昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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大人の少年時代の話し

2012.03.09 (Fri)

ブログ友だちであり、かつての同僚であり、また数十年来の友だちである彼のブログを見て、何かすごく懐かしい気持ちに浸っている。

「昔は良かった」などと言えば、爺のいう代名詞かのように言われるが、そういうことは20才代30才代でも、誰でも考えることで、そこには世代感覚のギャップなど存在しない。

まあ、それはそうとして、彼の投稿文の中に懐かしいスキーウェアを着た若々しい姿があった。たぶん20代の頃だろう。ウェアについての解説はできないけど、膝の部分を絞ったレーシングスタイルとでも言うべきか、当時は「アレがカッコいい」とされていた。

スキー板は2mを超す長いやつが流行っており、それを担ぐと肩にずっしりと食い込んだ。長いこと(たぶん10年くらい)ゲレンデに出ていないので、今どんなファッションで、板はどんなんか分からない。
ともかく、その頃持っていた板と言えば、ブーツをビンディング部に押し当てるとガチッと音がして、ブーツの先のところにある、バネ仕掛けのハンドルを前に倒す。総てが重量感溢れるものであった。

ボクはスキー歴は長い。小学校に上がる前の、おそらく4、5才くらいだと思う。その頃はスキーの道具は買うものではなく、作るものだと父から教わった。
つまり、竹スキーである。

当然、4才5才では作れないから、最初は父に作ってもらっていた。ちなみにストックはない。それを履いてゲレンデに出るのである。ゲレンデ? そうゲレンデはない、しかもリフトなんてものはあるわけがない。

takesukii.jpg

裏の段々畑の、段になっているところに雪を埋めて、即席のコースを自分で作るのである。傾斜度は10度もないだろう。こういう斜面でいくら竹スキーを滑らせても拉致があかないし、面白くない。

だから、父には絶対に上るなと釘を刺されていた裏山(45度はある)へ、こっそり上った。山の下から見上げる45度はたいしたことがない。だが、上から見下ろす45度は「壁」である。滑るという感覚ではなく落下する感覚に近い。これが面白いのだ。
ボクはそうして。徹底的に我流でスキーを覚えた。

リフトのあるゲレンデでスキーを始めたのは30才近くなった頃だったと思う。初めて会社の同僚20人ほどで、信州へ行った。

その頃の会社は、家に帰る時間が惜しいくらい忙しい毎日で、ヨメに着替えを届けてもらったこともあった。それほど激務の中、金曜の夜中に出発して、夜通し電車の中で宴会し、未明に現地へ。荷物を預けメシ屋を探す。腹ごしらえの後、朝一番のリフトへ直行。それからナイターまで延長戦を戦うのだ。

一日目のメシ&宴会も延長戦へ突入する。日曜日も同じ調子でクタクタになるまで滑る。夕方帰路に着き、月曜の未明に会社に辿り着いてようやく仮眠するという、超ハードなスキーツアーを毎年繰り返すことになるのだった。

ともかく、スキーを格闘技と考えるボクのようなバカがいる反面、スキーはついでで、目的が宴会と決めつけているアホがいたものだ。
(また、続きがあるよ)

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コメント

竹ソリつくった!

毎度です。このイラストの要領でスキー部をつくり、りんごの箱に打ちつけてソリを作りました。目の前のタラタラのファミリースキー場で、夜中4人乗りして、戦車のごとくどこにでも突っ込んでゆきました。
ビートルズの映画「HELP」で、彼らもスキーをしていた頃です。

okiraku_AOさん

りんごの箱のソリか、懐かしいな。
俺も一時期やりましたよ。
冬はもちろん、雪が降っていなくても、ソリ部をクルマに替えてやってましたよ。

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