昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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悲しいできごと

2012.11.28 (Wed)

このことは、このブログの趣旨と違うから
書くつもりはなかったが、思い出のひとつとして
書いておくことにする。

歴史のことなら、どこかの学者も敵わないほどの知識者で、
詩を詠み、記憶力抜群で、カメラが好きで、一人旅が好きで、
思い立ったらどこへでも行く。

そんな義母(ヨメちゃんの母)が突然、永眠した。

齢88歳。
今年、米寿の祝いをしてそれほど経っていない。
去年から鎌倉に行きたがっていた。

今年はヨメちゃんの都合がつかないから来年にと考えていた。
ボクも密かに鎌倉の旅のプレゼントを用意していた。が、
ヨメちゃんの後悔は、一生つきまとうことだろう。

大好きだった奈良。
奈良には万葉の世界が広がる。
だから何度行っても行き足りなかったという。

ボクの家族が奈良で暮らした17年間で
何度、九州から来たことだろうか。・・・憶えていないくらい。
ボクたちの都合がつかないと、一人でアチコチ歩いていた。

ボクが案内した場所は、ひとつ残らず憶えていた。
ほお骨が出て、目が落窪んで、苦しいほどに息切れさせながら
その記憶ひとつひとつを辿り、話してくれた。
ボクが忘れていたことの方が多かったけど。

ボクが歴史の興味を持ち出したのも、たぶん義母のお陰かもしれない。
もっとも、得意なのは幕末前後なんだけど。
でも、義母はその時代にはあまり触れたくなかったようだ。
何故だかしらないけど。

時に、ボクの得意な時代の話しをしていると、
フンフンと、最初は聞いているが、
知らず知らずの内に義母は、自分の得意な奈良時代へ
引き込んでしまう。

随分勝手な義母だったけど、でも、話しは尽きなかった。
そんなやり取りを、そばでヨメちゃんが笑って見ていた。

「鎌倉は来年にするから、その前に奈良へ行きたい」と義母。
それが、倒れる直前だった。
心臓が悲鳴をあげていて、ペースメーカー入れると連絡があって
すぐにヨメちゃんが九州へ帰っていった。

ペースメーカー入れるには、何より体力回復だと医師。
入院と同時に腹水が溜まり始め。
体力回復とは逆に、病状が急速に悪化し始める。

腹水が内蔵全体に広がり、片肺呼吸。
病巣が分からない。
腹水を1リットル抜き、あらゆる検査をしてやっと発見。

膵臓に悪い塊。
悪い塊が内蔵全体に転移。
ペースメーカー手術を断念。
開腹も断念。

骨粗鬆症でもあり、最悪、人工呼吸時の骨折の危険があると
医師は苦渋に満ちた顔。
つまり、終末を見ている以外に選択肢がないのだ。
痛み止めの薬を投与する以外に。

それでも鎌倉への執念を、毎晩のように口にする。

2012年11月24日、午後2時、
鎌倉を臨む遥か天海へ旅立つ。



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コメント

お悔み申し上げます。

そうだったんですか。夏海さんの無念さ、わかるような気がします。

ツライことだけど、でも、ある意味、仕方がないことかもしれません。このブログにあったように、いい思い出をしっかり定着させてください。当然ながらぼくはこの方を存じてませんが、ご冥福をお祈りいたします。そして、お悔やみを申し上げます。

さんきいちさん

有り難う!
葬儀の後、義母の書斎を覗きました。
執筆中の書き物や、書物の山の中に、鎌倉や奈良の旅行計画のメモが雑然と置かれているのを見ると、本人はまだ行く気になっていただろうと思います。
だから、入院中も虫の息で、いつ退院できるか医師に聞いていました。

貴兄は今、療養中ですが、キチッと治して、
絶対カムバックしてくださいよ。
母上のことも気がかりでしょう。でも、あれこれ考えていても仕方がないことだと、今回色んな人に言われました。その通りです。人はいつかはいなくなるもの。義母は、あれだけしたいことをしてきたのだから、ボクは「生」は全うできたと思います。しかし、若過ぎる死は周りの人の心に影響します。

哀しい出来事

夏海 漁様 こんにちは
哀しい出来事に遇われ、皆様の、とりわけ実の母を亡くされた奥様の、ご心痛は察して余りあります。
亡くなられたお方のご冥福を心よりお祈り致します。
残された皆様には、一刻も早く平穏な日常が取り戻せるように、影ながらお祈りしています。

お義母様は相当な暦女さんだったようですね。
それも奈良時代に特化されていたようですから、もしも今後もこの世で生が継続していたら、きっと次は勉強中の鎌倉時代に興味が移ってきた可能性もあります。
次は江戸時代で、そして120歳くらいから昭和の御世を勉強するようなことになっていたのではないでしょうか。

天国に召された今は、きっと北の政所と逢って、あれこれ質問攻めをやっているのではないでしょうか。

こんばんわ
お悔み申し上げます。
奥様に宜しくね。
来年は奥様と二人で鎌倉に行かれたら
きっとお母様も着いて行ってるから

ぶちょうほうどのへ

ご丁寧に、暖かいコメント有り難うございます。
あれこれ考えていても仕方がないので、
気持ちを切り替えねばなりませんね。
でも倒れる直前、まだ旅の計画をしていたし、
入院してからも、夢の続きを見ていたようで、
そのことを考えるとね、本人もとても残念だったと思います。

ひょっとしたら、フットワークも軽く、
既に鎌倉を歩いてるかもしれませんね。

ふみこさんへ

ありがとう!
来年、暖かくなったらヨメと鎌倉へ行こうかな。
義母の生きたかった所知ってるから、
そこを目指してね。

お義母さんのご冥福をお祈りします

ペースメーカー入れるという話まであったのだから、奥さんの願いも突然切れてしまった感じで、とても残念でしょうね。
うちのオヤジも先日91歳になって人ごとではありません。人工呼吸の骨折なんて考えもしなかったけど、うちのオヤジもそうやろな。
でもね、いろんな旅の計画をたてながら、また話しながら、旅立たれたのは、幸せなように思います。鎌倉は行きたかったかもしれないけど、奥さんと二人で行ってきてください。いい供養になると思います。

AOさん、まいど!

AOさん、ありがとう。
なんか、あっという間だったよ。
ほんの1ヶ月前、電話で話したのに、信じられへん。
ヨメはんは、義母が亡くなる時は相当ショックを受けたてけど、
その後、後始末やらで気が張ってるんやろな、じいさんはボケてて何にもでけへんから、ヨメが全部やってる。
落ち着いた時、色々思いだすんやろな。

オレの両親、二人とも90近いから、AOさんのとこと一緒で、
人工呼吸時の骨折は覚悟しとかなあかんかもな。
まあ、できるだけ長生きしてもろて、死ぬときはコロンが一番いいと思う。オレの時も。

鎌倉、ヨメはんと一緒に行くわ。
いい供養になると思う。
ありがとう

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まとめ【悲しいできごと】

このことは、このブログの趣旨と違うから書くつもりはなかったが、思い出のひとつとして書いておくことに
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