昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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便所の横の柿の木。

2006.12.04 (Mon)

どういう訳か、便所のすぐ近くには柿の木と南天が植えてあった。ボクの家ばかりではなく、村の大半の家がそうであった。今、その村に下水道が完備しているかどうか知らないが、その当時は汲取り式の便所だったので、いつも周辺に香しい香りを放っていた。

南天はともかく、柿の木が何故、便所のすぐ近くなのか。想像力を逞しくしなくても、その理由は分かるだろう。その頃の農家ではどこも化学肥料などは使っていなくて、田畑の肥やしは全て、人さまや家畜の堆肥で育てていたのだ。だから、収穫した野菜の葉っぱには、活字が刷り込まれた新聞紙の欠片がくっついていることもあった。

新聞紙の欠片?・・・そう、昔はトイレットペーパーなる上品なものはなく、下の後始末は新聞だったのである。ちなみに、ボクが生まれるずっと前は、便所の天井から縄が吊るしてあって、その下に木づちが置かれてあったという。仮に新聞紙であっても紙は貴重なもので、おいそれと下の後始末に使えないということであったのであろうか。それにしても、かつて痔を病んだいう豪の者の話しは聞いたことがない。

話しは逸れたが、その柿は根元から大きく二股に分かれて(継ぎ木)いて、一方が「花ゴショウ」、他方が「コブ柿」で、いずれも甘柿であった。太さはそれぞれ、子どもの手でふた抱えほどあったと記憶している。

「花ゴショウ」は富有柿を小振りにした大きさで「コブ柿」より早く熟し、9月の末頃には総て落ちてしまっていた。一方「花ゴショウ」より細長く尖った「コブ柿」は、それより遅れて熟し、正月を過ぎても実をつけていた。

「花ゴショウ」の木は縦に成長して、母屋の2階の屋根よりも高くなった。ところが「コブ柿」は、どちらかといえば横に広がって育って、思いつめた人には都合の良い枝振りとなった。もちろんボクの家では、そんなことを考える者はいなかったし、考えることといえば、ターザンごっこのトレーニング用のロープを吊るすか、もう一本足してブランコにするかであった。
ターザンごっこにもブランコにも飽きると、高い木のてっぺんに登り、お腹一杯柿を食った。

11月が終わる頃、柿の木の葉っぱは総て落ち、真っ赤な「コブ柿」だけが残っていた。ボクは、その「コブ柿」が好きであった。やがて雪が降り、家の周辺や柿の木にも白い真綿を被る。そして、白い庭には真っ赤な目玉のような「コブ柿」が点々として、墨絵の世界を描いた。

柿の木.jpg

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コメント

うん。便所の近くに植えてあるもの。

この具体的な植物名は夏海さんとは若干、違うけど、でも、便所近辺の植物がある!という感じ方としては同じものを感じます。

まず、南天。ヘンだけど、たしかに便所の近くにあった。なんでだろう。このことへの思索で、ひとつのエッセイができそうだ。

柿は、ぼくの場合はトイレ近辺ではなかった。トイレ近辺といえば、ビワの木だった。冷蔵庫もない…冷蔵庫といっても氷の保存庫みたいなものがある時代にあって、ビワの果肉は冷たくて、甘くて、おいしかった。

ただ、種が大きくて、果肉が少ないのが欠点だったが。

ぼくの場合は、トイレという、家の、いわば「影」とか「裏」につらなる植物は、南天であり、ビワでした。

ともあれ、おもしろい。

「便所近辺にある植物」という概念があるということ。―――母は、ビワを「陰木」という言い方をして、あまりいい反応を示しません。(あの、甘いうまさを知っているのに)

たぶん、トイレ近辺の植物というようなイメージがあるからではないだろうか。



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