昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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故郷の橋が、やっと復活。

2011.08.27 (Sat)

話しが前後しますが、お盆に帰省した時のことです。

播但線の新井駅から、雨が降らなければいつも

実家まで歩いて帰っていたのですが、一昨年の水害で流された

橋のためにタクシーを使っていました。

でも、今回はその橋も完成していて、できたてのここを渡りました。

幅が随分と広くなりました。


hashi.jpg


ようやくきれいな橋の誕生、とはいえ、

まるまる2年もかかったわけです。

理由は、公共事業激減の煽りで土木業者がなくなったのです。




関係ないのですが、

実家に帰って、まず出迎えてくれたのが、

このオーシャンブルーです。

これは去年ボクが持ち帰ったもの。


そらいろ.jpg


ちなみに左奥の小さな橋は、この時の水害で

危うく流されるところでした。

この橋が流されたら、実家は今頃なかったでしょう。

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コメント

川も橋も見違えましたね。
オーシャンブルーの花が祝ってるみたい。
それにしても大きく伸びること!
屋根より高い!

DAIKさんへ

DAIKさん、今日はスゴい雨でしたね。
無事に秘密基地へ辿り着きましたか。

オーシャンブルーもキクイモも実家の土が合ってるみたいです、
これでも、枝を相当切って近所に分けているようです。

こんばんわ
思い出しました??
あの 川の流れ ゴミの山
怖くて~~~行きは何も知らないで行ったのですが??
帰りはね  怖かったです。
あれから 2年か??
オーシャンブルーは土に方が良かったんですね
凄い 元気*****

fumikoさんへ

こんにちは。返事遅れてごめんなさい。
あの時はほんまにお世話になりました。助かりました。
あの日、道中で小さな土砂崩れがあったから、無事に帰れるか心配でした。けど、どうにか家に辿り着けて。
でも、後が大変でした。
fumikoさんの帰りが心配だったけど。

考えさせられた写真

僕の田舎暮らし時代には、精米機はなかった、農家ではなかったので、お袋は米を買っていた。どこから買うのかは分からなかった。
そんなに人口の多き町ではなかろう。精米機が二台。メーカーの競争もあるのだろう。
でも、昔の農家の家は精米をどうしていたのだろうか。
農家は、米を作る、そしてあるシステムで「販売」もする。
生産と販売が合体しているのが、農家だろう。
でも、自家用の米は、どうしていたのだろうか。
システムで「生産と販売」の数字の裏が、どこかで「押さえられている」とすれば、わからないように、精米機を使う時代に入った「機械」での作業。
農協で精米すれば、「生産と放出米」以外の数字が分かってしまう危険があるのだろうか。
それにしても、いろいろと考えさせられ「精米機写真」だった。

中年不良探偵団さん

農家ならたいがい精米機はあったと思います。
我が家は一通りありました。
脱穀機は足で回して、ドラムに穂を当てて脱穀するやつ、モミ殻と玄米を分離する機械は木製の手動式。精米は逆円錐型の器に入れて、電動で回しながらの精米でした。
水車で精米していたウチもあったと思います。

ウチの農家は、自ら販売することはなかったです。
農家はどの家庭でも農協(今のJA)に関係していて、農業の総てを仕切っていたために、積極的に営業したり、どこかで売ったりすることは恐れ多いことだと、当時の農家では思っていたのだと思います。必然的に村で一括して供出して、農協が独自のルートでおろしていたのでしょう。

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