昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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いちびった小説「その男-2」

2013.06.09 (Sun)

その男-2

 中之島の環状一号線に沿って東へ向かって歩いた。堂島川にかかる鉾流橋を渡ったところに、アーチ状の屋根のある中央公会堂が見える。商業都市大阪のど真ん中に位置するここは、ジェットコースターのように走る高速道路を見なければ、閑静な文化都市である。
 明治四十四年、株式仲買人の岩本栄之助が私財を投げうって造らせたもので、ネオ・ルネッサンス様式を基調に、バロックの壮大さを兼ね備えた気品ある美しい建物である。ちなみに岩本栄之助は大正五年、第一次世界大戦の異常景気で苦境に陥り、相場で大損失を被った彼はその年の秋、家人、使用人総てを松茸狩りに送り出した後、短銃で自殺を図り三十九の若さで永眠したという。
 中央公会堂を更に東へ。中之島の真ん中を走るこの道は難波橋で行き止まる。
 杉田は、南へ北へ走る車の間隙を縫って、橋の反対側に走った。運動不足が堪えてか息切れがした。
 難波橋の石段を降りた。松浦の話しによると、難波橋の東の小さな橋の袂で、志村は浮んでいたという。あまり気が進まなかったが、彼が最後に見つかった場所に行っておきたかったのだ。
 中央公会堂辺りは気に入っていて頻繁に行くが、このバラ公園は好きではなかった。バラそのものは美しいと思う。しかし、ロケーションが最悪である。バラを見るだけならいいが、少しでも目を上げると、林立するコンクリートのオフィスビルと高速道路で興醒めしてしまうのである。
 バラ園の周回の歩道にはベンチがあった。桜の蕾がやっと脹らみ始めた頃だから、バラの開花時期はまだ先である。
 厚手のトレーナーを着ていても、陰に入るとまだ肌寒い。それでも日向を歩けば汗ばむほど暖かかった。ベンチで堂々と横になるホームレス。その隣にスーツ姿のサラリーマンが文庫本を捲る。時間潰しの上手い営業マンか、それともリストラされたのか、それは分からない。自分自身、日本一暇な人間ではないかと思っていたから、この時間帯に本を読みふけるサラリーマンを見ると、何となく親近感が湧いてくるのだった。

 バラ園の北の出口に橋がある。
 ———この橋のことか、松浦が言ったのは。
 欄干に(ばらぞのばし)とレリーフされている。誰が命名したのか、その品のなさに、杉田は思わずプッと笑ってしまった。橋の下には堂島川と土佐堀川を繋ぐ短い運河がある。死体は堂島川寄りの端で発見されたらしい。西の角にカフェ&レストランがあったが、定休日でシャッターが降りていた。
 (ばらぞのばし)を渡り切った東側にも円形のバラ園があって、その北側の角に、森と言うには小さ過ぎる植え込みがある。難波橋側から見ると、一段高くて死角になり、この位置だと植え込みの中の青いテントは見えない。
 ———志村を発見したのは、恐らくここの住人だろう。
 そう思ってテントの方へ目を向けた。黒っぽいウィンドブレーカーを着た、一見六十過ぎの男が飼い犬にエサを与えているところであった。杉田はその男に声をかけた。
 「あのー、ちょっといいですか?」
 ウィンドブレーカーの男は、ちらっと杉田の方に振り向いたが、関心なさそうな顔をしてすぐに犬とじゃれ始めた。
 「あのー、すいません。ちょっと伺ってもいいですか?」
 杉田はガーデンフェンスを乗り越えて、足を踏み入れた。犬が唸った。
 男は植え込みの枝に、犬のリードを結び付けて、杉田の方へ二歩三歩と歩み寄った。
 「何? あんた誰?」
 「杉田って言います。・・・すいません、突然。・・・実は一昨日、ここで亡くなられた人についてお訊きしたいんですが」
 「ああ、そのこと。サンちゃん、客やで」
 そう言ってウィンドブレーカーの男は、奥のテントに向かって仲間を呼んだ。繋がれている犬が落ち着きなく、グルグル回り、止まっては唸り、止まっては唸りしていた。すぐに奥のテントから、同じくらいの年格好の男が、のっそりと現れた。男は、着膨れした上に黒いハーフコートを纏っていた。
 「サンちゃん、その人、こないだの例の土左衛門(どざえもん)のことで、あんたに訊きたいんやそうや」
 「またかいや。こないだも、おまわりに散々聞かれたんやで。もうええ加減にしてくれや、ほんま」
 サンちゃんは不機嫌であった。
 「すいませんね、たびたび」と言って、手土産代わりに持っていたマイルドセブン一箱渡した。
 「で、何訊きたいんや?」
 「その川であなたが発見されたんですね?」
 「そやけど・・・」
 「その人、志村さんと言うんですが、いささか私と関わりがありましてね。その人のことでご存知のことがあれば、どんなことでも教えてもらいたいんです」
 「ご存知も何も、時々顔を見るくらいで、名前も知らんかったんや。ほんまやで」
 サンちゃんは頭を掻いていた。指のところだけ切った軍手から、黒っぽい手が覗いている。
 「志村さんは、この向こうに住んでおられたと聞いてますが、そのことは?」
 「そう言えば、言うとったな。この島のいっちゃん端や言うて」
 「その志村さんですが、亡くなられる前に、誰かと会っていたとか、ご存知ないですか?」
 「さあ、知らんな。個人的な付き合いないしな。それよか、そのムラに行って訊いてみやったらどやの?」
 「そうですね。じゃあそうします。———すいませんでした」
 と、杉田がガーデンフェンスを跨ごうとした時、サンちゃんが呼び止めた。
 「そや。その人が浮んどった日の一週間ほど前やったかな。何かな、三人ほどの、えっらい人相の悪い男たちがこの前歩いとったで。あんなん見るのめったにないから覚えとるんやけど」
 「その男たちは、何時頃通ったんですか?」
 「そやな、時間まではっきりせんが、夕方———まだ暗なってへんかったな」
 礼を言って花壇を跨ぐ杉田の後ろで、「あっ、それから煙草おおきに」と言いながら、サンちゃんは受け取ったマイルドセブンを嬉しそうに見せた。

 円形バラ園を抜けると運動公園がある。
 桜や銀杏、栴檀といった老木の生える運動公園の上に高速道路が走る。家族連れが戯れ、少年野球チームやラグビーサークルがトレーニングに励んでいた。何とも奇妙なコントラストである。
 中之島の東の端は、天神橋の真ん中の橋脚の支えになっている。その橋脚の周辺をねぐらにしているホームレスが、小さなムラをつくっていた。どこから流れて住みついたものか、三十代から七十前の十人くらいの男たちが共同生活をしていた。中州であることと、運動公園の中にはトイレも水道もあるから、水には困らない。彼らにとっては天国である。
 橋脚の金具から植え込みにロープが渡されて、洗濯物がひらひら揺れている。
 一度身なりを構わなくなれば、人間、際限なく汚くなっても平気でいられる。それとは逆に、綺麗好きな人間は、汚れることに怯える。汚れたものはいつでも洗え、公衆トイレとはいえ、水洗のそれが完備されている理由かどうか、ここの住人は割と小奇麗であった。
 つい最近まで会社勤めしていたと思われる、くたびれたスーツ姿の男がいた。杉田は、そのスーツの男に声をかけた。
 男は、またか、という顔で立ち止まった。
 「あんた、おまわりじゃないようやけど、一体何の用やねん?」
 ジーパンに擦り切れたトレーナー姿。ロングヘアを後ろに束ね、バンダナをした杉田を、うさん臭さそうに見た。
 「杉田と言うんですが、志村さんと関わりのある者です」
 「ああ、ケイちゃんの。———ケイちゃんからあんたのことを聞いとるさかい」
 志村の下の名前が敬二だから、そう呼ばれていたのであろう。
 「私のことを、ですか?」
 「そや。杉田言う人が訊ねて来たら渡してくれって。手紙のようなもんと・・・他にもあったが、悪いなあ、そいつは警察に没収されたんや」
 「手紙?」
 「そいつだけは俺が隠しとるんや」
 そう言って自分のねぐらへ戻り、暗がりの中で衣類を弄り、食器か何かの音をさせていた。暫くして何重かに折り畳まれた新聞紙を掴んで出てきた。
 「これやねん。杉田さんが来たら、これ渡してくれって頼まれたんや」
 杉田は新聞紙を広げた。すると、間から茶封筒が抜けて地面に落ちた。
 「それ渡されたんは、ケイちゃんが亡くなる三日前だったんや。何かヤバいことしてんのんちゃうか思ったけど、そんな人やあらへんしな」
 杉田は封筒の中味を抜き出した。几帳面な文字でびっしりと、五枚ほどあった。じっくりと全部読みたい衝動に駆られたが、サンちゃんという男の言ったことが、ずっと気になっていた。
 「えーっと・・・」と、スーツ男をどう呼んだらいいのか迷っていると、「あっ、俺? 俺は岩田言うんや」と言って、浅黒い顔に白い歯を見せた。
 「志村さんのことで、亡くなられる前、何か変わった様子はなかったか、ご存知でしたらお訊きしたいのですが」
 「そうそうケイちゃんついてなかったなあ、可哀想に。———昨日も警察が来て散々訊いて帰ったけど、何であないなったんか分からんのや」
 「さっきそこの橋のところで、サンちゃんという方にちらっと聞いたんですが、亡くなられる一週間前に、妙な男たちがウロウロしてたと。そのことと何か関係があるのかと思いましてね」
 「そいつらやったら来た来た。ちょうどケイちゃんが留守しとっ時にな。だいぶ長いこと待っとったようやけど、知らん間にいーへんようなったんや。それっきりやな」
 「そいつらは、志村さんのことで何か訊いてませんでした?」
 「ケイちゃん探してるようやったな。そやけど、誰が来ても知らんふりしとけ言われとったし、あいつらもその内、諦めたんちゃうやろか。それにホームレスやしな、俺ら」
 「その夜、志村さんに変わった様子は?」
 「そやな、分らへんな。その日の夜も暗なってから帰ってきやったし、っていうか、毎日朝から出歩いとって、夜、遅おそに帰ってきて、・・・それが、おとといから帰らへんようなったんや」
 「それで、ヤツらが志村さんのことを探してた言うのは、本人は知ってました?」
 「夜帰って来た時に俺が言ったんや。けど、何か急にそわそわしだして・・・、それで、あんまり関わらん方がええ言うて、何にも言うてくれへんかったんやわ」
 「次の日から亡くなる前日までは、帰ってはったんですね?」
 「そや。おとといまでな。でも、何があったんやろケイちゃん」
 杉田は、バッグの中からマイルドセブンを一箱取り出して、よかったら、と言って岩田に渡した。岩田は、嬉しそうに受け取った。
 「志村さんが持ってたメモは、あの男たちにとって都合が悪いものなんです。もっと正確に言うと、一番欲しがっているのは、彼らの後ろにいる外道なんですがね」
 「あんたメモの中味知ってるんか?」
 「私が知ってるかどうか、あなたは知らない方がいいと思います。知らなければ知らないで済むでしょう?」
 「そりゃそうだわな」
 「すみませんね、何か巻き込んだみたいで」
 「かまへんかまへん。俺らがどうなっても悲しむもんおらへんし、オマケで生きてるようなもんやから」
 志村が死ぬ直前所持していた物があったかどうか分からないが、少なくとも重要な資料の半分は今、松浦の手の中にある。そして、残りの半分は———俺が持っている。
 志村は、毎日出歩いて身に危険を感じたのであろう。だから、岩田に何も言わなかったし、失ってはいけない資料は見事に隠されていた。
 危険を察知した志村は、その日調べたことは毎日持って帰り、その日の内に整理して穴に埋めたに違いない。最後の日のメモが、ヤツらに奪われた可能性はあっても、そう大した情報量ではないと思われた。
 「ところで岩田さん。この手紙のことはヤツらに気付かれていないですよね?」
 「そりゃ大丈夫や」
———ということは、ヤツらはまだ俺のことに気付いとらへん言うことか。———いや、志村が最後に持っとった所持品の中に、俺の連絡先か何かのメモがあったとしたら・・・。
 「それにケイちゃんが隠しとった例のものもバレてへんかったみたいやし。もっとも他のやつは全部、警察に持っていかれたけど」
 二月に志村と会った時は、ほぼ、杉田が読んでいた通りのようであった。だが、斯くたる証拠を掴んだわけでもなく、日が経つにつれ記憶もだんだん薄くなっていくようであった。
 杉田は調査に限界を感じていた。新たな証拠や証言を得ることが期待できなかったのである。
 そこで杉田は考えた。あの時点でメディアが追跡した事実や、警察が報じた内容、それにこれまで志村とふたりで調べたものを検証して、その中で辻褄の合わなかった部分を埋めるための調査に集中しようと。
 初めて志村に出会ってからこれまで三度会い、その都度、経過報告をし合っていたのだった。だから、資料がなくてもある程度のことは杉田自身も把握できていた。しかし、志村が持っていたメモが、やがて決定的な証拠物件になる可能性は十分にあったので、それを失うことは致命的でもあったのだ。
 メモが敵の手に渡らななかっただけでもラッキーと言わねばならない。だが志村はもういない。彼は、この結末を見ることなく逝ってしまったのだ。
 「なあ杉田はん。ケイちゃんに何があったんや? 俺、気になるんや」
 杉田は黙っていた。そして、
 「岩田さん。・・・それ知ってどないするんですか? 俺は・・・実は今、後悔してますんや。志村さん自身のこととはいえ、こないなことをするべきじゃなかったかも知れへん。こないなこと始めへんかったら、志村さんは命を落すことはなかった。そやからもし・・・またヤツらがここに現れて、それを知ってしまった岩田さんに危害を加えへんとも限らへんでしょう。俺はこれ以上、他人を巻き込みとうないんです」
 「あんたの気遣いは有難いがな、なんや、ケイちゃん見てて放っておけんいう気がしてな」
 岩田は悲しそうに、足元を目を下ろした。
 「ところで、岩田さんはいつからここに?」
 「俺か? 俺は八年前からこのムラにいてるんやけど、これでもその前は、普通のサラリーマンやったんや」
 「それが何でまた?」
 へへっと笑って岩田は続けた。
 「情けない話しや」
 岩田は杉田から視線を外した。
 「会社の金に手をつけて、クビになったんや。自業自得やな。そやから女房は愛想つかせて、子ども連れて出て行きよったんやわ」
 「何でまた会社の金に?」
 「子どもが心臓をいわしてて、手術しかあれへんかった。まとまった金なんかあれへんし、給料でちょっとづつ返そう思ってマチ金に借りてな、それが運の尽きやった。毎日毎日借金取りに追いまくられ、つい。・・・アホやったんや」
 「そのお子さんは今?」
 「死んでもたわ。女房と分かれてすぐに。女房はどうでもええけど、子どもに死なれたんは、さすがに堪えたな」
 「悲しい話しですな。世の中、悲しいことが多過ぎる。こないな話しは、何でか国を司る連中には届かんもんや」と、杉田は誰に話すでもなく、公園ではしゃぐ親子を見ながら言った。そして、「志村さんにも悲し過ぎる過去があってね。彼は仕事のできる人やったらしいんですが、どうも騙されて会社の犠牲になったのだそうですわ」
 「そうか。・・・それであんたとな」
 「俺にも似たような経験があるし、志村さんの悔しい気持ちは、よう分かるんです。だから・・・」
 「そんな気ーしとった。今どき他人の不幸を背負う奇特な人間なんかいとれへんさかいな。・・・それでか」
 岩田は、察しのいい自分に満足げであった。それから岩田は、一昨日まで志村が暮らしていたねぐらの跡に手招きした。青いテントは綺麗に畳まれ、僅かな手荷物だけが小さくまとまって置いてあった。
 「ケイちゃんの形見になってしもたんやな」
 チョコンと置いてある塊を、ささくれだった手で撫でた。
 「きのう警察が来て、そこいら辺ひっくり返して、埋めてあったもん見つけよったんが、その穴や」と言って、回りとは幾分色の違う土色の地面を指差した。
 「三日前、ケイちゃんからその手紙預かった時、自分にもしものことがあったら、これもあんたに渡してもらいたいと・・・」
 「その刑事、松浦いうてませんでした?」
 「松浦言うのかどうか知らへんけど、部下らしいのんが、マツさん言うとったな、そう言えば」
 「さっき、その刑事に呼ばれて、志村さんに会うてきたんです。あんな亡くなり方して、いい顔してはりましたよ。それだけが救いですわ」
 「そうやったんか。ええ顔な」
 岩田はよれよれになったスーツを脱いで洗濯用のロープに掛けた。そして、そのスーツのポケットから、杉田にもらったばかりのマイルドセブンを取り出し、火を着けた。青い煙が細く上った。
 「そうか・・・、ケイちゃんハメられたんやな。ほんで、真相掴もうおもて返り打ちに遇ったということか。今の日本は弱いもんを平気で踏み付けるヤツが多なった。正義言うもんがのーなったからな、ほんま」
 「志村さんは、自分のことだけ考えとったんちゃう思いますわ。そういうんがウヤムヤにされてしまう世の中を否定したかったんちゃいますやろか?」
 そう言った杉田は、自分が過去に受けた恨みを、志村のそれに重ね合わせていることに気付いていた。しかし、単に悪事がまかり通る世の中に一石を投じようなどと、安っぽい正義感で危ない橋を渡るつもりはなかった。
 「あんたも気いつけんとあかんで。ケイちゃんがあないなことなって、あんたに何かあったら、ケイちゃんに申し訳立てへんでな」
 杉田は、霊安室で眠る志村の白い顔を思い浮かべていた。あの安らかな死に顔は、一体何が言いたかったのだろうか。———俺が、あの時話しかけなければ・・・、という思いがどうにも消えなかった。
 彼の人生が一番、光り輝いていた時に、不運というべきか、自分の預かり知らないところで密かに仕掛けられた罠に、堕ちてしまうことになった。そうして志村は、社会の吹き溜まりに埋もれてしまった。
 ———俺が余計なお節介をやかへんかったら、少なくとも殺されることはなかった。あのまま何もせず、何ごとも起こらず、平穏に暮らしとった筈や。と、そう思わずにいられなかった。
 「刑事が持ってったメモに、ヤツらが気付かなかったとしたら・・・」
 「いや、そりゃ間違いないやろ。あれ以来いっぺんも顔見せてへんからな」と、岩田は陽の光で眩しそうに細めた目を向けて、
 「そやけど、安心できへんで。何しろ人ひとり殺してるさかいな」と言った。
 杉田は、それとなく周囲に目を走らせた。
 うっかりと居眠りでもしてしまいそうな日溜まりが点々とし、その向うに鏡のような川面が広がっていた。
 同じ大阪市内であっても、場所によっては開花時期に若干の誤差はある。高層ビルの谷間にある公園のものは日当たりが悪く、蕾さえ脹らんでいない。それに比べ、中之島周辺の桜は日射しが強いせいか、今にも弾けそうに脹らんでいた。
 ———ヤツらは俺の存在を、まだ知らへんらしい。そやけど志村が最後に持っとったノートに、もし、俺の存在を印す何らかのメモが残されとったら、間違いなく、付け狙われる筈や。
 杉田は岩田に礼を言い、その足で、志村と初めて会った公園に向かうことにした。
 天神橋の階段を上り、堂島川に沿った北側の通りに出る。南天満公園の角に派出所がある。
 杉田はその前で一旦足を止め、誰かと待ち合わせる振りをして、マイルドセブンに火を着ける。それとなく周囲を見回した。北詰の交差点から、北の天神橋筋へは緩く左へカーブしている。南は橋の中央が盛り上がっているので、反対側は橋の起伏に遮られて見えない。川沿いの西は軽乗用車が一台、信号待ちしているだけで、人通りはない。
 人の動きや不審なクルマは見当たらない。
 灰が落ちそうになるのに気がつき、慌てて携帯の灰皿を取り出そうとしたが、間に合わなかった。派出所のなかは、制服警官が一人。外の風景には目もくれず、書類のようなものに目を通していた。
 杉田は煙草を灰皿にねじ込むと、公園沿いの細い歩道に入った。このまま真直ぐ行けば天満橋に行き着く。
 派出所から少し行ったところにテニスコートがある。既に還暦を過ぎたであろう熟年夫婦ふた組、強い日射しの中でボールを追っていた。
 途中、河川公園へ降りる小径が所々ある。その何本目かの径をゆっくりと降りた。
 今は桜並木に殆ど日陰はないが、あと一週間すれば、この通りは花見の客で溢れることになるだろう。そして薄桃色の花で覆われ、その後は、鬱蒼とした緑に包まれるのだ。
 今にもはち切れそうな桜の蕾を見ながら、駆け上がりの小径を振り返った。サラリーマン風の若い男女が四人、レジ袋を手にして降りてきた。どこかで弁当を広げるのであろう。
 と、バッグの中で携帯が鳴り始めた。
 「あっ、杉田はんでっか? 今、どこですやろ?」
 馴れ馴れしい松浦の声であった。
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コメント

遅くなってsorry。

実は入院中で、土日に外泊許可をとって母に会い、そして洗濯、自宅の郵便物の整理などをやる‥。ま、こんなわけで遅れたわけです。

まだ、この部分(↑)、読んでません(今、自宅に帰ってきたところ)。ぼくのコメントへの夏海さんの返コメントを読んだところです。

今から選択したり風呂に入ったりしながら、書いていきます。とりあえず、遅れたことへのお詫びを。

nineupsさん、まいど。

そうでしたか。
何となくそんな気がしてました。
コメントのことなど気にしないでください。

それで、その後体調など、どないですか?
そっちの方が気になります。

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