昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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たかが給食、されど給食。

2006.10.01 (Sun)

脱脂粉乳にまつわる悲哀は多く語られていて、いまさらの感があるが、小学校の高学年にもなると鼻をつまんでまで飲み下すことはせず、おかげで給食時間後の下水溝は、ホワイトリバー状態であった。このことは戦中や戦後の食糧難の時代を生き抜いて来た年配の先生方の怒りを買った。ただ、先生方も捨てはしなかったが、マズイと思っていたことは確かである。なぜ、あんなにマズかったのだろう。ボクらを苦しめるためにマズくしたのではないかとさえ思えてしまうほどだった。

ところが、上には上があるものだ。それに輪をかけて悲惨なヤツがいた。異常とも思える超偏食で、副食がまったくといっていいほど食べられなかった。毎日、コッペパンとマーガリンだけで、彼にとっては学校でもっとも苦痛な給食の時間を切り抜けていた。人気のあったカレーシチューが食べられない。鯨の龍田揚げのようなものが食べられない。豚・鶏系統はダメ。種類によっては魚もダメ。野菜もダメで、いつだったかホウレン草のスープのようなものが出たが、匂いを嗅いだだけで顔をそむけたものだ。家でいったい何を食べているんだろうと思った。

後日談がある。その彼とは中学卒業以来、顔をあわせたことはなかったが、三十才くらいのとき、大阪の町で偶然再会することになる。そのとき、80キロを超える堂々たる体躯に成長していた。居酒屋で一杯やることになったが、胸のすくような大食漢に変貌している。やせっぽちの偏食児童の面影は微塵もなかった。そのとき偏食の理由をきいてみたが、食わず嫌いと、好きなものを食べられないという選択肢のなさ、嫌なものを無理やり口にすると吐きそうになる、というプレッシャーの問題もあったらしい。酒を飲むようになって、不思議と好き嫌いがなくなったと彼は言った。

昭和三十年代前半はまだまだ貧しかった時代で、給食に助けられた家の子もわずかながら存在したが、そのことを思うと彼の場合は贅沢な悩みだったのかもしれない。
最近、生まれて初めて、脱脂粉乳が好きだったという人を見つけた。この人はボクより2~3才年下のショットバーのママさんで、当時、家では牛乳を飲まされていたという。あの生臭さが嫌で嫌でしょうがなかった。その点、脱脂粉乳は飲みやすく美味しかったというのである。ボクら同世代の飲み仲間・反脱脂粉乳連合一同、思わず腰を抜かしそうになった。

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コメント

ぼくは平気だったよ。どうしても駄目な人もいたけれど、女の子だった(小学生のくせに、ちょっと気になってたコ)。ははは…。

給食道具などを給食室に持って行くのが、学生の役目だったんだけど、その彼女は、脱脂牛乳やその他のものを、鍋というかバケツに返す(いつも)わけです。で、ぼくのときはちょっと気をきかして、彼女を待ってあげてた。こんな思い出がある。

それから、photoを横に並べてるでしょ。あれは、どんなテクを使うの? 教えてほしい。

photoを横に並べてる?

photoを横に並べるには、やはりAdobe Photoshopが必要になります。
3点の内のどの画像がベースになってもいいが、仮に左をベースにするとして、あらかじめ画像サイズ必要分拡げておき、合成したい写真を移動ツールで引っ張りベース写真へ持ってきます。3点目の写真も同じようにして(この時はまだレイヤー状態なので)、最後に画像統合します。(余分なところを切り抜きツールでカットします)
だから、Adobe Photoshopがなければできません。

裏ワザを思いついて、やってみました。うまくいったみたいだ。でも、いつも使えるというものではなさそうです。

PS:「google」⇒「給食」⇒イメージ検索」すると、いっぱい懐かしい給食風景がでてくるよ。

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