昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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その男_7

2015.12.28 (Mon)

houm

「にいちゃん、あんたもややこしそうな顔しとんな」
 男は、杉田の方へ一歩近づいて言った。
「えっ、俺? そないな顔しとんか?」
 男は、筋張った喉を震わせて笑った。

「判りやすいがな、にいちゃんは」
「俺の顔が判りやすいて?」
 杉田は、その男の方へ顔を向けて言った。そして、
「俺の顔を見て、なんか見えたいうんか?」
 その男は一瞬、微笑んだように見えた。

 頭上から一枚の枯れ葉がクルクルと舞いながら、ゆっくりとドブ川に落ちた。
 ほんの一瞬、ほんの少しだけ過去の自分に戻れた気恥ずかしさを、大きく吐いた煙で誤摩化した。
 久しく忘れていた、誰にも知られたくない杉田の恥部である。

 仕事に真剣なあまり誰かと衝突したり、避けられた筈の揉め事を、わざわざおおごとにする度に、もっとオトナになれと言われた。杉田は、オトナとは一体何なのだと思っていた。ほどほどに仕事をし、結論を出さず、曖昧さに妥協する。これが立派なオトナだと言うのだろうかと。しかし、最近になってやっと、その考えが間違いであることに気付いた。

 いつの時代でも見る光景だ。自分の考えをごり押しし、誰彼かまわず突っかかり、むやみに敵をつくる。そういう性格だからこそ、人格をも否定するような言い方になってしまうのだ。独りよがりの思いなど、ただの傲慢であり、他人にとっては何の魅力もない、不快にさせるだけだということを思い知らされたのだった。

 数歩離れた所に、その男はいた。それから男はフェンスから離れ、何か思い出したように、さっきまで自分が座っていたベンチまで戻ると、茶色い紙袋の中を覗き、ゴソゴソと何かを探しだした。紙袋の中に更に小さな紙袋が入っていて、何かを出そうとしているのが目に入った。

 吸い差しのタバコが飛び散った。杉田は、それを見て見ぬ振りをして男に背を向け、忙しく飛び散る空を見上げた。
 杉田の後ろで、カチッカチッという音がした。吸い差し特有の湿った臭いが漂ってきた。

 フェンスの外側に、褐色のドブ臭い川が、ゆっくり流れていた。その川に、街並と無彩色の世界に相応しくない、鮮やかな濃紺のビロードが広がっていた。ビルと空の境界線は激しく動いている。まるで唸りを上げてビルから湧き出すかのように。

「おっさん、いつからここにいるんやの?」
 唐突な言い方にその男は、怪訝そうな目で杉田の横顔を覗いた。
「にいちゃん、それ、ワシのことかいな?」

 デリカシーの欠片もない、こんな物言いに応えるホームレスなどいない。単なる軽口のつもりだったが、意外であった。
「そや、おっさんのことや」
「いつからて、憶えてるかいなそんなこと。何しろカレンダーと関係なく生きとるさかいな。いや、ワシらはゾンビなんや」

「世捨人」と、誰に言うでもなく口にした。自分でも分かっている。悪いクセだ。心とは裏腹に人を傷つけるような言い方だ。
「にいちゃんの言う通りや」

「そやない。オレのことでもあるんやおっさん」
「どうも、ややこしそうな顔をしとる思たで」
「紙一重というヤツや」

「ほー、ワシの方が一歩先だったいうわけかいな」
「一歩どころか、薄紙一枚や」と言いながら杉田は、ショルダーバッグの中から、缶ビール二本取り出すと、その一本を手荒くその男に放り投げた。男は口の中の真っ黒い空洞を向けたままキャッチした。
 杉田は、タバコを握った手で缶ビールの口を切った。白い泡が指に飛び散った。

「昼間からいい身分やな」
 その男も、ビールで濡らした鬚を、手の甲で拭った。 
「おっさんアンタ、いつもあんなややこしいことを考えてるんか?」
「ややこしいこと? 何のことや?」

「さっきのほら、地球が動いとるのが見えるって話しや」
「なんやそのことかいな」と、男は鼻で笑った。
「他に考えることあれへんがな」
「俺なんか、そんなこと思いつきもせえへんわ」

「仕事が忙しいんやろ。誰もそんなアホなことを考えるヤツなんかいとらへんわな」
 確かに、何もすることがなく、“考える人”のように固まっていれば、普段見えないものまで見えるということがあるのかも知れない。

「ぜんぜん。貧乏ヒマなしやで俺は」
「そういやあそうか。平日、こんな所でワシなんかと、ビール飲んどるんやさかいな」
「もう三年もこれやから、馴れてるんや」
「いま流行りのリストラってヤツか、にいちゃんも」

「いや、ちゃう。仕事でちょっとトラブってな・・・」
 杉田は、言おうとした言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・・」

「憶えとらんほど昔から、ここにいてるんちゃうんやろ?」
「ワシのことなんかどうでもええがな。それよかにいちゃん、ワシなんか相手にしとってええんか? 世間体とかいうのがあんのんちゃうんか?」
「世間体が笑うな」
 杉田の脳裏に、沙希の顔が過った。

「身勝手に会社を辞めて、知り合いと仕事を始めた広島でケンカ分かれして、また勝手に大阪に舞い戻り、事務所開いたと思ったら、また騙されて、挙げ句の果てに、もう嫌だと言って、今度はフリーのライターなの? それでご飯食べられると言うの? 毎日ブラブラしてて」と罵られ、冷たく突き放された。 

 三年も経てば耳に蓋をすることもできるが、顔を見る度に胃の痛い思いをする。


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コメント

亡念と新年へのご挨拶

いろいろとあった2015年。
今日で「亡念」。記憶から消し
新たな新年を迎えたい。
年輪を重ねるとはこういうことと最近は記憶しています。
来年も新たな記憶を作り出したいものです。

中年不良探偵団さん

中年不良探偵団さん、明けましておめでとうございます。
2015年は、内外で本当に色々ありました。
毎年同じ気持ちで、忘年しているつもりではあるんですが、
恐らく、それは上手くできないものがひとつありそうです。
いた仕方ないとは思いますが。

とはいえ、もう16年も始まりました。
また新たな良き出来事について語っていけたらと、
今年も、何とぞよろしくお願いします。

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