昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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初夏の舞子浜

2011.05.14 (Sat)

天気はいい。

でも、風が若干強いから釣りはできないだろうと思って

今日は諦めていましたが、ヨメの「どうしても」の

リクエストでやむを得ず・・・・・


maikonisi-1.jpg


4年目の舞子浜です。

釣り具店のバアさんに情報を聞くと

『う~~~~ん、釣れるとしたらフグじゃな!』だと。

それで、急遽ワカメ採りに変更。


iei.jpg

maikonisi-2.jpg

wakame-1.jpg


この気色のいいデザインパターンの正体は

ワカメの根本の部分です。

葉部の中心にも固い芯があるけど、そんなんを含めて

メカブといいます。

こいつが美味いのを知ってるかな?

まず、きれいに洗って熱湯を潜らせる。

更に水洗いしてから、みじん切りにする。

切っている間にネバネバしてきます。

器に盛って刻みネギとオカカを混ぜて、最後に出汁醤油で

軽く味付けします。これで完成。

熱~~~いご飯にかけて、さあ、いただきま~~~す!





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コメント

迷路作家さん。コメント、ありがとうございます。

迷路作家さん。コメント、ありがとうございます。

<最近ね、日本のどこが一番安全かって考えます。>
―――おもしろいなあ。でも、こりゃ、究極の「迷路」だと思う。迷路作家が解答のない迷路のなかにいる。ははははは‥


阪神大震災のとき、日本の活断層マップみたいなものを誰からか見せてもらったことがあります。するとね、それは「日本地図」だった。

昔、日本の河川だけを描いたビジュアルの広告がありました。血管だけを描くと人間の姿になるのと同じで、河川だけで日本の姿が浮かびあがってた。このことが「オモシロイ」広告だった。

これと同じで、日本の活断層を描けばそれは日本の姿になってました。日本って死刑台みたいなもの、と感じましたねえ。


おっしゃるように、気まぐれな自然を相手にしなきゃならないんだから、苦労する。でもね、被災地の人はもちろん、全部の人がこれからも日本で「目先の毎日」を過さねばならないんだから、「気まぐれ」とばかり言ってられないと思うんですよ。

テレビでも報道してたし友だちのメールにもあったことですが、「これより下には住むな」というようなことを書いた石碑が東北にあるらしい。昔、大津波があって、そのときの人が建てたものらしい。

にもかかわらず、人は「目先の毎日」を過すわけで、ここから日々の便利性を優先させてしまうと思います。どうしようもないことだと思います。。

だって、人間の寿命は、ま、最長で100年として、働けるのはその半分程度‥こんなところです。ところが津浪や大地震は数百年とかの単位でやってくる。こんなものを「自分たちの日常」の前提にすることは出来ない。

普通、人は「昨日のような今日、明日」を生きるわけで、数百年の災害を今日や明日のものとして生きれるわけじゃない。


<裏切った方は人間かも知れません。彼の某東京都知事が申したように、我々人間は何世紀もの間、自然を利用し蔑ろにしてきたようです。そのツケがここ何年かできているようです。復讐です。>
―――そうかもしれません。でも、今さら人は縄文生活に戻れない、江戸にも戻れない、昭和の生活にすら戻れない。個人の欲望としてではなく、社会の在り方がもう戻れないと思うんですよ。

「自然」は自然なわけで、気まぐれに(ある程度は周期的に)爆発する。それが「自然な振る舞い」です。人間が、こうした「自然の振る舞い」を念頭においていなかった。このことこそ「自然をないがしろ」にしてきたということのように思うんだけど。

「30mの防潮堤」の想像は(ぼくはド素人です)、でも「防潮堤なしで、これからいくの?」という疑問があって、この思いを書いたわけです。

人間がいくら頑張っても自然に勝てない。これは否定しない。それどころか肯定ですよ。人の命(寿命)がいい例です。どうしても人は寿命に勝利できない。

でも、部分的には自然を克服したところもあります。たとえば、固~いものを切る手段として、人は「鉄」を「鉄器」を獲得した。今となっては、人間にとって鉄なんて「ほとんど自然物」だけど、本来の自然には鉄は存在しなかった。こんな例は、いっぱいあると思う。

その結果、今の地球の姿は、ちっちゃい部分かもしれないけれど太古の地球じゃない。家庭菜園の「自然」は、いわゆる地球の・太古の自然ではない。

ともあれ、21世紀の文化と文明に染まった受けた人間(日本人)が、地球本来の自然の洗礼を受けた。でも、これからも人は生きていかなきゃならないわけで、そのためには可能なことを全部やるべきだと思いました。

だからこそ「人間は自然に負ける!」などという言葉、それが理念的な正論であったとしても、なんの意味もない。

タレントを含む多くのコメンティターや有識者は、まったく無責任に、こんなことを語っていた。なんとなくカチンとくるんだなあ。こういう連中こそ火事場泥棒なわけで、今回は特に、他人の不幸を自分の飯の種にしやがって!と思いました。

現在の、現在の力量で可能なことを探るべきだと思ったわけです。毒にも薬にもならない「考え方」ではなく、今日明日の「賄い」を保障しながらの考え方だと思ってください。


<逃げても逃げても追いかけてくることがありますね。それで巨大な防潮堤を作ったんでしょうが、それでも被害を防げなかった。だったらそれ以上のものって考えもありますが、キリがない。>
―――たしかにキリがない。異論なし。

ただ‥。ただね、この「キリ」の上限をあげてきたのが人間活動(=文明)です。また、こういうことしが人間が「人間」として生きる道だとも思えるわけです。誤解を恐れずに言えば、これしか人間のやることはない。
(人間活動は自然破壊しかない!とか、そういう否定的な意味ではなく、むしろ逆で、人間が参加することで自然は豊かになる‥というようなニュアンスです。だって、人間も自然の一部なんだから。)


ひつこいようだけど、今日を、明日を、漁師さんなら海と海辺で過さねばならない。海辺の農地の人なら、そこが農地なわけです。

目先の環境こそ一人の人間の環境なわけだから、「高台で生活、海辺は仕事への接地部分」なんて言葉では言えるけど、実際は、不可能ですよ。さらに、数百年‥何世代にもわたって、そんなルールが守れるはずがない。


ぼくは、30mの防潮堤が「鉄」と同じぐらいに普通であるような社会を考えた、ということになるのかなあ。

でも、これは健康的な考え方だと思います。

地に足のついた認識がなく、だから思いつきのスタンドプレイしかできない卑劣「菅」なんかよりマシだと思う。(お笑いかな‥)


またまた、長い文ですんません。


「相手を分断して割り込むアメリカのやり方(こんなことだったと思う)」など、啓発されることがありましたが、異論も含めて、おいおいに‥ということにしてください。

さんきいちさん、長いコメントありがとう!
なかなか返事できなくて、今日になってしまいました。
貴兄の理論§解説、いちいち納得です。
今の社会が縄文時代にも江戸時代にも、昭和にさえ戻る事ができない。ボクもそう思いますよ。それどころか、悲しい事だけどこの震災がまた、のど元過ぎる頃になると、またぞろ「未来云々」とかで、同じ過ちを繰り返すでしょうね。人間はたぶん。

でもね、ひとは自然が好きなんです。特に日本のような美しい自然は見ただけで、本当に癒される。都会で病気にでもなれば、転地療養などと田舎に引っ越したりするのも、きっと根拠あることなんでしょう。

自分の家の庭や、ボクのようにベランダ菜園などと、毎日水をやって、ヒマさえあればヒナタボッコがわりに眺めていたり。たぶんこれで、自分の中の違和感を自然にバランスとっていると思うのです。

死刑台の上にある日本列島の件、貴兄の推察、いや、事実なのでしょう、これは。仕方がないですね、我々の遥か祖先が選んだ島なんですから、死ぬまでここで生きるしかない。

今まで自然を「克服する」とか「した」とかヌカした、どこかの成金じじいがいましたけど、どこまでも田舎モンなんでしょう。自然が自分のものになることはない。せいぜいケチな庭で自己満足するのが関の山でしょうから。

30mの防潮堤の件は、また後で。

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