昔遊びと悪ガキ

キラキラとした別世界。・・・今考えると、これほど外の世界が魅力的に感じた時代はなかった。

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3才の記憶。

2006.12.09 (Sat)

かすかな記憶の中に不思議な、そして夢のような風景がある。それは薄暗い空間の中で、大勢の人たちが忙しく行き交う風景である。
太い柱を何人もの職人が担いでいる。大きな鋸で木を切る人がいる。それを削る人がいる。大きな木鎚で柱を打ちつけ、組み立てる。女たちが炊き出しをし、酒が振舞われる。低く煤けた天井が、徐々に明るく広くなっていく。今にも潰れそうであった母屋の隣の納屋が、大きく立派になっていった。

ボクは、それを小さなファインダーの、しかも低いアングルで記憶に焼きつけていた。ボクは、それは夢だと思っていた。

社会人になったある日、そのことを父親に訊いた。驚いたことに、それは現実であることが分かったのだ。

ボクが3才の時に、家の改築工事と納屋を新築したというのだ。その頃ボクは、当然歩いていた筈であるが、ローアングルで見たその風景が、まるでハイハイの体形で見ていたように、視野の下半分が畳で占められていたのだった。

幼児期の記憶を持つ人の話しは時々耳にするが、さすがに父は驚いたようだ。何故かというと、大工さんたちの意味不明な会話を鮮明に憶えていたからである。たとえば「この柱の目(木目)は良くないから支えには使えない」とか、「乾燥し切っていないから腐りやすいし、いずれ虫が食う」などといったような会話であった。大人の耳ならば即座に理解できるが、3才のボクにはただの声でしかない。その声だけを記憶していて、後年思い出したのだった。

あの時、あの大工さんの言っていた柱がここに使われている。あの時の乾燥し切れていなかった柱はどうなったのか。そして、左官の人が言っていた土壁造り。あの土の配分。赤土に短く切った藁と塩を混ぜて、一畳ほどの鉄板の上で、両サイドから二人の職人がスコップで捏ねていた。水の分量は。張った竹格子に細い縄を巻き付け、捏ね上げた土を木ごてで塗っていく。「下の隅から上へ押し上げるように」と、おそらく弟子にでも教えていたのであろう。若い職人の腕が、小さなファインダーの中で、自信なさそうに竹格子に挑んでいく様子が焼きつけられた。

大工の棟梁は父の同級生だと知った(彼は後年、木出しの時に事故死したと聞く)。棟梁は、屋根のない木組みだけの玄関脇で、カンナの刃を研いでいた。ボクはその横でじっと見ていた。
時を忘れた機械仕掛けのように、正確に砥石の上で刃が滑る。

棟梁の手が止まり、水桶の中で鏡のような刃が白く光る。棟梁はボクを見てニヤリと笑った。そして、その刃をヒゲ面に当て、滑らせた。
「どうじゃ。カミソリみたいじゃろ」
刃はカンナの台に収められ、白木の上を再び滑った。まるで羽衣のようなそれが、ヒュルヒュルと宙を舞った。

それは、夢のようであった。

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コメント

「コキリコ」、ありがとうございます。聴きました。なつかしいメロディーが流れてきた。あのメロディからすると、「ねんねんころりよ~」といった、子供を寝かしつけるときの唄なんだろうか。ともあれ、流行の言葉では「癒される」感じの曲。

コキリコは竹の打楽器だそうです。ということは、合いの手にジャン!とはいる音だったのでしょう。

「なつかしい」とは、昔の日本の感じを感じているということですが、他方で、南米あたりの曲かなあ~というところもあったよ。昔「コンドルは飛んでいる」という曲があったけど、土器でつくった笛なんかで奏でる、インカの匂いのする音楽にたいなもの。―――そういえば、インカの人と東洋人は近いらしい(私感では、縄文系の人=アイヌや沖縄の人たちと、メキシコ、インカの人たちは似ているように思う)。


三島由紀夫は生まれたときの記憶がある、と言っていたか、書いているらしいですよ。これは有名らしく、三島を語る際(文章でも対談でも)には、よく引き合いにだされます(ぼくは、原文を見てはいない)。

産婆さんがドタバタしてたり、産湯のときのことを覚えているんだろうか。…そして、これを語る文学者たちは、これが真実だ!と信じているわけではなさそうですが、でも、「思い違い」とか「後から刷り込まれたもの」とも思っていないみたいです。

よくわからないことですが、それでも「生まれたとき」というのはちょっと早すぎるもしないではない。

でも、夏海さんのようなことはあると思う。ぼくもね、それに似た記憶があるからです。あるモノが我が家にあったんだけど、それがない。で、幼い頃、母に聞いたことがある。すると、そのモノは…ぼくが極めて幼い頃に我が家に、一時期、あったものだということでした。

にもかかわらず、三島の「生まれたとき…」に少しだけ疑問を感じるのは、次のような理由からです。たとえば手術なでで何日も目を閉ざされている人が目が回復し、眼帯をはずしても、最初は、何も見えないらしい。

外界の映像は光として、その人の目にはいっているはずです。網膜にはそのような映像が写っているはずです。しかし、それをそのような映像として認識するだけの機能が(脳なのか、神経系なのか、どうなのかわかりませんが)不十分なので、認識にまで至らない。

この状態から、徐々に、目の機能(認識につながるまでの)が回復していく~というか、認識のほうで準備されていく。

友だちの顔なら、大勢の人のなかでもパッとわかりますよね。それ以外の人は、ただ顔だけ~という感じです。このことは、認識サイドとしてのぼくのなかに、友だちの顔が作られ準備されている。つまり、認識力が高まっているわけです。

三島の場合、生まれたばかりの赤ちゃんでしょ。だから、なにが顔というものなのか、なにがタライというものなのか、…一切が準備されていない。だから、たとえそれが網膜に写ったとしても、それをそのものとして認識できないんじゃないだろうか~と思うからです。


…コメントの投稿窓が小さいのが、困るねえ。前に書いたことがわからなくなって、スクロールばっかりしている。

でもま、ぼくのように長大なコメントは、普通は書かないものらしいので、これは仕方がないことかな。

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