合ってない。というのが、この種の映画(若者映画とでもいうもの)の大枠でのストーリーなわけです。

仏ヌーベルバーグもまたこの種の感じがあるわけで、目的のない若者「大人になれない若者」が「大人げない行為」をやる。大島渚の初期の作品もまたこの種の映画だったと思います。

この種の物語は悲しい結末で終わるのが定番ですが、考えてみれば主人公の敗北は必然かもしれないと思われるところがあります。

つい雑談ばかりになりましたが、ま、こんなことでした。すんませんでした。

さんきいちさん

コメント、見逃していました、すんませんでした。
「大人げない論議」で盛り上がるとは思っていませんでしたね。

イライラさせる日常の「何か」は、自分でも分かっているんですわ。
思うようにならない「もどかしさ」は、誰もが抱えていることではあるのですが、「この辺りで」とか「たぶん、こうであろう」などと先を読んでしまう辺りに、つまり、自分で自分をブレーキかけているように思うんです。こういうのは後で気づいたりする。
しかし、ブレーキをかけなければ、きっと衝突する。これははっきり見えています。
こういうのが「大人」と言うべきか。単なる「自信喪失」か「人間が弱い」のか、自分の中での迷いがイライラの原因だと思う。その他にも、微妙で複雑な感情が絡んではいるのですがね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

 | HOME | 

プロフィール

natsumiryo

Author:natsumiryo
FC2ブログへようこそ!
夏海 漁の
悪ガキワールドへようこそ!

FC2カウンター

フリーエリア

フリーエリア

月別アーカイブ

フリーエリア

フリーエリア

翻訳できるよ!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。