昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

久しぶりに、いちびり小説。

2013.10.16 (Wed)

(二)その男……2

 この公園は今まで何度も歩いている。それでも以前は、この公園の花も木も人も空も、そして流れる雲さえ美しいと思えた。
 無秩序な風が右から左へ、左から右へ吹付ける。
 堂島川の川面がさざ波打ってキラキラ光る。

yuhodo.jpg

 杉田は煙草をくわえ、風の裏側を見付けて火をつけた。白い煙が、あっという間に並木の上空に掻き消えた。
 歩道沿いにいくつものベンチがある。整備されて美しくなっているが、植え込みや歩道橋の下に青いテントが見え隠れしていた。平日のこの時間帯ともなれば、さすがに人気は殆どない。ただ、青テントの住人なのか、視界の端の桜の老木の陰に、男がひとり見えた。そこまで老木が三本。まるで考える人の彫刻のように微動だにしないその男は、随分小さく見えた。

 造幣局へとつながる桜並木と並行した公園沿いの道路は、のり面とコンクリート柵で、通り過ぎる人の上半身しか見えない。不夜城と揶揄される梅田周辺からもさほど遠くはなく、中之島まで歩いて十分圏内と利便性もよく、いつからか、ここで事務所を構えることがある種のステイタスのようになったこともあった。もちろん住宅街だからそれなりの生活感はある。小さな町工場や広告業界の会社、コピーライターの事務所が民家に混じって散在していた。買い物かごを持った主婦とサラリーマンが日常的に混在する町である。

 サラリーマンが携帯電話を片手に、急ぎ足で通り過ぎる。彼らもまた、幻想という世界でもがいているのだろうかと、杉田は思ったりする。
 かつては造幣局の仕事の行き帰りで、この道を何度も歩いた。ひっきりなしにかかってくる電話に閉口しながら、人並みをかき分け、移りゆく季節や桜を見る余裕すらなかった。同じカタチのアンドロイドのように右から左へ、左から右へ。携帯片手に走り続けた。さも自分は「出来る男なのだ」と言わんばかりに。

 ふいに杉田は、携帯を持たないという友人のことを思い出した。お互い外出することが多く、緊急の時に連絡がとれなく、困って、携帯を持つように頼んだが、彼は「追いかけられるのは嫌や!」と言って、最後まで持たなかった。追いかけられるのは誰でも嫌だが、それより彼の性格からして、別の理由があるだろうと想像はできた。

「是非に」と名指しで依頼されることが多い彼は、それでも几帳面に、外出先から連絡を入れるなど、気遣いは忘れなかった。常に控え目で、どんなに評価されようと意識過剰になることはなかったし、高圧的な態度を最も嫌い、誰に対しても丁寧な対応をした。

そんな彼を見て杉田は、時には高い木の、せめて真ん中辺りまで上ったとしても、罰は当たらないだろうと、密かに皮肉ったことがある。しかし彼は、携帯片手に東奔西走する自分の姿を、恥ずかしくて想像さえしたくないと言いたそうな顔をしていた。あくまでも杉田の私感だが。

 杉田は駆け上がりの小径を上り、アンドロイドたちをかき分け、通りに出た。向かいのコンビニでマイルドセブンを二箱買って、店の前で封を切った。喫煙所でボールチェーンタイプの携帯灰皿から、満タンになった吸い殻を落とす。杉田はヘビースモーカーであった。一日最低二箱は吸っている。徹夜ともなればその倍になることもある。

 昨夜一晩がかりで仕上げた原稿を、この先のお得意に納品して、そのまま事務所に引き上げるつもりにしていたが、帰ったところで次の仕事が控えているわけではないし、ヤニ色の壁を見ても空しいだけである。
 杉田は、もと来た小径を下りた。
 時折吹く風が老木の枝を軋ませる。

 特別な理由はないが、なんとなくその男の方に目が向いてしまった。男はさっきと同じカタチのままベンチに固まっている。
 何をするでもない、ただひたすら時が過ぎ去るのを待つだけのその男と、ヤニ臭い部屋で毎日、煙草の山を作るだけのこの身と、どれほどの違いがあろうかと考える、自虐的な自分に苦笑した。

 杉田は、ベンチに腰を下ろした。
 半分ほど色づき始めた桜は、先端になるにしたがって疎らになり、黒い枝がビル街の空に突き上げていた。
 どれほど時間が経ったであろうか。堂島川沿いの遊歩道を、造幣局方面から数人の学生が、騒ぎながらやってきた。

 杉田は、今時の学生は嫌いであった。教育について云々言えるほど立派な行いをしてきたわけではないが、このところ教育社会に置ける「イジメ」問題が発端となる醜流は、かつて不良の片隅にいた杉田でさえ、目を覆うばかりであった。もちろんそれが総てではない。

むしろごく普通に学生生活を送っている子どもの方が圧倒的に多いだろう。しかし、そういう道を外さない子どもたちが、病的な社会の中で神経をする減らしながら生きていかなければならないと考えると、杉田はいたたまれない気持ちになるのであった。
 杉田が歩道沿いのベンチに腰を下ろそうとした時だった。


スポンサーサイト

<< 前の記事へ | HOME | 次の記事へ >>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

 | HOME | 

プロフィール

natsumiryo

Author:natsumiryo
FC2ブログへようこそ!
夏海 漁の
悪ガキワールドへようこそ!

FC2カウンター

フリーエリア

フリーエリア

月別アーカイブ

フリーエリア

フリーエリア

翻訳できるよ!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。